真冬の流れる水の音 20
目を覚ました。目の前に見えるのは白い天井。K2は朦朧としてる意識をどうにか覚醒させると、自分がどのような状態なのか理解できた。ベッドで寝ている。
首を横に動かす。
「ん? あ、目を覚ましたのね!」
ベッドの脇で椅子に座っていた佐紀ちゃんがそこにはいた。
K2が周囲を見渡すと、そこは病院の個室だということに気づいた。佐紀ちゃんがいるのと反対側には窓があり、カーテンが開いていた。窓から指す光は結構上から指していた。
意識を失ってからここまでの記憶は曖昧模糊、それどころか、全くなかった。
「俺……どの位寝てたの?」
「うーん、ざっと一週間くらい?」
「俺、一週間も寝てたんだ。佐紀ちゃん、なんだか、冷静っていうか静かっていうか、一週間も目を覚まさずにいたのに、なんだか、反応が薄いね」
「そんなことないよ。目が覚めて安心したし、嬉しかったよ。まあ、でも、あのまま眠ったままでいる心配はしてなかったかな。必ず目を覚ますって確信してたし」
「そ、そっか」
「あ、私、先生呼んでくるね」
そう言うと、佐紀ちゃんは席を立って、部屋から出て行った。
辺りを見回した。部屋には花瓶とそこに盛大に色とりどりに咲く花、そして、点滴。どことなく質素な部屋だった。心電図は動いていなかった。K2は最初、なんでだろうと思ったが、すぐにどうしてか分かった。K2は無意識のうちに展開していたe波を解いた。すると、どこか身体が軽くなった気がしたのだった。そして、K2は白い患者用の服を来ていた。病院の貸し出し服だろう。
数分後、佐紀ちゃんが医者と看護師を連れて部屋に戻ってきた。K2は今の体調を聞かれたり、脈を計られたりした。
次の日、退院はまだ先だと伝えられたK2はやることもなく部屋でのんびりしていた。院内の食事は正直あまり美味しくない。あまり食事に楽しみを求められないK2はもはや、やることなく、退屈な時間を過ごしていた。
10時過ぎのことだった。いきなり部屋の扉が開いた。しかも、勢い良く。開いた扉の奥には数人立っていた。それは特攻部のトップランカーが集う班、つまり、K2の所属する班だった。
和也が口を開こうとしたとき、その人だかりを割いていくように、後ろから勢い良く人影が現れた。そして、その勢いのまま、K2まで駆け寄って、倒れ込むようにK2の胸に顔を埋めた。
「バカっ! あんなに無茶するなって言ったのに、なんであんなことをするの? 心配したんだから……」
アシュリーだった。怒るように、怒鳴るように、鋭い声でそう言った。
「は? おまえ、誰に向かって……」
バカって言ってるんだし!
K2は最後まで言うことが出来なかった。なぜなら、胸に埋めるアシュリーの顔から、目から流れ落ちるものが見えたからだ。涙が滴るのが見えたからだ。
「ごめん……」
そう言ってK2がアシュリーの頭に手を載せると、次第に嗚咽が漏れてきた。誰も何も言わなかった。この部屋に僅かにアシュリーの哀韻が広がるのだった。
「それにしても、ほんと、死ななくてよかったよ」
アシュリーが泣き止むと、一緒に来た他のみんなは見舞いの言葉を言ってきた。アシュリーは落ち着くと、いつもの調子だった。まるで、さっきのが嘘であったかのように。しかし、まだ、目は充血し、隠せずにはいた。
アシュリーが泣きやんだ直後、K2は部長に、みんな、心配したんだから、あんな無茶はこれから控えてくれ、と言ったが、それだけだった。アシュリーも同様にアイディオクスの胎内に入ったことを知ってる部長はアシュリーの涙で、強く怒れずにいたのだ。しかし、K2は後でまた、と言っても退院後になるだろうが、怒られるだろうと予想していた。
その後は体調について聞かれたり、ここ一週間のことを聞かされたりなど、大体2時間くらい話をしていた。
見舞いに来た特攻部の者がみんな帰ると、部屋は驚くほど静かになった。さっきまでの騒ぎが嘘のように感じ、K2は少しだけ寂しくも感じた。
夜になり、時間もまだまだ早かったが、やることもなかったので、寝ようかと思ったら、いきなり扉が開いた。
「よう! 元気か?」
そう言って左手を挙げ入ってきたのは父親だった。右手には大きな袋がぶら下がっていた。
「今はね。全く、誰かが染色体を取ってこいとか言うから」
「まあ、いいじゃないか、死んでないんだから」
「実の息子に言うことじゃないでしょ、それ」
そう言うと、まあまあ、と言いながら、荷物をベッドの脇のテーブルの上に置いた。
「ああ、それで、あの取ってきた染色体は研究部の方で回収させてもらったから、心配しなくていいぞ」
「そう。何か分かりそう?」
「いや、まだ解析段階だ。でも、これは世紀の発見になりそうだな。もしかしたら、お前も……」
父親は意味深な笑顔を浮かべるのに対してK2が不思議そうな顔をすると、いやなんでもない、と言って、強引に話を止めた。
「ところで、開発部の方に用事があるんだが……」
K2がそう言い始める。
「ああ、なんだ? 立体映像の話か?」
父親がK2の話に割り込むように言ってきた。K2は唖然とした。それは話を止められたからではなく、言おうとしていたことを言われてしまったからだ。K2はここ最近、立体映像の製作に努めてきた。しかし、それを知るものはいない、はずだった。K2はその製作がある程度完成したら、開発部の方に持って行って、実際に作ってもらおうと思っていたのだ。
「なんで知ってんだよ」
当然の質問だった。それに対する父親の答えはあっさりしていた。しかし、さらっと恐ろしいことを言ったのだった。
「まあ、ハッキングしてたからね」
「は? 何してんの?ちょっと、勝手に覗かないでくれる?」
これもまた当然の反応だった。
不埒なデータが入っていたわけではなかったが、それでも、勝手に覗かれたというのは決していいものではない。ましてや身内にされたとなると、腹立たしくなるのもやぶさかでない。
そう思うK2の顔にはごく自然と怒りが表れていた。
「まあまあ、そう怒るなって。ちゃんと作ってきたんだから」
「え? マジで?」
K2の表情はさっきと真逆だった。手のひらを返したように。顔には明らかに笑顔がこぼれていた。
父親は持ってきた袋からA4サイズの黒い板を取り出すと、袋の隣、テーブルの上に置いた。
「横にあるスイッチを押してみ?」
そう言われたK2は黒い板の横にあった小さなボタンを押した。すると、目の前に青い球体が突如現れた。しかも、浮いていた。K2は触ろうとするが、すり抜ける。感触もない。なぜなら、それは光だから。
立体映像。空間に光の像を作り上げる技術。それはとある宇宙戦争のお話で出てきそうな、そんな感じの夢の技術。K2が提案したものではあるが、やはり、目の前にすると不思議で幻想的で、浪漫的であった。追究しがいがあった。
「どうだ?」
「素晴らしい!」
一言では言い表せないからこそ、一言しか言えなかった。
「ところで、これ、形変えられないの?」
K2が問う。
「いや、今はこれしかプログラムしてないが、パソコンと繋げば、他にも違う設定にすることができる。この世にあるすべての立体を映し出せるぞ。バリエーションが豊富なんてレベルじゃなく、ね」
「ほーう、それはすごいな。もしかしたら、売り出されるかもしれないね」
「間違いなく、ね」
そう言うと、父親は帰る準備をした。
「帰るの?」
「ああ。仕事もあるし、ここに泊まるわけにもいかないしな。早く治せよ」
「無茶言わないでよ」
そう言うと、父親は身を翻し、またな、と言って部屋を出ていった。
K2はその後、自然と眠りについた。




