真冬の流れる水の音 19
部署にはすでに部長が来ていたが、他はまだ誰も来ていなかった。
部署は谷保町の西の方にある。近くには小さな山がある。そこはたまに特攻部の訓練で使われる。2階建ての建物だが、なんせ土地面積が広い為、かなり充実している。一階はほぼ、倉庫になっていて、二階に会議室がある。しかも、地下室もあり、そこは小さなトレーニングルームとなっている。
そんな中、部長が立っていたのは部署の出入り口外だった。
「こんにちは、部長。芦田です」
「早かったね。多分他の者もそろそろ来るだろうな。ここで待っていてくれ」
腕組みをしながら、少しも笑顔を見せないでそんなことを言った途端、何人かが一斉に部署に到着した。全員が集合する間、アシュリーはアクアのくれた文書を読んでいた。
アシュリーが来てから5分もしないうちに、K2以外の全員が集合した。あまり、読み進むことは出来なかったが、それだけ、この特攻部の人達が優秀であるということなのだ。それは、とても良いことであった。
アシュリーが特攻部専用携帯端末をしまうと、部長が話始めた。
「よし、みんな、まずはこっちに来てくれ」
そう言うと、部長が先導きって部署の周りから裏口を目指した。
「今回の水属性巨獣型アイディオクスの退治はレーザーで行おうと思う」
部長は歩きながら振り返りもせずにそう言った。アシュリーたちは聞き逃さまいと、必死に耳を立て、頭を回転させ、理解をしながらその話を聞いた。
「レーザーはもうすでに武装車に乗せてもらっている。裏にその武装車があるから、みんなはそれに乗ってくれ」
みんなは、はい! と、返事をすると、小走りで裏手にあった、大きなトラックのような武装車に乗った。武装者の入口は運転席を見て左側にある。武装車は特に目立った形の車というわけではなく、ただ、バスのようなこの自動車はあまり、乗りたいと思わない。
「アシュリー」
部長に呼ばれたアシュリーは、武装車に乗ろうとした時だったので、驚いたが、そのような素振りを見せることなく、部長の方を向いた。
「はい、なんでしょうか?」
「アシュリーのあの大剣も積んでおいたが、いいよね?」
「はい、もちろんです!」
アシュリーのあの大剣、銅属性亜巨獣型アイディオクスを退治したあとに、K2と戦い、家に持ち帰ったのだが、なんせ、あんなに大きいもの、置く場所がなかったのだ。だから、アシュリーは部長に頼んで、特別に部署に置かせてもらうことになったのだ。
もうすでに他のみんなは乗っていて、アシュリーが乗ると、最後に部長が乗って、その自動車は発進した。
中はそこまで広くなく、今いるこの七人入って少しスペースができるくらいだった。そこまで明るくもない。壁際にソファのような長椅子が取り付けてあり、背もたれの少し上の方にカーテンのかかった窓があった。運転席と今七人が乗っている席、そして、装備が詰められているところは完全に隔離されていた。ステップのある方の壁にアシュリーは座っていた。
全員、暗いような真剣なような顔をしている。当然だ。これからアイディオクスと戦いに行くというのに笑顔でいられるやつはいない。たった一人、楽天家のK2以外は。
「よし、じゃあ、今回の作戦を説明する」
沈黙を破ったのは運転席との壁に取り付けられている一人席に座る部長だった。
「電話でも言ったが、今回出現したのは水属性巨獣型アイディオクスだ。6日前に出現したやつと同じと思われる。さっきのK2の動画と調査部の報告とを比べると、前回よりも大きさがはるかに大きくなっていると予想される」
調査部が提出した報告書はもちろん、部長は目を通している。そこに記載されていたアイディオクスの体長と動画から類推する体長には違いがあった。
「体長が変わると攻撃力等も上がるかどうかは不明だ。しかし、動画を見るに、水保駅周辺は水で覆われていた。アイディオクスにとってもかなり良いコンディションだと考えられる。それゆえ、気を抜かずに駆除に取り掛かること。いいね?」
はい。その声は暗かった。元気はあるのだが、やはり不安もそこには混じっていた。それはつまり、今回の駆除に少しながらも恐怖を感じているということだ。アシュリーを含め、全員の表情は同じだった。
「水属性巨獣型アイディオクスは報告によると、火、電気、音、外側からの直接的なe波、それらは効かないという。それならと今回用意したのがe波混合超高エネルギーレーザー兵器だ」
「なるほど、光なら核まで届かせることが出来るということか」
和也が納得したように言う。すると、端の方に座っていた、同じ特攻部の山田豪が手を挙げた。
「相手は水なんですよね? じゃあ、そんなことしなくてもアイディオクスに向けてアルカリ金属を投下すればすぐなんじゃないですかね? 例えばセシウムとかなら、アイディオクスを吹っ飛ばすことくらい容易いと思うのですが……」
そう言うと、そこにいる豪以外の全員はため息をついた。
「呆れた……。あのねぇ、確かに水は吹っ飛ばせるかもしれないけど、アイディオクスの本体、つまり、核まで破壊できる保証はどこにもないでしょう? それに、セシウムなんて取り扱いが難しすぎて逆に危険だっての」
アシュリーがそう強く言うと、豪はそっかと言って、何もなかったような顔をした。そうすると、部長が、というわけで、と言って話を戻した。
「今回、3台用意した。二人ずつ三班に分かれてもらう。一班に一台ずつもち、アイディオクスの周りを囲んで、一斉にレーザーを放つという作戦で行く。おそらく、この武装車はアイディオクスの近くに寄れたとしても100m。そこから、アイディオクスのいるところまで走ってもらう。では、初めから作戦の概要を伝えよう。まず、この武装車が止まったら、アシュリーは大剣でアイディオクスの動きをできる限りコントロールする。現地にはK2もいる。合流し、共闘する。その間、三班はレーザー兵器を持ちアイディオクスの周りを囲み、アシュリーの指示でレーザーを発射する」
みんな頷くと、佐紀ちゃんが質問をした。
「二人一組になる必要はあるんでしょうか?」
「もちろんだ。このレーザー兵器は一人用になっている。しかし、使っている最中は手が塞がれているだろう? なにかあった時のために、もう一人が援助する。そのために二人一組になるんだ」
「分かりました」
お互い頷く。
そうなのだ。e波混合超高エネルギーレーザー兵器は一人用であるがその形状は直径50cm長さ1mはあるかという筒に両サイドに取っ手、そして直径15cm長さ50cmほどの筒が二つくっついたかのような形をしている。それは二つの筒に腕を入れ、e波を流すことによりレーザーが発射されるというものだからだ。それだから、これを使用するときは必然的に両手は塞がれるのだ。
「では、班を決める。時間がもったいないので、こちらで勝手に決めさせてもらった。片山と旗本、月鎌と古坂、山田と私だ」
部長がそう決めると、全員不満なく返事をした。
作戦が一通り決められると、後はただみんな黙っていた。沈黙は続く。そんな中、アシュリーはただひたすらアクアにもらった文書を読んでいた。
10分ほど経つと、天井に付いていたスピーカーから音が流れた。運転席からだった。その頃にはもうアシュリーは文書を読み終えていた。
「まもなく、対策部のe波門を突破します。少々揺れますのでご了承下さい」
対策部は、アイディオクスの猛攻を最小限に抑えるために対策をするということもする。e波門は、アイディオクス出現地に、一般人が入らないようにするため、また、アイディオクスが外に脱出しないようにするためのe波の壁のようなものである。水保駅周辺にはそれが張られていた。e波門の中に入るにはe波を当て、そこに空いた穴を通らなければならない。そして、この武装車は今からe波門にe波を当て、そこに空いた穴を通ろうとしている。e波門にe波を当てた時に衝撃波が生じるため、武装車は揺れるのだ。
少しの揺れのあとはもう揺れることはなかった。水保駅1km圏内に入った武装車は水保駅の方へ向かった。
「水属性巨獣型アイディオクスの存在を確認しました。今から向かいます。おそらく、70mまでは近づけると思います」
アナウンスが流れる。武装車は少しずつ少しずつ前進する。
その時、
シュアアアァァァァ!!
という音が外から聞こえた。すぐにアナウンスが流れる。
「今のはアイディオクスの仕業と思われます。アイディオクスから一直線に水の線が出て、武装車の左方向の森の200m先の方にまで伸びていきました。ウォータージェットのようでした。威力はかなりあると思われ、速さも威力も衰えることがありませんでした」
それを聞いたアシュリーは心臓の鼓動がうるさかった。収まることない心臓はただ苦しかった。K2のことが不安でしょうがなく、頭のところにあったカーテンを開け、窓から外を覗いた。
外は、大きな水たまりが広がっていて、まるでこの自動車がプールの上を走っているように見えた。あたりは何もなかった。
いや、遠くに何かが見えた。
あの形、あれは巨獣型アイディオクスだ。透明だが、形ははっきり見える。
目を凝らして見ると、アイディオクスの隣には、同じくらいの、それより少し低いくらいの高さの柱のような物が立っていた。白いような、透明のようなそんな柱が。
少し時間が経つと、柱の奥だろうか? 中だろうか? から噴水のように水が噴き出した。と、同時に、人影も一緒に出てきた。
あれって、もしかして……?
人影はアイディオクスの上に跳ぶと、後はただ落ちていった。アイディオクスの背中から触手のような物が上に伸びていくが、その人影はスイスイと避けていくとアイディオクスに接近していった。
あれだけ戦えるやつはK2の他にいない。
しかし、なぜ、あんな攻撃を?
アシュリーは考えた。
もし、あのまま落ちていったらどうなるだろう? あれは水。だとしたら……胎内に入り込める? まさかっ!
そう言って、再度アイディオクスの方を見ると、人影との距離は後少しになっていた。
そして、アイディオクスと触れて……。
「ダメぇぇぇぇぇー!!!」
これはもう、夢と同じであった。もう、ほとんど。ここで、あの夢は正夢だということが証明されてしまったのだ。アシュリーはこの後の展開を思い返した。
夢の通りなら、この後K2は……。
部長の方へ体を向ける、みんなは、どうしたの? と言ってきていたが、そんな声も聞き流して、早口で部長に言った。
「K2が……K2が、アイディオクスの胎内に侵入したと見られます! すぐにでもこの自動車をアイディオクスに接近させてください!」
完全に動揺していたが、それは部長も同じだった。しかし、驚きと怒りは表情に出たものの、流石は部長、冷静に事を運んだ。
部長の席の近くにある受話器を部長が取ると、すぐに武装車をアイディオクスに寄せるよう要求した。
武装車はスピードを上げる。アシュリーはその間、両手を合わせて握り、K2の無事を祈った。
武装車が止まると、荷台とを隔てる壁は真ん中から両サイドに開いた。荷台はもうすでに壁も天井もなく、オープンになっていた。元々トラックのようだったから、止まった時に開いたのだ。
壁がなくなると、すぐにアシュリーは外に飛び出した。走りながら荷台にあった大剣の柄を握り、拾い上げ、もう、すぐ手前にいるアイディオクスに向かって走り出した。
途中、部長の待て、アシュリー! という声が聞こえたが、もはや聞き入れる余裕はなかった。
一人、先陣を切るように猛ダッシュする。アイディオクスの迫力はもはや押しつぶされそうであったが、K2を助け出すという気持ちに駆られ、すでに驚いたり立ち止まったりする心の余裕は存在しなかった。
水属性巨獣型アイディオクスの腹から水でできた触手がアシュリーに向かって伸びる。しかし、アシュリーはそれを大剣でなぎ払いつつ、前へ前へ進んだ。スピードは衰えることなかった。触手を切ったとき、一瞬だけ核と思われるところの横に黒い物体が見えると、アシュリーはむしろスピードが上がった。
残り数メートルのところで、アシュリーは剣を構え、飛びかかる。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びと共にアシュリーは壁のようにも見えるアイディオクスの水装甲を縦に切って、胎内に突入した。




