真冬の流れる水の音 18
アシュリーは大剣の上に立っていた。大剣とは、少し前に知り合いからもらった、アイディオクス駆除のための道具である。3m程もある大きな剣。e波を流すこともできる。最近になって、アシュリーもこの剣の使い方に慣れてきていた。
アシュリーの立っているところは剣の上。周りの景色は田園だった。しかし、その田園もかなり異常であった。何が異常なのか。それは、見渡す限り水が貼っているのだ。道であっただろう場所も冠水している。近くに駅もあるのだが、そこまでずっと水が続いていた。
しかも、それだけではない。ところどころ噴水もあるのだ。つまり、水で覆われた世界に立っていた。
深さはそれほどでもない。しかし、この水は異常なほどの量でアシュリーは今までこんな景色を見たことがなかった。
この無風空間に音はなく、水も、アシュリーが動くことによってしか波紋を広げない。
太陽は傾いていた。夕焼けがきれいだ。恐ろしいほどに。朱色の光を反射させる水はまるで燃えているよう。空も地面も朱色に燃えていた。アシュリーは空想の火に囲まれていた。
アシュリーはふと、下を見る。
そこには黒い物体が転がっていた。アシュリーと共に剣の上に乗っていた。その黒い物体は本当に炎であぶられたかのような、燃えたかのような姿をしていた。
形は……人型。
「えっ?」
アシュリーはふと、声を漏らす。
恐る恐るそれに手を伸ばした。恐怖心はかなりあった。しかし、それを上回るほどの不思議と好奇心に突き動かされ、アシュリーの手は止まることなく、その黒い人型の物体に近づいてゆく。
手が触れ、それをひっくり返した。そこには……。
「いやああぁぁぁ!!」
目が覚める。アシュリーはいつの間にか眠っていた。時間はもうすでにお昼近くになっていて、部屋に指す太陽の光も向きを変えていた。
「今日は厄日なのかな? 変な夢ばかり見る。はぁ、私、どうしちゃったんだろう?」
思えば、さっきの夢の景色、朝見た夢の景色に似ていた。もちろん、太陽の光とかは違かったから、印象は全然違うけど。
そして、あの黒い物体。ひっくり返したとき、確かにそこには顔があった。もし、朝の夢とさっきの夢が繋がっているとしたら、あの黒い物体は……K2?
もし、そうなら、あの透明のアイディオクスにそうさせられたとか?
そう考えていたアシュリーはふと音が鳴っていることに気がついた。そして、電話がなっていることに初めて気づいた。
ケータイを手に取ると、画面にはアクアと書かれていた。
「アクア? どうしたの?」
「あ、アシュリー。やっと出てくれた」
「ごめんね、ついさっきまで寝てて……」
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「うんうん、大丈夫。それで、何の用?」
アクアとはつい最近知り合って、友達になった調査部、情報部所属の女の子。K2の知り合いで、たまたま出会って話をしたら気があったのだ。
「あのね、この前駆除した銅属性亜巨獣型アイディオクスの上からの写真を欲しいの。アシュリー持ってないかなーって思って」
「持ってるよ。後で送っておくよ。パソコンの方に送ればいいよね?」
「うん、ありがと!」
「いえいえ。あ、そうだ。じゃあさ、私にも水属性巨獣型アイディオクスの情報を頂戴」
水属性巨獣型アイディオクス。つい最近、調査部が現地調査に行って、遭遇したという。それによって、あらゆる対策が取られ、次もまた彼らが遭遇したのと同じ場所に出現するだろうと言われているらしい。それなら、次にその水属性巨獣型アイディオクスが出現したら、出動要請が来るのは特攻部だろう。
だから、アシュリーは水属性巨獣型アイディオクスの情報が欲しかった。
「いいよ。私も送っておくね。でも、K2にもらった方がいいかもしれないよ。だって、K2、まとめ方とても上手だから」
「いや、あいつにもらうのはいいや。私はアクアのが欲しいな。ありがとう!」
「ううん。じゃあ、写真、よろしくね。私も送っておくよ。ごめんね、じゃあね」
「うん、また」
そう言うと、電話は切れた。
アシュリーはノートパソコンを開くと、アクア宛のメールに先程作った活動日誌の銅属性亜巨獣型アイディオクスについての部分を載せた。どうせなら、上からの画像も載ってる、活動日誌を送ろうとアシュリーは思ったのだ。
送ろうと思ったとき、アクアからメールが届いた。アシュリーはメールを送信すると、アクアからのメールを確認した。添付されていたものを開くと、水属性巨獣型アイディオクスについてのことが書かれた文書だった。
アクアのそれはかなり上手くまとめられていて、とても読みやすかった。しかも、読みやすいのに、かなり詳しく書かれていて、もはや、訂正のしどころがなかった。
しかし、そんなアクアはK2の方が良いと言っていた。それはアクアが謙遜したのだろうとは思うが、アクアのK2の方が良いと言う言葉も嘘ではないのだろう。だとしたら、K2のそれも見てみたいとアシュリーは思った。
アシュリーはK2と同じ部署に所属しながらも、一度もK2のそういった文書を見たことがなかった。だから、個人的にも、どのようなものなのかは興味があったのだ。
アシュリーは一通り見る前に、特攻部専用携帯端末に文書を移すと、携帯端末を持って、リビングに向かった。
リビングに来ると、アシュリーは冷凍ピザを解凍し、それを食べた。食べながら、アクアの文書を読んだ。
食べ終わってなお、読み切れず、アシュリーは自室で続きを読んだ。読みやすく、分かりやすい。しかし、長かった。たくさん書かれていた。どうしてここまで書けるのかと思うくらい、たくさんのことが書かれていた。やっぱり、アクアにもらってよかったとアシュリーは思った。
夢から覚めた時から、アシュリーはずっとドキドキしていた。なにか、まるで嫌なことが起こるのではないかというそんな予感を湧きたてるような感じのものだ。苦しいほどに痛いほどに心臓の鼓動が早まっていた。
それは、落ち着くことがない。そして今もまだそれは続いていた。
いきなり、電話がなった。アクアのもらった文書を読んでいる時だった。
その電話が鳴った瞬間、アシュリーの心臓ははねた。まるでこれから嫌なことが起きるような、今までのこのドキドキの中でも、一番酷いものだった。
電話をかけてきた相手は特攻部部長だった。それだけならまだ良かったのだが、この電話はグループトークになっていた。そのグループとは、特攻部。ということは、かなり高い可能性で出動要請だ。
ふと、夢のことを思い出した。すると、みるみる心臓の鼓動が早まっていき、これでもかと思うくらいまで早くなっていった。
「はい、芦田です」
「監視部よりたった今連絡が入った。アイディオクス発生感知機が作動した。場所は水保駅付近だ!」
全員この電話に出たらしく、部長は声高にしっかりと、電話越しでそう言った。
水保駅という単語を聞いたとき、アシュリーはまたもや、心臓がはねた。思えば、あの夢の舞台、水保駅周辺の景色に激似であった。
まさか! 正夢じゃないでしょうね!?
あれがもし、正夢なのなら、この先の展開は最悪と言っていいだろう。目の前に転がる黒くなったK2の体を思い返す。
「出現したのは水属性巨獣型アイディオクスと思われる。一度、対策を練る。全員特攻部の部署に集合」
アシュリーの家から自転車で5分ほどのところに特攻部部署がある。アシュリーはすぐに出かける準備をした。対策を万全にするために、カバンにe波専用機器なりを詰めてゆく。もちろん、ケータイ片手に。
「柿川です。今、水保駅にいます。向かわずに駆除に向かっていいですか?」
アシュリーは唖然とした。それと同時に夢のことを理解した。
なぜK2だけ、あの特攻車に乗っていなかったのか。これで合点がいく。なるほど、K2はそもそも水保駅にいたからこそ、そういうことになったのかと。
アシュリーが口を開こうとしたとき、いち早く和也の声がケータイから聞こえた。
「K2、水保駅にいるのか!? なんで?」
和也の言う通りだ。そもそもなんで水保駅にいたのか。アシュリーは考えていると、しかし、すぐにK2は答えを言った。
「いや、自主調査してた」
一言だった。しかも、あまりにも単純だった。楽観主義のK2だが、変なところで真面目だ。それはアシュリーも知っていた。だから、K2が自主調査していたことに関しては納得がいった。
「分かった。K2はそのまま駆除に向かってくれ。それと、そこの状況を映してくれ」
「分かりました。状況を映す件については少し待って下さい」
そんな風に話が流れた。一度しまった特攻部専用携帯端末を再びカバンから取り出し、電源をつけた。動画が送信されていたので、それを開くと、ライブでK2の写す水保駅周辺の様子が見えた。
「どうですか、見えますか?」
K2がそう言うと、部長はああ、見えると反応した。
画面内では水属性巨獣型アイディオクスが蠢いていた。暴れるだけ暴れている。水保駅周辺は大量の水が噴水のようにあらゆるところから吹き出す。呆気にとられるほどの景色だ。画面に映る景色は夢の景色のまんまであった。何一つ変わらないと言っていい。それほどまでに夢と一緒であった。いや、この場合、夢が一緒であったというべきだろうか。
「ねえ、K2。あんた、無茶だけはするなよ」
本当は止めたかった。夢で見た通りなら、この後K2は……。しかし、それをしてはいけないことをアシュリーは分かっていた。なぜなら、部長はもうすでにK2に指示を出したのだ。それならば今ここでアシュリーがその指示に反することを言えば場が混乱するしかないのだ。もちろん、K2のスキルを疑っているわけではないのだが、やっぱり、不安はつきまとっていた。
「分かってる。慎重に、そして、絶対仕留める」
その言葉をアシュリーはまともに受けることが出来なかった。
数分立つと、
「よし、オーケー。K2、もういいよ」
と、部長は言った。
「はい!」
と、K2が答えると、携帯端末に映されていた動画が消えた。撮るのを止めたのだろう。
「よし、K2は先に駆除に当たってくれ! 他の者は部署に集合! いいな?」
部長がK2の返答に続いて、そう言った。アシュリー含め、K2以外の特攻部の人は、はい! と高らかに返事をすると、そこで電話が切れた。
アシュリーはすぐに出かける支度をすると、部屋を飛び出した。玄関を出る前に、リビングに親あてにメモ帳でメッセージを書いておき、玄関を出た。
また、アイディオクスが出ました。退治しに行ってきます。気をつけて行ってきます。優里より。
その言葉を残したまま、閉ざすかのように封印するかのように、玄関の鍵をかけた。
アシュリーの家から部署までは自転車で数分の距離。だから、アシュリーは自転車にまたがり、家を背に、ペダルを前へと踏み出した。全力で、しかし、安全運転を心がけて、前に進む。音を風音でかき消すように。夢に逆らうんだ! そういう思いで部署に向かった。




