真冬の流れる水の音 17
嫌な夢だった。
飛び起きたときはもう朝にはなっていたが、アシュリーにとって起きるにはまだ早すぎる時間だった。
しかし、二度寝することはできなかった。あの夢がそれほどまでアシュリーの目を覚ましていた。
特攻隊として、任務をする夢は今まで何度も見たことはあったし、その中でも記憶に残るような夢はいくつもあったが、今回のこの夢はほかの夢に比べて、飛び抜けて印象に残り、記憶から消え去ることはなかった。
もし、あれが正夢で、あの人影がK2なら、あの夢の続きはどうなるのだろう? あれで、もし、胎内に入ったのだとしたら、どうなるのだろう? そう言えば、この前、調査部の現地調査でアイディオクスが出たという。その時にK2と和也はアイディオクスの胎内に入り込んだという。私が本所の50階で休んでいたら、元気そうにK2が現れた。ということはK2の身にはなんにもなかったということだろう。しかし、その時はたまたまということも考えられる。次も無事帰って来られるという保証はない。それなら、夢で見たあの行動は無茶だ。そうなればあの後K2は……。
アシュリー自身でも、思考がネガティブになっていっていることに気づいたので、これ以上考えるのはやめて、部屋のカーテンを開けた。
白い部屋に光が差す。今日は晴れている。
学校は今日は休み。予定も何もなかったので、一日中暇でゆっくり過ごそうと思っていた。
アシュリーの家は一軒家。アシュリーの部屋は二階にある。そして、リビングは一階。
アシュリーは一階に降りると、買い置きしてあったサンドウィッチを食べた。
リビングは静かだった。この家には親と三人で住んでいる。しかし、親は共働きで、しかも忙しく、朝早くに出かけてしまい、帰って来るのは深夜になってしまう。
物心ついたときは寂しさのあまり、毎夜泣いていたがそれも今ではすっかり慣れてしまっていた。一人が当たり前とすら思い始めてきている。
一人に慣れていた。
朝食を食べ終わると、食器棚からマグカップを取り出した。
家庭用コーヒーメーカーのところにそのカップを置くと、隣いくつかにあるコーヒーメーカー専用パックの入った箱を取った。
コーヒーメーカーに一番近い箱を取る。それはブラックのコーヒーを作るパックだった。
箱のふたを開ける。
──────そう言うアシュリーは一人でコーヒーを、しかも、ブラックを飲んで、可哀想だな。なに、フラれでもした? どうせ俺らが来る前までは遠目で外でも眺めながら物思いにふけっていたんだろう? 相談なら乗ってやるぜ。それとも、癒してやろうか?
先日、K2に言われたことを思い出した。
アシュリーはそれを思い出す度にいらいらするがイライラするが、同時に悲しくもなった。
ブラックのパックの箱のふたを閉じると、元の場所に置き、その隣にあったカプチーノのパックの箱を取ると、その中からパックを取り出し、コーヒーメーカーにセットした。
スイッチを押すと、泡と湯気と液体が流れ出す。カプチーノが流れ出す。
出終えると、パックを抜き取り、カップを持ってソファに座った。
目の前にあるテーブルにカップを置くと、横に置いてあったテレビのリモコンを手に取り、ひとつだけ色の違うボタンを押した。
光り始めたテレビはニュースがやっていた。
饒舌に話しているニュースキャスターは次々と最近のニュースを言葉として並べている。
うつり変わるテレビの画面をなんとなく眺めていたアシュリーは完全に脱力していた。
右手でカップを取ると、それを口に運んだ。
「……甘い」
そう言うアシュリーだったが、その言葉を口にしたとき、もしかしたら甘いのは自分なのではないかとさえ思った。
私はブラックにはなれないのかなと思った。
「……続いて、次のニュースです。5日前に未来都市で出現したアイディオクスの処理が昨日終わりました。これによりアイディオクスの出現した未来都市の主要道路は復帰可能となりました……」
「これ、あの時の……。そっか、私が被害大きくしちゃったやつだ。道路、通れるようになって良かった……」
K2に言われたことを気にしていたアシュリーはこのニュースを聞いたとき、被害を大きくしてしまったことに対して、迅速な対応をしてもらえたということはとても嬉しいことだった。
あの時は強がっていたが、やはり、K2に言われたことは心に刻印でも刻み込まれたかのように残っていた。
ニュースは変わって、次のニュースになった。アイディオクスのことに関してはあまり詳しくは語られていなかった。
ニュースが終わると、アシュリーは飲み終わったカップを洗って、乾燥台に置くと、自室へ行った。
机に向かうとノートパソコンを立ち上げた。同時に特攻部専用携帯端末の電源を入れ、ノートパソコンと携帯端末をUSBケーブルで繋いだ。
両機器のパスワードを解除すると、それらは同時にホーム画面に飛んだ。
充電中のケータイを充電器と繋がっているコードが付いたまま、手元まで引っ張ると、電源を入れ、パスワードを解除してから、この前写メで撮った銅属性亜巨獣型アイディオクスの写真をワイヤレス通信でパソコンに送信した。
パソコンに送られた画像を特攻部専用携帯端末と共有する。
携帯端末に画像が保存されていることを確認すると、パソコンの方でコネクト切断を押し、両機器からUSBケーブルを抜いた。
次にUSBメモリーをパソコンに差し込むと、作成中の特攻部活動日誌を開いた。
既に書かれている銅属性亜巨獣型アイディオクスの詳細の欄に先ほど受信した画像を貼っていった。
レイアウトは既に決められていたので、決められた場所に画像を貼った。
これらはアシュリーにとってはかなり重要なことだった。
特攻部はどの部署よりもアイディオクスと接する機会の多い部署である。
よって、アイディオクスのことを知らなくては策も練れなければ対応だってできない。
だから、こうして、自分自身で研究をしなければならなかった。
特攻部だからと言って戦ってばかりいればいいというわけではないのだ。
アシュリーは開いていたファイルを保存すると、それを閉じ、ノートパソコンとUSBケーブルを持ってリビングへ行った。
リビングのテレビとノートパソコンを繋ぐと、テレビ電源をつけ、表示を切り換えた。
パソコンの画面がテレビに映し出されると、パソコンで銅属性亜巨獣型アイディオクスの画像を開いた。そして、画像の解析を始めた。
あらゆる角度から撮った写真をズームして表示したり、逆に小さくして表示したり、はたまた、解像度をギリギリまで上げるなど、様々なことをした。
結局、分かったのは、銅装甲の内側には空洞があって、その空洞をちょうどアシュリーの投げた大剣が貫いていたということだ。
ここからはアシュリーの考察。
あの空洞はアイディオクスの本体、つまり、細胞があったところなのではないかということ。あのアイディオクスが大剣が貫いたという、すべての生物に脅威を与えるアイディオクスにとってはそれだけでしかないことで死んだのは、運良くというべきか、大剣が核を貫いたからなのではないかと考える。
と、いうことは、細胞と他の物質は同化したり、混合したりすることがなく、あくまで分別されていると考えられる。
よって、アイディオクスは細胞があり、それがアイディオクス本体で、それを取り巻く物質は、細胞からの何らかの影響で形成されるが、細胞とは完全に区切られているということになるのではないだろうか。
そのようなことを考えると、アシュリーは自室に戻って、また、携帯端末と接続し、活動日誌に、一緒にそれも載せた。
特攻部専用携帯端末から特攻部部長に一応活動日誌を送信し、考察と共に報告した。
アシュリーが部屋に戻ると、他にやることがなかったので、ベッドの上に座ってぼぅーとしていた。完全にアシュリーの頭は真っ白で、なにも考えられずにいた。




