真冬の流れる水の音 14
一時間目が終わった。学校の授業はみんなのレベルに合わせた授業をするので分かりやすい。
K2の席はちょうど教室の真ん中くらいにある。佐紀ちゃんは黒板を見て右から二列目の前から三番目。和也は一番右の列の前から五番目に席がある。廊下は右側にあり、対して窓は左側にある。
K2が一時間目の教科の教科書とノートを片付けていると、いきなり前のドアが思いっきり開かれた。開かれたドアからは同じくらいの年の男子が入ってきた。
「久々に三組に顔を出してやったが、相変わらずつまらない空気だな。それもこれも三組のメンツが酷いからだな。我ら一組の足元にも及ばないこのメンツじゃあ、おそらく成績は下がる一方だろうな」
「なに、嫌味を言いに来たの、三井くん?」
「嫌味? この僕が下等な君たちに嫌味なんて言うわけないだろう? 僕を笑わせたいのか? せっかくこの僕が来てあげたというのに、君たちは歓迎のかの字も知らないのかい? 失礼なやつらだ」
そういうのは一組の三井だった。有名会社の御曹司ということもあり、自分を高く評価している身の程知らずだ。
「また来たよ、あいつ」
「自分がどれだけ嫌われているのか分からないのかねぇ」
そういう声が教室のあちらこちらで小さく聞こえた。対して三井はまだグチグチと嫌味を言っていた。
「……まあ、三組の連中は礼節を知らない者ばかりだからね。僕は君たちにそこまで高いハードルを……のわっ!」
三井はその場で派手に転んだ。足をつまづかせるものなど何もなく、また、歩いてもいなかったのに。
K2はニヤニヤしていた。
そして、三井が立ち上がると、また転んだ。三井の、うわっ! とかのわっ! とかいう、そんな声が三組の教室に響いていた。
「だ、誰だ! この僕にこんな醜態を晒させたやつは!」
そんな風に言っていた。
見た感じでは一人で転んだだけではあるが、三井の言うとおりであった。K2が、三井の足の環境をe派の空間系スキルで変えていたのだ。摩擦が加わらなくなるというスキル。もちろん、普通の人は、そうなっているということも、K2がそのスキルを使っていることも気づかない。しかし、佐紀ちゃんは自分の席に座りながらもK2の方を向いて睨んでいた。和也はやれやれといった顔をしていた。
──やめなよ。
佐紀ちゃんは口をそんな風に動かした。
──えー、だって面白いじゃん!
──可哀想だって。それに、e波を使うのは良くないよ。
──いいの、いいの。ああいうやつにはあんな感じの滑稽な姿の方がお似合いだから。
──調子に乗らないでよ!
──少しくらい。
K2がそう伝えると、佐紀ちゃんは睨んでいた目をさらに鋭くした。
そして……。
「!?」
K2は空気が吸えなくなった。そして、音も出ない。佐紀ちゃんの空間系スキルによって、K2の周りだけが真空状態となったのだ。
──苦しい苦しい!! 死ぬ!
やがて、K2は左手を首に添えると、右手でバンバンと叩き始めた。
気がつくと、二時間目開始まであと2分になっていた。あの後、K2は気を失ってしまったのだ。真空空間はもうなくなっており、息を吸える状態になっていた。その頃三井はこの教室にはいなかった。
「……ってことがあったんだよ。酷くない? 俺悪いことした?」
その話を聞くと、アクアは笑顔のままお茶を飲んだ。
「うーん、それはK2が悪いんじゃない?」
アクアにそう言われた。K2はアクアならと思って話したのだが、そう言われてしまったので、幾分驚いた。
「どうして?」
「確かにその、三井だっけ? が嫌だったのは分かるけど、e波は使っちゃダメだよー。それは、止めるために少し強引になったその子の気持ちも分かるなぁ」
「そんなぁ」
「でも、まあ、真空状態にさせるのは少し度が過ぎてるよね」
アクアはそう言って皿の上に乗った水ようかんをフォークでひと口大に切って、口に運んだ。その水ようかんを食べた時の幸せそうなアクアの笑顔にはさっきの言葉が悪意なく、真面目に答えたのだということが表れていた。
「それで……」
K2が話しをすると、アクアは首をかしげた。
「俺を今日家に招いた理由は?」
アクアは思い出したような顔をして、椅子から立った。
そうなのだ。放課後、校門を出たとき、いきなり電話がかかってきたのだ。
見せたいモノがあるから来て、と言われてアクアの家にいる来ると、家の中に招待されたのだ。
他には誰も呼んでないらしく、今アクアの部屋にいるのはK2とアクアの二人だけだった。
「そうそう、あのね、この前ペットショップに行ったのね」
そう話を始めると、壁の方に歩き出した。
「そうしたら、可愛い子がいたから、つい買っちゃって、見て欲しいなって思ったの」
アクアは立ち止まり、見慣れない布がかぶった直方体の横に立った。そして、布をつまみ、それを取った。
あったのは水槽だった。
中にいたのは赤なのか、黒なのか、白なのか、もしくは、混ざっているのか、そんな色のイモリだった。
アカハライモリという種類のイモリ。イモリを代表するかのような種であった。
「ねえ、どう? 可愛いでしょ?」
興奮気味に言っていた。
「うん、まあ、可愛いけど、なんでイモリ?」
「ん? あー、えっとね、ペットショップの、水槽のあるコーナーをちょうど見てたんだけどね、綺麗な魚とかが優雅に泳いでる中に一匹だけ、その場から動かずに私の方を見てた子がいたの。それがこの子なの。口をパクパクさせて、まるで私を可愛がってって言うかのようにずっとこっちを見てたの。もう、それが可愛くて可愛くて」
「へ、へー。そんなことがあったんだ」
普通、女の子なら犬とか猫とかを可愛いと言いイモリやカエルのような両生類を気持ち悪いというものだとK2はずっと思っていたため、そのアクアの言葉にはかなり驚いた。
「偏見って怖いわー」
「え、偏見?」
「いや、なんでもないよ」
「そう……」
「ところで、名前はなんていうの?」
「さらまんどら4世!」
「さらまんどら4世?」
「そう、さらまんどら4世」
「なんでそんな名前になったの? ってか、4世って何?」
「え? 特にないよ? テキトーだよ? 思いついたから」
「テキトーって」
訳が分からなかった。さらまんどらってなんなのか? 4って数字はどこから来たのか? 謎だった。もっと、可愛い名前にするかと思ったのに、急にさらまんどら4世なんて言われれば、困惑するに決まっている。
水槽のイモリは口をパクパクさせていた。水と陸がある水槽の中で、イモリは動かずにじっとしている。ただし、口だけはせわしく動いていた。
気づくと、アクアも口をパクパクさせていた。イモリの真似をするように。
それにK2が気づいたことに気づくと、アクアは急に口を閉じ、下を向いた。顔は赤くなっていた。恥ずかしいくらいならやらなければいいのにと思った。




