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無茶振り総督の七夕祭り ~十三万の兵と領民を癒やすのは、王妃たちの秘密の異能でした~

かつて「美しき都」と称えられた古都、アンチアルマ。 凄惨な戦火によってその栄華を失い、今や見渡す限りの瓦礫と灰燼が広がる廃墟と化していた。

だが、この死にかけた街に、新たな息吹が注ぎ込まれつつある。

総督として派遣されたセレスティア親王・イリアードのもと、十三万の帝国軍、五千のセレスティア親王軍、そして生き残った数万のアンチアルマ領民。 立場を超えた人々が手を取り合い、連日連夜の復興作業に汗を流していたのだ。

季節は酷暑の八月。 容赦ない日差しと過酷な肉体労働のせいか、人々の顔には次第に焦燥と不眠の影が差し始めていた。

そんな張り詰めた空気を、誰よりも敏感に感じ取っていた者がいる。 セレスティア親王妃リゼリアと、その側室にして従妹でもあるセシリアだ。

◇

八月七日の朝。 復興本部の重苦しい幕僚会議が終わった直後、セシリアは目を輝かせながらイリアードとリゼリアのもとへ駆け寄った。

「殿下、姉様! 本日は八月七日――七夕(たなばた)の日です! 復興作業で疲れ切った領民の皆様と帝国兵の方々のために、今夜はみんなで七夕祭りを開催いたしましょう!」

「七夕……祭り、ですか?」

イリアードは思わず目を丸くした。 二十二歳という若さで十三万もの大軍と復興現場を背負う総督の肩には、計り知れない重圧がのしかかっている。 彼は疲れを滲ませながらも、愛おしそうに優しく微笑んだ。

「セシリア、その気持ちは嬉しいが……今の我々には、祭りを準備する時間も余裕もない。何より、笹竹も、飾るための色紙も、祭りの装飾すら何ひとつないのだよ」

「ふふ、殿下。それならご心配には及びませんわ」

傍らで静かに微笑んだのは、親王妃リゼリアだった。 二十一歳にして気品と慈愛に満ちた彼女は、その裏で予知や念視といった異能を秘めている。リゼリアはそっとセシリアの肩に手を置いた。

「セシリアの提案は素晴らしいと思いますわ。厳しい復興作業が続く今だからこそ、人々の心に希望の光と息抜きが必要です。……それに、私たちには優秀な従者たちと、少しばかりの“特別な力”がございますでしょう?」

リゼリアが視線を送ると、背後から一人の少女が静かに進み出た。 眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる、侍女長ベルナデット。 『メガネのナデット』『無慈悲のナデット』と恐れられる十九歳の彼女は、完璧主義と最速・最効率を体現する頭脳の持ち主である。

「お任せください、リゼリア様。すでに文献に基づき、七夕祭りの最適実行プランを算出済みです」

ベルナデットは淡々と、しかし淀みなく告げた。

「アンチアルマ北部の竹林からの笹竹切り出し、紙くずや廃材を再利用した短冊および飾りの作成、そして兵士と領民の作業シフトの最適化調整――これらを並行して行えば、所要時間わずか四時間十五分で祭りの準備を完了できます」

「……四時間十五分」

イリアードが絶句する間もなく、セシリアの側近である十七歳の美少女たちも元気よく名乗りを上げた。

「ロゼッタは念視と予知で、一番立派な笹竹がどこに生えているか、もう見つけました!」

黒髪の美少女・ロゼッタが胸を張り、続いて金髪の美少女・エミーナが拳を握りしめる。

「エミーナは念動とパイロキネシスで、竹の切り出しと広場の灯りの準備を担当します! 一気にやっちゃいますよ!」

頼もしすぎる妻と側室、そして規格外の異能を持つ侍女たちの完璧な結束。 イリアードは圧倒され、思わず苦笑いをこぼした。

「参ったな……そこまでお膳立てされては、総督としても止めようがない。よし、今夜の作業は夕刻までとし、夜は全軍・全領民をもって七夕祭りを行おう!」

◇

総督の許可が下りるやいなや、驚異的なスピードで準備が動き出した。

アンチアルマの広場には、兵士たちが瓦礫の中から運び出した木材や竹が次々と集められていく。 そして何より、陰で最も活躍したのは彼女たちの秘密の異能だった。

ロゼッタは「念視」で遠方の竹林を見通し、見事な太さと葉の茂りを持つ『願いの主竹』を選び抜く。 それを受け取ったエミーナが「念動(サイコキネシス)」を行使すれば、斧すら使わず竹を一瞬で綺麗に切り出し、宙に浮かべて広場の中央へと運んでみせた。

一方、ベルナデットは一切の無駄がない指示を飛ばし、兵士たちを動かす。 余剰の羊皮紙や復興用の梱包紙を小さく切り分け、カラフルな塗料で染め上げて、あっという間に数千枚の短冊を作り上げてしまった。

「兵士の皆様、領民の皆様! 短冊には、皆様の願い事や復興への想い、ご家族への言葉をお書きください!」

セシリアが明るい声で呼びかけると、最初はおずおずとしていた帝国兵やアンチアルマの住人たちも、次第に表情を緩め、笑みを浮かべながら筆を取り始めた。

『故郷の母が健やかでありますように』 『早く家を建て直せますように』

無骨な兵士たちが不器用な文字で願いを書き込んでいく光景は、どこか温かかった。

夕暮れが迫る頃、広場の中央には高さ十メートルを超える見事な笹竹が堂々と立ち上がり、色とりどりの短冊と折り鶴が所狭しと揺れていた。

◇

陽が沈み、アンチアルマの街に深い藍色の夜が訪れた。 街灯すら破壊された廃墟の夜は、いつもなら暗く寂しいだけの時間だ。だが、今夜は違った。

広場には数万の領民と十三万の兵士たちが集まり、焚き火を囲んで温かいスープやパンを分かち合っている。 前線で戦ってきた粗暴な兵士が、領民の幼子をひょいと抱き上げ、笹竹の高い位置にある飾りに手を伸ばさせてあげる――そんな心温まる光景が、あちこちで生まれていた。

「殿下、ご覧になってください。皆様がこんなにも笑っていらっしゃいます」

リゼリアが夫の腕にそっと手を添えて微笑む。 イリアードは胸の奥が熱くなるのを感じながら、深く頷いた。

「ああ、リゼリア。瓦礫を撤去し、家を建てることだけが復興ではないのだな。壊れた心をこうして繋ぎ合わせることこそが、本当の復興なのだと教えられたよ」

その時、セシリアが広場の中央にある高台へと軽やかに躍り出た。

「皆様! 七夕の夜、織姫と彦星が天の川で出会うように、私たちの願いも必ずや天に届きます! 今夜の仕上げに、私からささやかな贈り物です!」

セシリアが両手を高く掲げる。 彼女の秘めたる異能――「念創」と「パイロキネシス(発火能力)」が、静かに解き放たれた。

セシリアが空を仰ぐと、黄金色と朱色の温かな炎の粒が次々と生まれ、夜空へと立ち上っていく。 それらはただの火の粉ではない。 念動によって巧みに制御された炎は、夜空という名のキャンバスの上で弾け、光の星や大輪の花となって美しい軌跡を描き出した。

「うわあぁぁっ……!」 「綺麗だ……! 花火だ! 炎の星だ!」

兵士たちからも領民たちからも、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。 暗闇に沈んでいたアンチアルマの廃墟が、セシリアの創り出す幻想的な炎の光によって鮮やかに照らし出されていく。

その陰で、ロゼッタは「念話」を用い、広場の隅々にいる人々へ温かな感謝の念波をそっと届けていた。 エミーナは「念動」で心地よい風を起こし、炎の光粒を優しく広場全体へと循環させる。 そしてベルナデットは、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、完璧にコントロールされた光のショーの数値データを見つめ、満足げに小さく頷いていた。

◇

宴がたけなわとなった頃、イリアード、リゼリア、セシリアの三人は笹竹の前に立ち、自分たちの書いた短冊を深く結びつけた。

『アンチアルマに再び豊かな笑顔と平和が戻り、我が民が永遠に安らかでありますように』――イリアード

『愛する夫と妹たち、そして全ての人々が災いなく、光ある未来を歩めますように』――リゼリア

『イリアード様と姉様をずっとお支えし、この街が温かい希望の花でいっぱいになりますように!』――セシリア

『復興計画の進行効率が常に最高値を維持し、皆様の健康状態が最良であり続けますように』――ベルナデット

『皆様の未来に、明るく幸せな予兆だけが訪れますように』――ロゼッタ

『私の力が、みんなを守り温めるための優しい炎であり続けますように』――エミーナ

ふと夜空を見上げると、いつしか厚い雲が晴れ、天の川が満天の星々とともにアンチアルマの真上に輝いていた。

「見て、イリアード様、姉様! 天の川がこんなに綺麗に見えますわ!」

セシリアが嬉しそうに夜空を指さす。 リゼリアはセシリアの手をそっと握り締め、イリアードもまた、二人の肩を優しく抱き寄せた。

「ああ、本当に美しい夜だ。……明日からの復興作業も、我々全員で力を合わせれば、必ずややり遂げられる。この街は必ず、以前よりももっと素晴らしく蘇るはずだ」

帝国兵の武骨な歌声と、子供たちの無邪気な笑い声が、夜のアンチアルマにどこまでも響き渡っていく。 瓦礫の街に咲いた一夜の七夕祭りは、傷ついた人々の心に確かな復興への希望と、決して消えることのない強い絆の灯火を点したのだった。

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