『復興中の古都で立秋の謝肉祭! 〜敵が残した数千頭のクセ強羊を、妹と侍女たちが異能の力で極上グルメに変えて領民の胃袋と冬支度を救う件〜』
夏の盛りを過ぎ、西の古都アンチアルマを吹き抜ける風に、ほんのわずかな秋の気配が混じり始めた頃——。
街の復興作業は、依然として連日連夜続いていた。 総督イリアードのもと、十三万の帝国軍、五千の親王軍、そして数万のアンチアルマ領民が、瓦礫の撤去と再建に汗を流す日々。
そんな中、リゼリアは暦の『立秋』に合わせ、ある大きな催しを提案した。 過酷な夏を乗り越えた人々へのねぎらいと、やがて訪れる厳しい冬に備えるための大感謝祭——『立秋の謝肉祭』である。
◇
「殿下。昨年は避難民居留地でイノシシを使った謝肉祭を行い、人々の精気を養いました。今年は……あの騎馬民族グラッデェが撤退の際に置き去りにしていった、広大な牧草地の羊たちがおりますわ」
総督府の会議室。 リゼリアは優美に微笑みながら、夫であるイリアードに語りかけた。 書類から目を上げたイリアードは、驚きとともに大きく頷く。
「グラッデェの残していった羊か! 確かに、郊外の野原に放置されていた群れを我が軍が収容・捕獲していたな。数千頭には及ぶ大群だ」
「はい。立秋のこの時期に羊肉を食して滋養を蓄え、削ぎ落とした羊毛と毛皮は加工して防寒着や毛布とし、来るべき冬の備えといたします。肉で人々の活力を満たし、毛皮で冬の寒さから領民を守る……これぞまさに、天が授けてくださった恵みにございます」
リゼリアの完璧な提案に、イリアードは思わず膝を打った。
「素晴らしい考えだ、リゼリア! 十三万の帝国軍と数万の領民全員に肉を行き渡らせるには十分すぎる量だ。よし、すぐに羊の毛刈りと解体の準備を進めよう!」
しかし、ここで一つの大きな壁が立ちはだかる。 羊肉は豚肉や牛肉、あるいは野山のイノシシ肉とは違い、独特の強い癖と臭みがあるのだ。
戦場の補給食に慣れた兵士ならまだしも、食糧難で弱っているアンチアルマの領民や小さな子供たちが美味しく食べられるようにするには、調理に特別な工夫が必要不可欠だった。
◇
「羊肉を……誰もがほっぺたを落とすほどの絶品料理にしてみせますわ! 殿下、姉様、私にお任せください!」
腕を捲り上げて名乗りを上げたのは、セシリアだった。 料理好きで行動力あふれる彼女は、今や誰よりも甲斐甲斐しく復興を支えている。
セシリアはすぐさま、従者である侍女たちを引き連れて巨大な野外厨房へと向かった。 彼女の背後には、完璧主義者の侍女長ベルナデット、黒髪の美少女ロゼッタ、そして金髪の美少女エミーナが頼もしく控えている。
「ロゼッタ、エミーナ、ベルナデット! 最高の羊肉料理を作るわよ!」
「お任せください、セシリア様!」 元気よく拳を握ったのはエミーナだ。 「私のパイロキネシスと念動で、火加減も切り分けも完璧にしてみせます!」
ロゼッタも柔らかに微笑む。 「私は予知と念視で、領民の皆さんがどんな味付けを一番喜ぶか探ってみますね」
しかし、眼鏡を指でクイッと押し上げたベルナデットだけは、冷徹なまでに正確な数値を弾き出していた。
「セシリア様。今回の対象は軍兵士十三万、親王軍五千、領民数万です。供給される羊肉は総重量でおよそ数十トン。通常の調理法では臭み消しの香辛料の絶対量が不足します。これより、最速・最効率かつ臭みを完全に抑える特殊調理シミュレーションを開始します」
ベルナデットの完璧な分析のもと、セシリアたちの極秘の“異能”を駆使した大調理作戦が幕を開けた。
まず、セシリアとエミーナは『念動』の力を使い、数千頭分におよぶ羊肉を一瞬で部位ごとに美しく切り分ける。 筋繊維を傷つけず、最も柔らかい状態を保つ、まさに超人的な包丁さばきだ。
続いて最大の難関である『臭み消し』。 ここでセシリアは秘術『念創』を応用し、不足していた東方由来の香辛料や特製の発酵調味料の風味を完全に再現してみせた。 羊肉を、大蒜、クミン、玉ねぎ、果汁、そして果実酒を合わせた特製マリネ液に次々と漬け込んでいく。
「エミーナ、お肉に均等に味が染み込むように、念動で漬け込み液を肉の深部まで浸透させて!」
「はいっ! 念動圧力、注入します!」
エミーナの念動によって、通常なら一晩かかる漬け込み作業が、わずか数分で完了していく。 肉質は驚くほど柔らかくほぐれ、独特の臭みは、爽やかな香辛料と甘みのある肉汁の風味へと見事に昇華された。
◇
そして迎えた、立秋の日の夕刻。 アンチアルマの大広場には、見渡す限り延々と続く巨大な炭火台が設置されていた。
「さあ、焼き上げますわよ!」
セシリアのかけ声とともに、串刺しにされた巨大な羊の炙り焼きや、大鍋で香辛料とともにじっくり煮込まれた羊肉と夏野菜のシチューが一斉に火にかけられる。
ここでセシリアとエミーナの『パイロキネシス(発火能力)』が真価を発揮した。 数万人分の料理を一度に焼き上げるため、二人は火力を肉の部位ごとにミリ単位でコントロールする。
ジュウゥゥッ……!
立ち昇る煙とともに、表面は香ばしくカリッと焼き上がり、中には溢れんばかりの肉汁を閉じ込めた極上のミディアムウェルが次々と完成していく。 広場中に漂う香ばしい香辛料と肉焼きの匂いに、集まった兵士や領民たちの腹の虫が一斉に鳴り響いた。
「皆様、立秋の恵みです! お腹いっぱい召し上がってくださいな!」
セシリアが明るく叫ぶと、割れんばかりの大歓声とともに料理が振る舞われた。
無骨な帝国兵たちが、豪快に串焼き肉にかぶりつく。
「うま、うまい……! 羊肉特有の臭みが全くないぞ! それどころかジューシーで、スパイスが効いていて腹の底から力が湧いてくる!」
領民の子供たちも、柔らかく煮込まれたスープ肉を口にして目を輝かせた。
「おいしい! お肉が口の中でとけちゃう!」
広場の中央では、総督イリアードと親王妃リゼリアが領民たちと一緒に並び、焼きたての羊肉を頬張っていた。
「……素晴らしいな、セシリア。この羊肉は極上だ。昨年のイノシシ肉も凄かったが、今年の羊肉料理は深みと柔らかさが段違いだよ」
イリアードが心からの感嘆の声を上げると、リゼリアも嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、殿下。セシリアと侍女たちが心を込めて仕込んでくれたおかげですわ。……そして何より、残された羊毛や毛皮の加工も、すでにベルナデットの計画通り始まっています」
広場の脇では、刈り取られた大量の羊毛を洗浄し、糸に紡ぐ領民の女性たちの姿があった。 彼女たちの表情にはもう以前のような絶望はなく、生き生きとした笑顔が戻っている。 食糧だけでなく、『今年の冬は温かく過ごせる』という確かな安心感が、人々の凍えていた心を解きほぐしていたのだ。
◇
宴が夜深くまで続くなか、セシリアは額の汗を拭いながら、満腹になって笑い合う人々を温かな眼差しで見つめていた。 そこへリゼリアがそっと歩み寄り、冷たい水を入れたグラスを差し出す。
「セシリア、本当にお疲れ様。あなたの作ってくれたお肉料理が、こんなにも多くの人々を笑顔にしてくれたわ」
「姉様……! ふふ、大成功ですわね。グラッデェが置き去りにしていった羊たちが、まさかこんな形でアンチアルマの力になるなんて」
セシリアはグラスを受け取り、一口飲んでぱっと顔をほころばせた。
「昨年のイノシシの謝肉祭の時も思いましたけれど、みんなで美味しいものを食べる時間こそが、明日への一番の活力になりますわ。殿下と姉様が守ろうとしているこの街を、私も食を通じて支え続けたいんです」
「ありがとう、セシリア。あなたという可愛い妹がいてくれて、私も殿下も本当に心強いわ」
リゼリアは優しくセシリアを抱きしめた。 その仲睦まじい様子を少し離れた場所から見ていたイリアードは、酒杯を掲げながら、二人の愛する妻たちの姿を静かに目に焼き付けていた。
立秋の夜風が、アンチアルマの街を心地よく吹き抜けていく。 そこにはもはや、戦火の傷痕に怯える人々の姿はなかった。
美味しさに満たされたお腹と、温かな毛皮の蓄え、そして何より人々の強い絆——。 復興へ向かう西の古都アンチアルマは、確かな希望とともに、実りある冬への準備の第一歩を力強く踏み出したのだった。




