離サナイ
どれくらい走っただろうか。
そこは深い森の中だった。
もうずっと小屋の中で生活していた陽華にとって、歩くことすらひどく疲れる。
衰えた体のせいで、時々ふらりとよろめくのだ。
美青年『大丈夫?』
月に照らされた美青年の横顔に
吸い寄せられそうになる。
陽華『ええ‥‥‥。
あなたの、名前は‥‥‥?』
こうして誰かと会話したのは
いつぶりだろうか。
美青年『清雅さ』
陽華『きよまさ‥‥‥』
なんて美しい響きだろう。
陽華は、【清雅】は彼の為にある名前だとすら感じた。
清雅『今日は、此処に泊まろう。』
清雅は森の中にある山小屋を指差した。
陽華が幽閉されていた小屋に似ていた。
でも違うのは、重い鎖やお札は貼られておらず、
何より、隣に清雅がいることだ。
陽華はこくりと頷いて
言われるがまま 清雅の後をついていく。
ガチャン、と清雅がドアを閉めると、
陽華は清雅に抱き寄せられた。
陽華が驚きのあまり目を見開いていると、
今度は唇を塞がれた。
清雅の手のひらが陽華の頭に回されると、
背中が硬い床に付いた。
【抗えない】
陽華はそのまま目を閉じた。
いつもなら底冷えする秋の夜
小宵だけは、寒くなかった。
そのまま陽華は、意識を手放したー‥‥‥
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朝になっていた。
陽華はゆっくりと目を覚ます。
清雅『起きた?』
陽華は首を縦に振った後、体を起こした。
あまり体調がよくなくて、めまいのような感覚に陥る。
清雅『大丈夫?無理しないで』
朝日に照らされた清雅の顔もとても美しい。
月夜に照らされた清雅はどこか艶めいていたが、
今の清雅は端正な顔立ちの青年だった。
清雅『そういえば、名前を聞いてなかったね。名前は?』
陽華『陽華(ようか‥‥‥)』
清雅『陽華‥‥‥
なんで可憐な名前なんだ。』
清雅の声が耳をくすぐる。
彼は声までも美しいのだ。
陽華『なぜ、私を連れ出したの‥‥‥』
陽華は視線を落として問いかけた。
清雅は真剣な顔をする。
清雅『僕は、変な村があるという噂を聞いてやってきたんだ。』
陽華『変な、村‥‥‥』
清雅『そう。
まさに君のいる村。
‥‥‥近寄ってはいけない小屋があるって聞いた。
だから興味本位で近づいたんだ。』
興味本位で、封印された自分を解いてしまうなど、
清雅はなんて愚かな人なのだろうと陽華は思った。
陽華『‥‥‥今頃、村は恐ろしいほどの雨が降り注いでいるわ。
私を、外へ出したのだから』
清雅は何も言わなかった。
そのまま陽華の腕を掴んで、山小屋を出たのだった。
森の中は標高が高く、
自分のいた村を見下ろせた。
清雅『見てごらん』
陽華は言われた通りに、清雅の視線の先を見つめた。
陽華はハッと息を呑んだ。
あの村にだけ、何故か大雨が降り注いでいるのだー‥‥‥。
村人が逃げ惑う様子が陽華の目に飛び込んでくる。
陽華『やっぱり‥‥‥!』
陽華はガクガクと震えた。
自分のせいで、村が、人々が
死んでしまう。
そんな陽華を
清雅は後ろから抱きしめた。
清雅『君を犠牲にした村のことなんて
考えるだけ無駄じゃないか』
陽華は清雅の方を向いた。
清雅『見てごらん。この山に、
雨は降ってるかい?
晴れているよ。雲ひとつない。』
確かにそうだ、と陽華は思う。
ここでは、雨は降っていないのだ。
清雅『君は、呪われてなんかない。
どう考えても、あの村が異質なんだよ。』
陽華は清雅の言葉に、
凍てついた心が溶かされてゆく。
ああ、と陽華は心の中でつぶやいた。
【私の身も心も、清雅に奪われてしまった】
陽華の心に、何かの胤が
発芽してゆっくり伸びていく。
陽華は 囚われた自分なのか、過去の自分なのか
あるいは、全く別の誰かのものなのかわからない言葉が
脳内に響き渡る。
【離サナイ】




