第30話 女木雪音 ⑦
母さんは父さんが亡くなった後、私を育てるためしばらくは何件もバイトを掛け持ちし父さんの残したお金と合わせて生活のやり繰りをしながらしのいでいたが私にかかる出費やその他のやりくりを女手一つでいきなりやってのけるというのは無謀だったらしく母さんはある時これでは駄目だと自覚し正社員としての働き口を探し始めた。
しかしいきなり中途で子持ちのシングルマザーを雇ってくれるところはほとんどなく、1日に複数の面接を受けにいっても1週間後に帰ってくる通知は不の文字だけだった。いつもは絶対に弱音を見せない母さんもこの頃は酷く弱っているようでそれを見た私は学校をやめて働く事を提案すると、母さんはそれを激しく拒否し私がそう云ったことがかなりショックだったのかその反動で母さんはシフトの量と面接の量を増やしていく始末。
それが私がちょうど中2の夏頃で母さんはまだ私の年齢からしたら若い母だったが、私は朝早くから出かけて夜遅くまで帰ってこない母がいつか倒れるんじゃないかと心配になっていた。
そんなある日、私はいつものように夜部活から帰ってくると母さんは既に帰宅しており、私を見るなりすごく嬉しそうに正社員として働く場所が見つかったと報告してきた。何でも掛け持ちでやっていた居酒屋のバイト中にたまたまその場にいた会社の社長から今回の職場にご指名がかかったらしかった。
私は一抹の不安を感じたが、久しぶりに笑った母さんを前に何も云うことができず次の月から早速母さんの新しい職場での仕事が始まった。
仕事内容は社長の勤務内での身の回りの整理やスケジュール管理などをする秘書の仕事だった。現にその仕事についてからは完全週休二日制で遅くても18時には母さんは帰宅するようになり何よりもバイトを掛け持ちしていた時の給料の倍以上の額が支払われ、2人で暮らして行くには不自由のない水準になりその職場に不信を抱いていた私も疑っていた事に申し訳なささえ感じてしまう程だった。
そうして私が地元の高校に進学を決めた際に今のマンションに引っ越してきたのだった。その理由も最初の場所より交通の便が良くなり、スーパーや必需品が密集している一等地で母さんは高校に入ったらその交通機関を使って私を学校まで登校させるつもりでいたがこれ以上母さんに負担をかけたくなかった私はあえて徒歩での通学を提案し現在までそうしている。
なにはともあれあの時声をかけてくれた社長のおかげで私達は今幸せに暮らすことができている。そう思っていた。
そして今、私の目の前でまるで自分の家のように寛いでいるその男こそが母さんを今の職場に推薦した社長本人だということを母さんから聞いたのはその後のことだった。
男は私をつま先から頭の先まで舐めるように見つめると、のしっと立ち上がり私の方に歩み寄ってきた。そうして男はいきなり私の頭を大きな手で包み込むように撫でだした。
「ッッ!?ひっ!!」
私は全身が震え立つのを感じると無意識その男を突き放す。男はよろけながら後ろに退きピタッと止まると、私を鋭い形相で睨みつける。
すると今度は先程よりも勢いをつけて私の前に向かってくるが、それを見ていた母さんが急いで私達の間に割り込むようにして入る。
「すみません!!社長!!ですがこの子には社長のことを一切教えてなかったんです。ですから責任は全て私にあります!」
母さんはそうゆうと私の目の前で前方の男に向かって土下座をして何度も詫びる。
「ふん、ちゃんと躾けとけ」
そうゆうと男は素足で私の母の頭を押さえつけるように踏みつける。私ははらわたが煮えくり返るような感情に苛まれたがそれと同時にきっとここで私が手出しすると全てが終わることも察していた。
そしてこの日を境にその男は度々やってきては母さんを奴隷のように扱いなぶりものにしていった。私達が掴んだ幸せは本当の幸せではなく一生取れない茨の鎖で繋がれた幸せに変貌していったのだった。




