第29話 女木雪音 ⑥
「…あつい」
照りつける太陽の中、入学してから早々に時間を持て余した私は今日も学校が終わると早々に帰宅する。本当は涼介や久を誘って遊びにでもいきたいけれど、一度離れた友に再び昔みたいにとは簡単にはいかない。
それは向こうも同じようで久は相変わらずあの調子だが何故か部活をやっていた時より忙しそうに授業が終わると早々に教室からいなくなることが多かった。
そして肝心の涼介はというと朝けだるそうに学校に来てけだるそうに授業を受けてけだるそうに帰っていく日々を繰り返し一向に向こうからアクションを起こそうとはしなかった。
あれで昔は人一倍ヤンチャで誰かを振り回すのが好きだった人間とは思えない。かといって私もどう声をかけたらいいか分からずじまいで今に至る。
もう一つ懸念があるとすれば女友達は自然とできていったが、男友達は涼介はおろか他のクラスメイトともさっぱりで声をかけられてもどう返していいか分からず元々目つきが悪かったせいもあって相手を怖がらせるようになっていた。
中学に入って確かに社交性は磨いたが男の免疫に至っては逆にマイナスに働いていたらしいことを高校に入学した今ひしひしと実感した。
そして現在、とっくに衣替えも済ませた私は汗だくになりながら1人孤独に家に帰る途中である。
「涼介……連絡でもしてみようかな」
私はスマホを取り出すとトーク画面を開き適当な挨拶と遠回しに彼を遊びに誘う文章を打つ。
「……………」
そしてあとは送信ボタンを押すだけのはずなのにそのワンタップがどうしてもできずにいた。
暫くするともう暑さのせいなのか自分自身の熱なのか分からない程に身体が悶々としていることに気付き、私はスマホの画面を閉じ溜息をこぼすと再び歩を進めるのだった。
私は家に帰る前にスーパーで今日の夕飯の買い出しを済ませる。高校入学後時間があり余った影響もあってか最近では忙しい母さんに変わって私が料理担当をすることが多くなった。
料理の出来はまだ人様に出せるようなものではないけれど意外とやってみると楽しいもので、このまま上達していけば人並みの実力になるまでそう遠くはない…はず。私は手に持っていたじゃがいもを何気なしに見つめる。
「そういえば…あいつ…肉じゃが好きなんだよね」
私は子供の頃、涼介が無邪気な笑顔で肉じゃがを食べていたことを思い出す。
「もし私があいつに作ってあげたら…喜んでくれるかな?」
ふいにエプロン姿で台所に立つ自分とそれをテーブルで肘をついて温かい目で見守る涼介がいて、二人で卓を囲んで楽しそうに食事をしている風景が映し出される。
いやいや!?ないないないない!!ありえない。
女木は早々に買い物を済ませ、マイバッグに食材を入れ外に出ると早足で歩いているが頭の中では以前にも増して彼のことばかり考えるようになっていた。
昔のやんちゃで素直な彼も好きだったが、高校生になって自分よりずっと背が伸びて顔の輪郭と男らしい喉仏、そこから発せられる低い声、周りとはあまりつるまない一匹狼のようなクールな性格、けれど決して冷酷ではなく口には出さないが、他人を放っておけないその性格とお人好しさは初めて出会った時から変わっていなかった。そんな彼を誰よりも近くで見てきた彼女は自分でもわかるくらい涼介にほの字だった。
けれど逆に本当に変わってしまったのは、彼女自身かも知れない。昔なら云われるがままだった少女は彼の影響で変わりたいと強く思ったことにより以前よりも自分に自身がついたためかこうして今正直な気持ちを伝えられず彼に冷たい態度をとってしまっている。それは誰がどうみても紛れもなく純度100%のツンデレであったが当の本人はそれを強く否定するまでにひねくれてしまっていた。
私は自分に納得のいかぬまま現在の自宅であるマンションに到着すると鍵を回し自動ドアを開け中に入る。するとちょうど事務所の方から管理人さんと目が会う。
「おやぁ、雪音ちゃん今帰り?」
「あっ、管理人さん、こんにちは。はい今学校が終わって買い物にいってきたところです」
私は軽くお辞儀をすると笑顔で応対する。この人はここのマンションの管理人さんで数年前に仕事を定年で辞めた後、ここで再雇用し住み込みで仕事をしている。普段は建物の見回りや清掃などで外してる事も多いがこうして時々見かけると話す仲になっていた。
誰に対しても人当たりが良いと評判で私も母親も最初内見に来た時この人の人柄の良さもあって住む決め手になった程だった。
「それはええこっちゃ。お母さんもこんな親孝行な娘さんがおって幸せやろうなぁ」
「いえいえ、私なんてこれくらいしかやることないですから。料理の腕もまだまだですし…」
「はっはっは、うちの家内も始めの内はそうやったよ。正直、食えたもんやなかった。けんど今はどんな店で食うもんよりうまいけん、人間の成長っていうんは本当にすごいもんや。そうや今度雪音ちゃんとこにもうちの料理お裾分けしにいくけん楽しみに待っとってな!」
「あ…はい楽しみです!」
そうゆうと管理人のおじいさんは事務所へと戻っていく。私はそんな管理人さんの後ろ姿を見つめ複雑な表情を浮かべる。
私は管理人さんの奥さんに会ったことがなかった。きっと以前は仲睦まじく暮らしていたんだろう…だが、私達がここに来た時には既にいなかった。
それどころか以前は奥さんがいたことさえ私達は知る由もなかったが、最近になって急に管理人さんの方からそのことについて触れてきたのだ。
まるで最初から隣にいたような口ぶりに最初私は混乱していたが今ではそれが日常になり今はこうやって口裏を合わせるような態度さえ取っている始末。
私にとっては架空の人物といっても差し支えないその人のことを管理人さんはすごく嬉しそうにいつも私に語りかけてくる様子に私は二度と会うことができないその人に本当に会ってみたいと感じるようになるほどだったがそれと同時に時の残酷さに憂い何もできない無力な自分に落胆する。
そして先程の件で熱が冷めた私は自分の階で開いた扉から出るといつものように自分の部屋の鍵を回して中に入るといつもとは違う違和感があった。
「あれ?お客さんかな?めずらしい」
いつもは私と母さんの靴だけが並べられているはずの玄関に今日は黒い大きな靴が一緒に並べられていたのを発見した。
私はその乱雑に投げ出された靴を綺麗に整えて、リビングに向かうと驚きの光景が目の前に広がっていた。そこには中年で小太りの体で肌着だけを着用しまだ夜も来てないというのに一升瓶のお酒を母さんに注がせて我が物顔で部屋を占拠している男がいた。
私はその衝撃に恐怖覚え目を見開きながら母さんに尋ねる。
「…母さん…その人…誰?」
するとこちらを振り向いた母は顔に殴られたような酷い跡があった。
「今日から私達と一緒に暮らす人よ」
母さんはそう真顔でいうと、男はこちらを振り返り私を見るとニタァと笑った。




