第26話 女木雪音 ③
その後、彼と少し話し2人は次もまたこの場所で落ち合う約束をした。私は先程までの気持ちとは打ってかわり上機嫌で帰宅した。
家に帰ると既に母さんは帰宅し部屋にいなかった私をひどく心配していたようで扉の音が聞こえるとすぐに私のところに駆け寄ってきた。
私は勝手なことをして叱られることを覚悟し萎縮したが母さんはそんな濡れた私を抱きしめた。
「良かった。無事で良かった」
「あの…お母さん…ごめんなさい。勝手に家を出たりして…それで…その急なんだけど…私、学校に行ってみたい!」
母は目を丸くし私を見つめた後濡れた服や目を泳がせながら少し赤くなった頬を見つめるとクスッと笑った。
「その子の学校に行きたいの?」
私は何故母が何もいってないのにそこまで分かるのか気になりはしたものの、今は流行る気持ちが抑えられず何も云わずに小さく頷いた。
そして早速次の日には手続きを進めてくれ、元々行くはずだった近場の学校から転入という形で彼のいる学校へ入学が決まった。
私は結局また自分の我儘でお母さんに迷惑をかけたことになり私はお母さんに謝罪したが母はそんな落ち込む私の頭をくしゃくしゃと掻き乱しながら励ましてくれた。
「あのね、雪音。お父さんもお母さんもね、好きでやってることなんだよ。自分の娘の希望は親としてできるだけ叶えてあげたい。それはお母さんにとってもお父さんにとっても幸せに繋がるんだからね!私は今、雪音に気になる子ができてそれで同じ学校に通いたいなんていってくれて本当に幸せなんだから!」
私はそんな母親の言葉を聞いて理解すると自然と涙が溢れ、母に抱きついていた。お父さんもお母さんも私のことを本当に愛してくれていたんだ。この2人の子供に生まれてこれて本当に良かったと心から思うことができた。それと同時にもう両親を心配させないように強く生きよう、そう思った。
そしてあっという間にこの街に来て初めての初登校の日となった。母は私の見送りを申し出たが私はこれ以上迷惑をかける訳にはいかないと思い断わり家を後にした。
「お母さん、行ってきます!それと今まで迷惑かけて本当にごめんなさい。私、きっと幸せになるからね!」
母は温かい涙を流しながら手を振って私を見送ってくれた。
そして私は扉を閉めると彼のいる学校へと歩みを進めた。小学生にとってはかなりの距離だったが不思議と全く苦にならないどころか学校までがもどかしくもあった。そして校門まで到着すると教職員が私を温かく出迎えてくれ、共に1年を学ぶ同じ歳の生徒が待つ教室に案内される。
しかしここに来て再び恐怖にも似た緊張が私を襲う。本当にうまくやれるだろうか?
あの日に向けられた私への3人の私を警戒し恐れた目が脳裏に浮かんでくる。
「はあ…はあ…」
「どうしたんだ?大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません」
とても大丈夫ではなかったが私は歯を食いしばり担任の先生に精一杯の作り笑顔を見せた。
すると先生は優しい表情を向けると自分の教室の戸に手をかけ扉を開けた。教室の中からは私と同世代の子達の賑やかな声が聞こえていた。
「はーい、静かに。今日は知ってるとは思うがお前たちの新しいクラスの仲間になる子を紹介するぞ。じゃあ女木入って来てくれ」
私は震える足をなんとか前に進めると恐る恐る教室に入った。すると数十人の目線が私だけを捉え一斉に私に降り注ぐ。
この感覚、あの日と同じだ。私を品定め、凝視するあの目、しかも今度はあの日の比じゃない程の数。私は前を見ることができず、ただ下を俯き、先生は黒板にチョークでカツカツと私の字をなぞり振り向く。
「女木、自己紹介できるか?」
私はかろうじてその声を聞き取ると必死に口に出そうと何度も頭に呼びかける。しかし何度言おうとしても只口はモゴモゴと何かを訴えるように開くだけで相手には伝わらない。みんなはそんな私を訝しそうな目で見つめる。私の心臓は痛いほど鼓動しそれと同時に嫌な汗も流れ始めた。いわなきゃ…ちゃんと自己紹介しなきゃ…じゃないとまた仲間外れにされる…変な奴だって思われる……また孤独になる。せっかく、お母さんが無理をしてここに転入させてくれたのに…彼が私を救ってくれたのに…
私はいつの間にか、自分の不甲斐なさに目から熱いものが流れ始めていることに気づいた。
足はガクガクと震え、もう一言も喋れない。ああ、また私は自分で自分の道を閉ざしてしまうんだ…また明日からあの部屋で1人母さんが帰ってくるまで震えながら待っているだけの人形になるんだ…
雪音の瞳からは既に光が消え後はただこの時間が1秒でも早く終わって欲しい。そういう願いに変わっていっていた…
「あーー!!!雪音じゃん!!お前どうしてここに!?えッ!もしかして転入生ってお前だったのかよ!?」
突然、この淀んだ空気をぶち壊すような明るい声が教室全体に響き渡った。私はその馴染みのある声に涙を拭うことも忘れ、先程の重くのしかかったものが全て抜け落ちていくようにその声のする方へ顔を向けるとあの日初めて会った時と何一つ変わらない笑顔が私に向けられる。
「涼介、知り合い?」
クラスの1人がそう問いかける。
「ああ!俺の友達だ!」
彼の一言が先程までの空気を一変させ私に新しい風を吹き込むようにその場を包み込む。
「なんだ…涼介の知り合いだったのか…じゃあこれで気兼ねなく自己紹介できるな!女木」
その空気を読んだように再び先生が私に自己紹介を求めてきた。
私は乱れた呼吸を整えるともう一度心を落ち着かせそして口をゆっくりと開いた。
「私は、女木雪音っていいます。涼介君とは最近知り合ったばかりですがいつも助けられてばかりでさっきも何も言えなかった私に勇気をくれた、大切なお友達です。皆さん、これからも迷惑をかけると思いますがどうかよろしくお願いします」
そうゆうと雪音は先程の涙を頬につたわせながら自分が今できる最高の笑顔で自己紹介をした。
クラスの生徒達「キュン♥」
女の涙に男は弱いというがこの日たまたま雪音が起こしたその現象はたちまちクラスの男子はおろか女子をも巻き込み女木雪音という1人の少女に居場所を与えた。そんな私を見て彼は笑顔で私にグッドサインを送っていた。それからはクラスのみんなと打ち解けるのにあまり時間はかからず、数カ月経った頃には私もみんなと同じように言葉を交わし、授業を習い遊ぶことができるようになっていた。
その中でも涼介はもちろんのこと、その親友の小土久というクラスの子とは1番といっていいほどに仲がよく学校以外でも遊ぶようになっていた。
最初こそ赤髪で身長が高くて目つきが鋭いところがあったので警戒していたが、涼介の親友を名乗るのを裏付けるように裏表がなく、純粋で誰よりもまっすぐで少しバカだった。
私達は学校が終わると3人でいつも一緒に遊んでいた。あの湧き水でも遊んだし、涼介や久の家でもテレビゲームなんかして遊んだ。意外なことに久には小さい妹がいてその子にゾッコンするほどのシスコンだったが、大人しくて自分よりも更に小さいその子と遊ぶうちに私もすっかりその子のことを好きになっていた。夏はみんなで涼介の祖母の実家に泊まって海で遊んだり、山に虫取りやバーベキューをして過ごした。涼介のおばあちゃんはその時でも既に高齢だったが、私達がやってくるとまるで本当に自分の本当の孫のように可愛がってくれ、一緒に遊んでくれた。
涼介と出逢ってからは本当に毎日毎日が宝石のように輝いていてずっとこのままこの時間が続けばいいのにとさえ思っていた。それが私の小学生の頃までの記憶。




