第25話 女木雪音 ②
「はぁ…はぁ…」
私は久しぶりに走り自分でもこれほど体力が落ちているんだと実感する程にすぐ呼吸が乱れ、身体の節々が痛むのを感じていたがそれでもスピードを落とすことなく階段をかけ下りる。それは何としてもあの子達に会って話しをするため…
私はマンションから出るとベランダからは逆方向の出口からその目的の渓流まで急いで走った。
間にあって…お願い…
そして私は必死に願いながら走り続け、目的の場所までたどり着いた。しかし遊歩道には既にその子達の姿はなく私は滴る汗を拭うこともせず愕然とした。
間に合わなかった…
先程まで聞こえていた賑やかな声はなく、遊歩道の端から端まで目視するが人影1つ見えなかった。私は切れた息を整えながら落胆するととぼとぼ引き返すことにした。
「おら!」
バシャ
「きゃっ!ちょっと!?服が濡れちゃうじゃない!」
ジャブ
「おい!やめろって(笑)」
その聞き覚えのある声に私は急いで振り向き、その声のする方へと近づいていく。そこは遊歩道の間と間にある小さな渓流のようになっている湧き水からだった。
よく見ると遊歩道の端に木で作られた休憩場がありそこのイスや丸型の机にはその子達のと思しき、ランドセルや靴が置かれていた。
私は遊歩道の上から下の渓流を覗くと、そこにはいつも一緒にこの場所を通って帰宅している男女のグループの姿があった。
その子達は制服が濡れることも気にしようともせず跳ねる水しぶきと一緒に楽しそうに遊んでいたのだった。その様子を見て私もみんなと遊びたい、その気持ちが強くなるのを感じた。
私は靴を脱ぐことも忘れ湧き水へと続く階段を下りみんなの所へ駆け寄った。
すると気配に気付いたのか、みんなが驚いた顔で私の方を見つめていた。そしてー
「お前…誰?」
「どこの子?なんで私服なの?学校は?」
その発言はとても歓迎される雰囲気ではなく、むしろ警戒して私を見ていた。私はみんなのその疑心の眼に心臓が握りつぶされるような感覚になったが、私のことを知らないのも当然なのでとりあえず呼吸を整え自己紹介をすることにしてみた。
「あ、あの急にごめんね?私は…雪音…女木雪音っていい…ます。ここには最近…でもないけど…ちょっと前に引っ越してきて…その…だから…お友達になってくれませんか?えと…かなた君とさなちゃんにひろき君だよね?よろしくね!!」
私は緊張しながらもみんなと友達になるために言いたいことを全力で言い切った。はずだった…
だが、再び3人を見ると先程よりも更に鋭く冷たい視線が私を突き刺す。
「は?知らねぇよ…誰も聞いてねえし」
「てゆうか、何で私達の名前知ってるの?」
「まさか、ずっと俺達のこと探ってたんじゃ…」
気持ち悪
「へ?」
それもそのはずだった。私はいつも3人をベランダから会話を盗み聞きし聞いている内に勝手に仲良くなっていると錯覚していたのだった。きっと私が声をかければすぐに仲間に入れてもらえる…そう思っていたのだ。だがあの子達にとっては私は初対面で馴れ馴れしい私の反応に畏怖するのは至極当然のことだった。
3人は私をまるでそんな表情で見つめると同時にバシャバシャと、急いで走り出し私を遠ざけるように距離を置いて逃げ出すように上に上がる。
その時の私は何が起こったのか訳もわからず必死に制止を促すが誰一人として聞き耳立てるものはおらず私が上に上がる頃には本当に誰もいなくなっていた。
私は呆然とその場に立ち尽くしていると天からまるで己の心を悟ったかのような雨粒が頬を叩いた。すぐにその雨はどしゃ降りになり強い音が地面を叩くと、私の服を頭を顔を心を濡らした。
私は嗚咽混じりの声を上げながら先程まであの3人が使っていた休憩場で座り込み1人泣いていた。
ああ…終わった…最後に残っていたほんの一欠片の自分の光すらも今完全にバラバラに砕け散ったのだ。きっともうすぐ母さんが帰ってくるだろう。そして傷ついた私をみてまた優しく抱きしめてくれるだろう。しかしそれは本当に本意なのだろうか?ただ単に自分に与えられた役割を全うしているだけではないのか?もし私がいなかったらあんなに遅くまで働かなくていいし、私のご飯を作ることもなくなるし、この服や電気代、水道代、光熱費、なにより母さんは自分のためにもっと自分のしたかったことができるんじゃないだろうか?
私はふいに立ち上がり、すぐ後ろでかさを増し勢いを増した湧き水だった場所を見る。
深さは余りないが確実に流れは先程よりも遥かに凄まじくきっと足を滑らせれば無事ではすまない。それが低学年の少女であればなおさらであった。
私はほぼ無意識に木の手すりに手をかけるとそれをよじ登り、この苦しみから解放されるためにそこに行き着こうとする。そしてそのまま飛び越えるつもりで勢いをつけようとした時だった。
「おいっ!!お前何してんだ!?」
力強い手が握られ私はそちらに引き寄せられる。
「きゃあ!!」
そしてそのまま倒れ込むようにその手の主の胸元にぶつかる。
「おい、大丈夫か?お前…こんな時に水遊びしたら流石に死んじまうぞ?」
全く見当違いのその彼の言葉に何故か腹が立ち上を振り返り、顔を覗き込むようにして見る。
するとほとんどゼロ距離に同い年くらいの男の子の顔があった。私は驚き赤面すると彼を思い切り突き飛ばす。
「いって!?何すんだよ!!お前!?」
彼は思い切り吹き飛び雨の中で尻もちをついてこちらに片腕を上げて怒りをぶつけてくる。
「あっ…その…ごめんなさい…突然で…つい」
彼はそんな反応に溜息をもらすと再び屋根の方に戻ってくる。
「まぁ、いいや。たくっ…買い物頼まれてここまで来たってゆうのに急に降ってくるんだもんな…ついてねー」
彼は1人でぶつぶつと愚痴をこぼしながら机に置かれたビニール袋を見つめる。今日のごはんだろうか?数種類の食材が透明な袋を通してうっすらと見え、卵が割れているのか、黄色い液体がベッタリとへばりついているのが分かった。
「あの…そのちょっといいにくいんだけど…卵…割れてる…よ?」
「は?…うわっマジじゃん…母さんに怒られる…どうしよう…」
彼は絶望の表情を浮かべ顔を青くさせていた。
「もしかしてなんだけど…それ私のせい?」
私は恐る恐る尋ねると彼は激しく肯定した。
「いやマジでそうだぜ!お前が飛び込みそうなのが見えたから急いでここに放って割れたんだからな!!」
「ご、ごめんなさい…」
彼は雪音がベンチに座って小さくなり頭を下に向けると、バツが悪そうな顔をして顔を背ける。
「てゆうか、お前なんであんなことしたんだよ…」
そう彼が云うと私は言い逃れできなくなって今までの経緯を全て話した。
「………そっか…お前も大変だったんだな…いや俺のほうこそごめん…お前必死に変わろうとしてたんだな。あっ!でも死ぬなんてバカなことはすんなよな!!」
「ごめんなさい」
私が再び彼に謝ると彼は頭をかきむしると手を差し伸べてきた。
「え?」
「お前、友達ほしかったんだろ」
「う、うん」
「じゃあ手握れよ」
私は訳もわからず差し伸ばされた手を握ると彼が言い放つ。
「なぁ、お前名前は?」
「…雪音」
「俺は涼介ってゆうんだ!じゃあ今日から俺達は友達だな!!よろしくな雪音!」
「……うん…」
そうゆうと彼は太陽のように眩しくにこっと笑うとそれと同時に先程まで振っていた雨の音は終わりを告げると光が立ち込め辺りを照らし木漏れ日が彼を美しく照らした。
「おっ!晴れてきたな!」
その様子を見ていた私は握る手が熱くなるのを感じその熱が身体全体を駆け巡る。
「どうしたんだ?雪音?顔真っ赤だぞ?」
「へ?」
その日私はこの街に来て初めての友達と好きな人ができた。




