第23話 雨涙
あれから小一時間位が経った。俺はただ一人自分の席で貧乏ゆすりをしながら朝から変わることのない黒い空をぼんやりと眺めていた。
思えば女木と初めて会ったのもこんな酷い雨の中だった気がする。
俺は儚く消え入りそうな遠い記憶を呼び覚ます。
「なぁ、お前名前は?」
「…雪音」
「俺は涼介ってゆうんだ!じゃあ今日から俺達は友達だな!!よろしくな雪音!」
「……うん…」
てゆうか、これ何処だ?何で急に名乗ってるんだ?駄目だ全然思い出せる気がしない。てゆうかこのわずかに残った記憶さえも怪しくなってきた。
俺は自分の記憶力の乏しさに嫌気が差し考えるのをやめた。
ガラララ
突然開かれた扉のその音の方に目を向けるとそこには一瞬少し驚いたような女木が映った。
「なんであんたまだ居るの?」
冷たく言い放たれた言葉に俺も少し苛つくのを感じた。
「何話してたんだ」
女木は何も言わず自分の席に歩くと鞄に教科書を収納し始めた。
「おい、無視かよ」
「あんたに関係ないでしょ」
そう女木が告げると俺は無言で彼女の前に近寄り立つと女木は鋭い目つきでこちらを睨みつける。
「何?邪魔なんだけど」
「おい、あの日何があったんだよ」
「だから何もないってー」
「なぁ、あの噂本当なのか?お前の新しい父親の話―」
その言葉を聞くや否や彼女が憤慨し自分の机をはじき飛ばし俺に怒声を浴びせる。
「だからあんたに関係ないっていってるでしょッ!?いつ私が涼介に助けて欲しいって云ったッッ!?迷惑なんだよッッッ!!いつもいつも、こっちが頼んでもないのに強引に迫ってきて、何!?ヒーロー気取りのつもり!?そんな子供みたいな理屈がもう通用しないことなの分かるでしょ!?………私のことは…もう放っといてよッッ!!…」
そうゆうと息を切らした女木は床に落ちた鞄を拾って教室から走って出ていってしまった。
「おいっ!?女木!!」
そうして俺は教室に一人取り残された。そして自分のやるせなさと無力さに握り拳を震わせ、周りの机を蹴り飛ばした。
「クソッッ!!」
俺は暫くして教室を出ると大雨の外に飛び込み校門まで歩く。そしてふと顔をあげるとそこには傘を差し片手に俺のために持ってきたもう一つの傘を持った少女が立っていた。
「…ちょうどさっき校門から飛び出してくる雪音ちゃんとすれ違った」
俺はいつもの楽しく明るい口調とは程遠いどこか怒りを感じる声色のその少女を見つめた。
「………そうか」
涼介は雨に濡れた髪と服を拭おうともせず降り止むことのない雨にかき消されそうなくらいの弱々しい声を漏らすと目の前の八重の傘を受け取る素振りも見せず過ぎ去ろうとする。
「…どこいくんや」
俺は立ち止まると振り返ることもせず答える。
「…何ってそりゃあ帰るんだろ」
「あの子ほっといてええんか?」
「ほっとくも何も身内の話しに俺が割り込んで何ができるってんだよ…それにあいつは俺のこと嫌ってるし、そんな奴に関わられても迷惑なだけだろ」
その言葉を聞くと少女は手に持っていたものを全て放り出し俺に近寄り言い放つ。
「なぁ…それ本気でいっているんか?あの子が迷惑やって…助けて欲しくないって…自分で勝手に納得しとるだけやないんか」
さっきのミサキの言葉や目の前の身勝手な発言の少女に今まで堪えていた感情が爆発する。
「いったんだよッッッ!!あいつ本人がッ!!いつも関わってきて迷惑だって!!もう関わるなって!!放っとけって!!そんなこと云われたらもうどうしようもねぇだろうが!!なんでみんな俺に頼るんだよっ…俺に何ができんだよ…」
俺は濡れた髪を振り乱しながら叫ぶと濡れた地面にしゃがみ込んだ。
だが少女はそんな俺の惨めな嘆きに臆することなく冷静にこちらをみつめずぶ濡れのまま静かに口を開く。
「本当にそうか?あの子、私とすれ違う瞬間こんな天気でもはっきりわかるくらいに目を腫らして泣いとったんやで。本当は誰かにずっと助けて欲しくて、でも言い出せずにずっと我慢してきて…唯一直接聞いてきたんが誰でもない涼介やったから、本当はすぐにでも助けて欲しい気持ちを堪えてあんたを遠ざけて一人で抱え込んでいるんやないのか?大切な親友に危害が及ばんために…それに涼介は一体誰の孫だと思ってるんや?できんことなんかなんもないよ…」
それを聞くと涼介は目を大きく開き、八重の顔を覗き込む。
「…何でそんなことがあんたに分かんだよ…」
すると少女は俺に優しく微笑む。その笑みはどこか懐かしく、今の俺にとってはそれはとても頼もしい笑顔だった。
「…わかるよ…この一ヶ月一緒に過ごしてきてよーわかった。涼介も雪音ちゃんもばあちゃんからしたらなんも変わっとらん。あの頃のまま、雪音ちゃんは誰よりも優しくて、あんたはそんなあの子を放っておくことができんお人好しやからな」
「……………」
涼介は今にも泣きだしそうな感情を必死に抑え、あの時止められなかった自分に嫌気と憎悪を憶えると握った拳を震わせる。
そんな涼介に八重は近づき背伸びをして頭を撫でる。
「俺は…どうしたらいい…」
「何とかするんや。私とあんたで」
そうして俺と少女は大切な友達を救うことを雨の中誓ったのだった。




