第22話 託された想い
月曜日、それは先週女木が言っていた登校日だった。いつもは少女のコールで目を覚ます俺も今日は自然と身体が動き、一階に降りる。
「あら?今日は珍しく早起きやね」
少女は驚いたようにいうと俺は早々に朝食を済ませ自宅を後にする。
今日の空は濁ったように黒く、朝だというのにまるで夜のように暗かった。
「傘、持ってくんの忘れたな」
俺は登校中、降り出さないように願いながら同時に彼女の姿はないかと辺りを見回すがその姿はなかった。
そして結局会わずじまいで学校に到着しいつものように靴箱で履き替え教室に入り、まず女木の席を確認する。だがそこに彼女の姿はなかった。
俺は席につくと不機嫌そうな顔を浮かべ曇った空を見つめる。そうこうしている内に担任がやってきて、結局今日も来ないのかと教室にいる生徒誰もがそう思った時、後ろの教室のドアが開いた。
「すみません。遅れました」
彼女は担任に一言謝罪をすると何事もなかったかのように席につく。
そしてその間30は超える生徒の誰一人として一言も喋らなかった。なぜなら彼女の左目が眼帯で覆われ頬に貼られたガーゼからでもわかるくらいにその隙間から赤黒く変色した肌が見えたからだ。
「あ、ああそうか…久しぶりだな女木。もう体調は大丈夫なのか?」
「はい。問題ありません」
そんな訳がない。そう誰もが思っただろう。しかしそのことを誰も触れない、触れちゃいけない。そう本能的に理解できるくらいにはみんな大人だった…ただ一人を除いては
「問題ないじゃねぇだろ!!?」
そうゆうと一番前側の席の赤髪のツンツン頭が静寂とした教室から一人立ち上がり女木に近づいていき、肩をつかむ
「おい!?何だよそのケガ!!誰にやられたんだよ!?まさか…本当に…」
久が目を剥き出し驚きと怒りを混ぜ合わせたような表情を浮かべ女木に問いただしていたが彼女は眉1つ動かすこともないまま答えた。
「本当に何もないから…これは家で転んだだけ。変な妄想しないでくれる?」
すると唖然とした久は数秒後我に返り再び叫ぶ。
「お前!?一体何言ってんだーーーー」
「おい!久ッ!!」
その声が怒り狂った彼の言葉を止めた。それは何を隠そういつも教室の隅で物静かに日々を過ごしていた俺の声だった。正直自分でもこんなに大きな声が出た事に驚いていた。
久は女木の肩を掴んだまま、顔だけこっちに向けた後消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「わりぃ」
そこから、普通に授業が始まった。教師は女木を見ても何をいうでもなく、いつもは授業中でも賑やかなクラスだったがその日は1日降り出した雨の音が教室に響くほどに静かだった。
昼休み、久は無言で俺の席に寄ってくると俺達は恐る恐る地雷を踏まないように腫れ物を触るように接する女木のいつもの友人と彼女自身を見ていた。
驚くことに女木はいつもと変わらない様子で寄ってきた友達と会話をしている。もちろん相手側はぎこちなく何を話したらいいかといった感じではあったが…
結局昼休みは女木と一切話すことなくそのまま授業が始まった。授業中も俺は自然と彼女を目で追いガーゼからはみ出した痛々しい皮膚が時折垣間見え自分で後悔することになる。
そして放課後流石に見かねた教師が女木を呼び出すと2人はどこかに消えていった。
久はどうしても外せない用事があるらしく俺は了承すると女木が話し終わるまで教室で待つことにし、自分の席に座り降りやまない窓の外を眺めていた。
ガララッッ
するとほどなくして俺しか残されていないはずの教室の扉が開く。忘れ物か?流石に女木にしては早すぎる気がする、俺はその音の先へ視線を移した。
「やっほー。ねごろっち」
親しげ風に俺を呼んだのは以前少女と一緒に登校した際に俺に詰め寄り女木と一悶着あったミサキと呼ばれる女だった。
そいつは相変わらず派手な茶髪をしており現代に生きるギャルとでも云おうか、所々の着こなしが緩かった。現に今も開かれた胸元や、規定より短そうなスカートを着用しその無駄に健康的で肌面積が広い存在に俺はすぐ視線を逸らす。
「あーひどい、無視はよくないよ?ねごろっち友達少ないでしょ」
「ふん、白々しい。見ての通りだ」
「あはは…相変わらず陰キャ道まっしぐらだなー君は…こんな天気のせいもあっていつもの1.5倍くらい暗く見えるよ」
相変わらずの俺の対応に同じクラスというだけで普段ならほとんど話すこともなかったたため彼女は少々気まずそうにこちらを見ていたが、何故かそのまま近づき俺の机に座った。
突然、花のような甘い香りが漂い俺の視界にむちっとしたものが映り俺の瞳は肌色に染まる。
「うわっ」
思わずガタッと音を立て仰け反る俺に、目の前のギャルはその反応がめずらしかったのかツボに入る。
「あはははは!!ねごろっち、体勢なさ過ぎでしょ!絶対童貞じゃん!」
俺の席で手を叩きながら笑い続ける女に俺は抗議するように慌てて口を開く。
「は!?はぁ!?童貞…とかじゃねぇし!?」
俺はいつの間にか顔を真っ赤にしてテンプレのように発言していた。
「へぇーじゃあしたんだ…雪音と」
彼女は目を細くしニヤリと笑い俺をからかう。
「なんでそこであいつが出てくんだよ!あいつはそんなんじゃねぇ。只昔から知ってるってだけだ…」
「に、しては大分距離が近いと思うけどなー」
「近くねぇよ…それにあいつが俺なんかとつるんでたら…あいつにも迷惑だろ」
すると先ほどまでニヤついてたミサキが突然真顔になる。
「迷惑か…君さ、もしかしてそんな理由で雪音のこと避けてんの?」
その言葉に俺は少しうつむきそして自分の気持ちを語り出す。
「…あいつは本当は一人で何でもできるすげぇ奴なんだよ。俺が1つ教えればすぐにものにするし、勉強だってスポーツだっていつの間にか抜かれてた…ただ昔からトラブルに巻き込まれやすい体質つうか……だから俺はそんな時立ち止まったアイツの背中を静かに押せればいい…そうすりゃ後は自分で何とかできるんだよ。だから今回のことだってすぐにアイツ自身が解決するさ」
俺は今回女木が教室に戻ってきて伝えることはあらかた決まっていた。今更あいつの方針ややり方を変えることなんてしない、ただ助言や何か俺に手伝えることはないか、そういったものだった。それで十分だと思った。それほどまでに今のあいつはあの時ほど弱くない。
「そっか…ねごろっち…君とサシで話すの今回がほとんど初めてだし、まだお互いのこと知らないから言葉選ぶつもりだったんだけど、やっぱゆうわ。あんた相当なクズ野郎だね」
「え?」
突然ドスの聞いた女の声が静かな教室に響き、俺は思わず反応してしまった。するとミサキは勢いよく机から地面に着地すると、俺に歩み寄り胸ぐらを掴む。
その勢いで俺は後ろの用具入れに強く背中を打つが彼女はそのことを一ミリも気にしていないようだった。
「あんたさぁ…本当にそれだけ一緒にいてなんにもわかんないわけ…あの子が普段私達といる時どんな表情であんたのことばっか話してるのか知らないの?ホントこっちは耳にタコができるくらい聞かされて迷惑だってのに……でもね…あんなに楽しそうに話されてたんじゃどうすることもできないじゃない…涼介はすごいんだってッッ!!いつも私に色んな事を教えてくれるんだってッッ!!だから私は涼介に置いていかれないように必死に努力してあいつの隣に立てる友達になるんだって!!あの子は、あんたの背中を見てずっと今までやってきたんだよッッ!!?なのに何で本人がそんなんなんだよ…そしたら誰が雪音を救ってあげれるの?」
ポタ ポタ ポタ
「お前…何で…泣いて…」
いつも誰にでも優しくて明るいクラスのムードメーカーのような奴だったミサキが今、ほとんど話したことのない俺に怒りと憎しみ、そして悲しみの感情をぶつけ、整った顔が涙で台無しになっていた。
「私さ、今日雪音があんな姿で登校してきた時、本当に後悔したんだ…もちろんあれだけ学校で噂になってるからね。みんな知ってる、けど私はあの子の友達で親友なんだよ…あんなボロボロになるまでほっとくなんて…そんなの失格だよ…だから昼休みに雪音に聞いたんだ。ほっといてごめんって…力になるって…そしたら雪音なんていったと思う?ただ自分でコケただけだっていって無理やり笑ってたんだよ?自分のことで心配かけないように巻き込まないようにって…そんな雪音の優しさが私にはすごく辛かった…ああ、きっと私じゃ何をいっても雪音を救ってあげられない…そう自分の無力さを実感したんだよ…」
ミサキは余りの自分の不甲斐なさに顔を歪め少し笑いながら後悔の言葉を俺に吐く。自分だってわかっている。この異常さが…もしかしたらあいつともう二度と逢えなくなるんじゃないかって…けど…それでも俺には…俺なんかには…
「だからって…俺があいつを救うことなんて…」
するとミサキは俺の胸元から手を離すと次に俺の両手を優しく包み込むように握り懇願した。
「それでも…おねがい…雪音を…助けて…もう君にしか頼れないの…」
きっとこいつは本当に女木のことが大切なんだ。けれど自分じゃあいつは止められない。だからこんな俺にこんなあられもない姿を晒してまで頼ってきたのだ。
できるのか?本当に俺に?いやできるできないの問題じゃないな。
俺は拳を固く握ると決意する。どこまでできるかなんて分からないがここで引き下がる訳にはいかなかった。
「わかったよ…やるだけやってみるさ…だからそんな顔すんな」
「…うん、ありがとうね。…童貞のくせに意外とかっこいいじゃん♪」
ミサキは笑顔で笑った。




