第5話 騎士の恋人
両親非公認のユベールの恋人、エメライン・オールディスに会うまでには、ひと悶着があった。
父親のオールディス卿は娘をそれはもう、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていると近所中が口を揃えて証言する程で、本人も自認して憚らない。
ユベール失踪の報を受けてからエメライン本人は自室にこもりっきりで、侍女しか、それも朝の世話や、唯一食べる果物の籠を差し入れる――食事にほとんど手を付けないという――時しか立ち入らない。
家族ですら扉越し、あるいは入り口でしか会話をしないのだから、なおのこと他人と会わせたくないのは、当然だった。
「同席させていただきますよ」
取り調べなら何度も受けたでしょうに、と話す卿をエリックが根気強く説得した末、応接室にはその父親と、娘によく似た母親が同席することになった。
二人に挟まれるようにソファに座ったエメラインは、美しく華奢な、人目を惹く女性だった。
透けるような肌はエルフの血が入ったグレーテと同じくらい白くきめ細かく、頬は薔薇の花弁を乗せたよう。細く柔らかそうな金の髪を緩く肩でまとめた姿は緩いラインのドレスと相まって、神話の女神を思わせる。
儚げな美女という概念を体現したような女性だったが、琥珀を固めたような瞳は伏せられながらどこか譲りがたいものを抱えている、強い女性にグレーテには映った。
実際使用人によれば、大人しいだけの女性ではなく、幼馴染の気安さからかともすれば猪突猛進なユベールを諫め、根気強く付き合っていたようだった。
正面に座ったグレーテは、遠慮がちに一人分場所を空けて座ったエリックの補助を受けながら、改めてひとつづつ質問していく。
失踪に心当たりはないか、今まで連絡を受けていないか、当日は何をしていたか。
言葉少なに答えるエメラインは、恋人に裏切られた可哀そうな女性そのもののように思えた――少なくとも表面上は。
どこかぼろを出したくない、言質を取られたくないというようにも、グレーテには思える。たとえばそれは騎士団に尋問されている容疑者によく見られる態度でもあり、時に亜人が異種族に迫られる時の防衛反応でもあった。
「……騎士団の詰め所に手紙を渡したそうですが、どのようなご用事だったんでしょうか? 差し支えなければ内容についてお尋ねしても……」
「手紙の内容が、何か事件に関係あるのかね」
早速入ったオールディス卿の横やり。ちらりと娘に視線をやるその様子からは、初耳のようだ。
エリックが、騎士見習いが手紙を託されていたことを告げる。燃やされたことは伏せて。
「関係があると断言できませんが、ユベールさんの行方を知る大きな手掛かりになる可能性は十分あります」
「どうせあの男のことだ、急に思い立って修行にでも行ったんじゃないのか」
父親の言葉に確かか、と思ってエメラインを見れば、
「……たまにそういうことはありましたけれど、誰にも言わずになんて……」
瞳を落ち着きなく動かしながら、語尾があえかに消えていく。
「差し支えなければ、お手紙の内容を……?」
「……ここではとても」
両親の目の前では言いにくいことだろうか、とグレーテは思った。ならばどこか二人きりで話せるように――と提案しようとした矢先に、オールディス卿は声量を上げた。
「娘にはあの男と金輪際関わらないように、強く言い聞かせたんです。きっともう付きまとうなという手紙だったんでしょう」
「あなた、それはただの推測でしょう」
夫人が諫めるも収まる様子はなく、エメラインは肩を余計に縮こまらせて耐えている。
「あの男、今度の馬上槍試合とかいうものに、エメラインどころか私にも同席しろと言ってきたんですよ。人前で騎士たちを味方につけて、既成事実でも作るつもりだったんでしょう。
剣だの槍だの……力だけで娘を守れるなら、苦労はしません」
早く話を切り上げたかったグレーテの頷きを同意と取ったのか、オールディス卿は不満をぶちまける。
「娘はまだ若いから、分かってないんです。どれだけ望んで、妻がどれほど苦労して産んだか、育てて来たか……あんな筋肉馬鹿に娘はやれませんよ」
「それでお嬢様に婿をと考えていらっしゃるそうですが……」
「バレのやつは偉そうに、嫁になら来てもいいと言ってましたがね」
オールディスにとって、エメラインはたった一人の子供だ。男子を養子に迎えていないことから見ても、誰が相手であっても、彼女を外に出すつもりはなかっただろう。
「……分かりました、ありがとうございます」
今日は、これ以上は無理だ。
グレーテは彼の機嫌が悪くならないうちにと、話を切り上げて屋敷を出た。振り返れば白く優美な作りの家は、バレ家とまるで対照的だ。
見通しのいい柵の向こう、そして大通りへ出れば例の川と橋まで、徒歩でたった数分の距離だった。
「せっかくだから見に行きましょうか」
エリックに誘われて歩き始める道の両側も、上品な建物や上等な服の人々が行き交い、グレーテのいかにも魔法使いの格好は浮いている。エメラインのようなおしとやかそうな女性に似合う。
それなのに彼女はきっと、自分の居場所はここにはないと感じている。種族も立場もまるで違うのに、そう思った。
エリックも同じようなことを考えていたのだろう、小さなため息と共に口を開く。
「あれでは、娘さんと話しているのか父親と話しているのか分かりませんね」
「はい。ただ、収穫はありました。娘さんが両親……というより父親には屈していないらしいということが」
「嘘がわかるような魔法は……」
「ないですよ。お師匠様はもしかしたら隠し持っているかもしれませんけど……」
その可能性は、あまり考えたくない。母親の次に、長い時間を同じ場所で過ごしてきたのが師で、子供の頃から今までの隠し事がバレていたなら恥ずかし過ぎる。
「恋愛のことは分かりませんが、居心地が悪かったり、親に反発したい気持ちなら少し分かります。
……それで少し確認したいのですが、馬上槍試合は、花形のユベールさんまで緊張するような試合なのでしょうか? 既成事実というのが良く分からなかったのですが」
騎士たちからの情報も併せて考えると、彼にとって何らかの、重要な意味を持っていただろうことは分かる。
「ああ、それは……馬上槍試合の本番は、古式ゆかしい方法にあやかる騎士も多くてですね」
グレーテの質問に、答えるエリックはどこか歯切れが悪かった。
「古式ゆかしい、ですか。騎士の間に伝わる言い伝えのような?」
「古い言い伝えの流れを汲んだ慣習です。勝利を崇拝する女性――尊敬でも良いのですが――に捧げるという。試合に勝ったら、騎士団からの賞金とは別に、その女性から褒美貰うことになっているんです」
「それは、相手と約束してのものでしょうか?」
「その場合もありますし、そうでない場合もあります。奥様や恋人が応援しにいらっしゃれば自明なのですが」
「褒美とは、例えば」
「その場で渡すものなので、身に着けている――スカーフとかハンカチ、布物が多いでしょうか……あとは、サプライズだったり色々」
「色々? 大事なことかもしれないので、聞いてもいいでしょうか」
「将来を誓うための高価な宝飾品とか……あの……口付けとか、ですかね」
「あ……。……若いですね、フィールド様」
頬を少し赤らめ照れるエリックの初心さに。
回答から思い当たってから冷静にグレーテが返事をすれば、苦笑された。
「……とにかく、どちらかからの愛の告白にもなるイベントなんです。そうして、内心はともかく、祝福しない騎士はいませんね」
「ではそれが、オールディス卿のいう“既成事実”――少なくとも騎士たちの応援を得られるのですから、ユベールさんにとっては、逃したくない機会のはずですよね?」
「まあ、騎士たちの論理で言えば。ただオールディスは騎士の家系ではありませんから、どうでしょうね。先ほどの卿のように、巻き込まれるのは不快という気持ちも良く分かります」
グレーテは同意を示すために頷き、それから思考を巡らせた。
「……でもオールディス卿に見て欲しいと言っていたなら、ユベールさんが本気で優勝を取りに行くなら――新人に稽古を付けている場合ではなかったのではないでしょうか? 教えるのが勉強になるとは言っても、普段の騎士団の指導で事足りるはずです」
「……グレーテさん?」
「彼は試合が意味をなさないことを知っていたのかもしれません」




