第4話 騎士の恋
「脅されるって、どうしてでしょうか……?」
オーエンの言葉に驚いたのは部外者のグレーテだけではなかったらしい。全員がぎょっとしたように彼を見やり、そして真っ先に否定したのは、この中では最もユベールに親しいバークレーだった。
「ただの練習で脅迫する奴がいるか? だいたい、今度の試合は緊張して当然じゃないか」
バークレーの当然という言葉に問い返せば、彼は頭をかいた。
「これは秘密にしてた訳じゃないんですが、ユベール隊長には長年心に決めた女性がいましてね。それはもう、ことあるごとに彼女との思い出なんかを語っていたんですが」
それは少し迷惑そうだと思いつつグレーテは頷いた。
「彼女の父親にずっと交際を反対されているっていうんです。
だから自分が信用してもらえないなら、今度の槍試合に彼女の父親を招待して雄姿を見てもらうって、大分前から張り切ってたんですよ」
そこで、オーエンが話題を引き戻す。
「槍試合をさせてもらったのはこれが初めてですが、どこか様子がおかしいように見えました……いや、甲冑越しで顔は見えませんでしたが。それにいくら緊張してたって、俺に一本取られるなんてありえないですよ」
「……とはいえ、脅迫ってのは飛躍し過ぎてる」
「俺、見たんです。休憩中、途中で騎士団の伝令から手紙を受け取ってるところ
」
「――オーエン、それは初めて聞いたぞ」
アンディが驚いたように口を挟む。
「たまにある、急な討伐の招集だろうと思ってたんです。でも待っててもそんな動きはないし……よく考えたら、最初のうちは稽古で判定を取らせてくれなかったのに、伝令が来てからですよ」
「それは、いつ頃ですか」
訊ねるエリックの声は穏やかだが、鋭いものが混じる。
「ええっと……あれは確か、トイレ休憩の時間……バークレーさんとの手合わせのちょっと前です。じゃなかったら、騎士の大事な道具……鎧も剣も置いたままで消えるなんて」
焦るように言いつのるアンディの言葉に、あれ、とグレーテがエリックに目をやれば、
「……済みません、お伝えしてなかったのですが、失踪したのは本人だけで鎧一式……彼自身の武具は全て、そこに転がっていたんです」
「倒れてから駆け寄るまで、皆さん何分くらいかかりましたか?」
「一分……視界から消えたのはそれくらいだったかと思います」
アンディが答える。
オーエンは、当然ながら槍を撃ち合わせて庭の端まで駆け抜けたので、背後のユベールの動きはきちんと見れていない。
「図にすれば、こんな感じですね」
エリックは紙を取り出して、位置関係の図を手際よく描いた。建物と庭の俯瞰図に、消失点と目撃者三人の位置を記す。
そして、その横にユベールの似顔絵をさらさらと描いた。
雄々しい軍馬の下半身に、腰から上が逞しく若い男性だ。騎士服を纏い、円錐状の槍を構えている。
「一年ほどの前の肖像画が、屋敷の中に飾ってありました。髪は茶色がかった黒、瞳も同色」
「相変わらず、お上手ですね」
「……いえ、大したことでは……」
エリックは謙遜するが、目撃者の特徴から似顔絵を描く仕事をしばしば任されていることを知っていた。グレーテも、採取した植物を図鑑にしてもらったら助かるのにと思ったことがある。
「その伝令については、何か分かってるんですか?」
「第三騎士団からバレ家に来たことは分かっていますが、その伝令を務めたのが誰かは調べてませんね。関連性があると思わなかったもので――」
「――女とお遊びか。余裕がありそうだな、エリック・フィールド」
肩を寄せて話し合っていると、横合いから聞き覚えのある、厭味ったらしい声がかかった。
事件現場で何度か見かけたことがある、聖遺物騎士団の赤毛の騎士だ。
春先で寒くもないのにマントを無駄に靡かせており、背後に、同じチームらしき騎士が二人、半歩下がって立っている。
上背もエリックと同じくらいあって、厭味ったらしい口調に歓迎されていないことが分かる。……のだが、中世的で少し幼い顔立ちに妙に似合っているので、グレーテは怖いと思ったことがない。
「ソーンさん……せっかく来てくださった魔女様に失礼ですよ」
「そういういい子ちゃんぶりが気に喰わないんだよ。まあ、今更この現場を調べたって出てこないのは分かってるんだ」
「どういうことです?」
「屋敷内から、新しい証拠が見つかったんだよ」
ソーンはふん、と鼻を鳴らすと、一枚の封筒を取り出した。
「例の伝令からの手紙だ……おっと、中は見せられな――」
「そんな規則はありませんよね」
ソーンが封筒を見せびらかそうとひらひら振れば、すっとエリックの手が伸びて、取っていった。
「おい、気を付けろよ! 中身は……!」
「ああ……炭……ですね」
中を覗き込んだエリックに促され、グレーテもそっと渡されて確認すれば、もう燃え尽きた後の、薄く頼りない黒い炭しか入っていなかった。
よくよく見れば、手にある封筒はおよそ伝令に使うものではない、騎士団で使っている資料収集用だ。
ソーンはこちらをはっ、と馬鹿にしたように笑うと、エリックの手からひったくり返した。
「貴族の息子だからな。やっとユベールの私室を詳しく調べる許可が出たんで、暖炉をひっかきまわして取ってきたんだ」
「崩れてないところを見ると、それなりの厚さの……良い紙だったんでしょうね。重要な伝令なら騎士団自体が把握されてるでしょうから、送り主は第三騎士団ではなく……」
グレーテが思い付いたことを並べ立てると、そんなことは分かっている、とソーンは得意げに鼻を鳴らして、封筒を懐にしまった。
「伝令の正体ももう突き止めた。第三騎士団に入りたての見習騎士で、エメライン・オールディスから手紙を渡すように頼まれていたそうだ。……どうせ中身は別れ話か何かだろうな。
ショックを受けて一時失踪でもしたのか――ま、そのうち分かる」
言いたいことだけ言ってしまうと、ソーンは手柄は今度は俺が貰う、と言い置いて去って行った。続く二人の騎士が、少し申し訳なさそうに頭を下げるのが他人ながら少しいたたまれない。
「あの方……フィールド様のライバルだったのですか?」
「第三騎士団で隊長をされてる方のご子息なんですよ。今回こそ、功を上げたいって思ってるんでしょう」
貴族絡みの事件だからだろうか、と思うと、分かっているというように頷かれた。
「第三騎士団を志望していたようですが、叶わなかったようで……実は、隊長は息子を鍛えたいと聖遺物騎士団に入れたという評判です」
「フィールド様にしては辛口ですね。お師匠様なら鍛えるでなく、性根を叩き直したいとでもいうところでしょう」
「……まあ。決して悪人ではないんですが」
エリックの苦笑が想像を肯定する。
ならば、今すぐにでもエメラインに会いに行く可能性がある。彼が彼女を問い詰める前に、人を拒否する前に、自分たちも会いに行くしかない。
エリックが言うように、グレーテが女性で、騎士でないぶん新しい情報が得られるかもしれない。
「なるべく早く、エメラインさんに会いに行きましょう。それにしても、もし内容が別れ話だとして、花形の騎士が試合にならなくなるほど動揺するとは思え――」
言いかけると、被せるようにバークレーが否定した。
「言いにくいんですが、あの人ならあり得るかもしれません。直接一緒にいるところを見たことはないんですが、とにかくべた惚れで、騎士の仕事以外じゃ何を置いても彼女を優先させるって噂でしたから」
「……そう、なんですか?」
つい疑問形になってしまうのは、激しい恋どころか、穏やかな恋ですらしたことがないからだ。しかも異種族間でだ。結ばれるカップルがいることは嫌というほど知っているが、それは知識であって感情ではない。
それどころか、自分の生活で手いっぱいで、未だに家を追われるかもしれないとまで、思っているのに。
「……グレーテさん?」
思考が逸れる――声を掛けられてはっと気付くと、いつの間にかエリックが、訝し気にグレーテを見ていた。
「済みません、余計なことを言ってしまって」
「いえ……騎士は情熱家が多いですからね。ユベールさんは特に真っすぐな方だと聞きますし、違法でもないことで引き下がったりはしないでしょう」
誤魔化せば、エリックは受けてくれたのでグレーテは平静を取り戻す。
先程聞いた騎士としての悪評はない、という言葉が思い出された。恋愛方面では自我を貫く方だったということだろう。
「そんな人が何故、エメラインさんを置いて突如消失したのか……ですね」
家族も同僚も、揃って動機に心当たりはないという。
グレーテは現場を再び確かめると、昼下がりの道をオールディス家へと向かった。




