第3話 騎士たちの証言
聖暦499年
5月10日
数日続いた豪雨により、川が増水。老朽化していた石橋の橋脚が一部崩れ、通行禁止になった。
両岸の土地及び橋の所有権を持つバレ家とオールディス家の不和により交渉が進まず。両家は20年ほど前より折り合いが悪くなったとのこと。
役所が仲介するも、修理の話し合いが現在に至るまでまとまらず。
6月3日
ユベール・バレ、7月下旬の騎士団合同訓練の馬上槍試合に備えて訓練を始める。
6月12日 金の曜日
失踪当日。
午後5時、ユベールは第三騎士団の騎士バークレー、新人騎士のアンディ、オーエンと共に騎馬でバレ家に集合する。
訓練場にて、ユベールは彼らに基礎訓練を施した後、模擬馬上槍試合を相手を変えながら行う。
ユベール、バークレーとの試合で左腕を撃たれる。使用人の証言によれば、安静にすれば問題ない程度。
その後復帰し、オーエンとの模擬試合中に草むらに転倒。使用人も含めて捜索するも、その後彼の姿を見た者はない。
6月13日
ユベールの失踪の件で、バレ家は幼馴染のエメライン・オールディスに所在を尋ねる。回答は、エメライン及び、オールディス家の者全員が知らないとのこと。
後日行う予定であった橋の補修に関する会合が延期とされる。
雨が頭上の傘を叩く。雨脚は弱まりつつあるが、舗装されていない地面は泥水を跳ね返していた。グレーテの頭上で傘を持つエリックはいきおい、彼女に歩調を合わせることになる。
背の高さも歩幅も傘も狭苦しいことに――エリックが左肩を濡らしていることにグレーテは申し訳なくなって、早足になる。
初めに向かった場所は、聖遺物騎士団の西地区本部。何度か訪れたが、役所と砦を組み合わせたような変わった外観をしている。市民の苦情の受付といった日常に近い業務から、犯罪者の拘留・尋問を行っているためだが、砦部分はかつて実際に戦に使われていたという。
失踪事件の捜査協力者としての書類手続きをしてから、半個室になった資料室の隅で報告書にざっと目を通す。
「こちらには書かれていませんでしたが……エメラインさんはどんな様子だったのでしょう?」
「聞き取りは女性騎士が行いましたが、終始うつむいていたようです。必要がない時は……聞き取り直後もですが、塞ぎこむように自室にこもったきりのようです」
小さな机に数枚、新しい資料を追加しながら、エリックの声は気の毒そうだった。
「駆け落ちではなかったわけですね」
「ええ。幸か不幸か……ただ二人の仲が、この件でいっそう困難になったのは間違いありません。何も言わずに出ていったのかと、オールディス卿は大変お怒りでした」
「両家の不仲の原因は、やはり……」
「ユベール・バレとエメライン・オールディスは近所の同年代の子供ということで、幼馴染の間柄でした。確証がないので書けませんでしたが、成長するにつれ恋仲になる二人を、両家は好ましく思わなかったようです」
幼い頃は近所の友人として交流を制限していなかった、とエリックは付け加えた。
「正確には強硬に反対していたのはオールディス卿だけでしたが。使用人の証言では、当初バレ第三騎士団副団長――バレ卿は、嫁になら迎えてやってもいいとのことでした。
しかしオールディス卿はそれを高圧的だと、荒っぽいケンタウロスの騎士の家になど可愛い娘をやれない、婿を取ると言って突っぱねたそうで」
使用人としては口が軽い気もするが、推測可能で、周知の事実だったのだろう。
「獣人差別的な思想があったんですか?」
「特別差別主義者だったという話は聞きませんでしたが、溺愛しているという一人娘の結婚相手ですから。ともかくそれが拗れた切っ掛けだったようです」
橋に関しては、国の持ち物でなく両家の好意で作られたものなので、騎士団でできるのは進言ととりなしくらいで、どうしようもないらしい。
「親同士の関係はさておき、二人は反対や監視にもかかわらず、長年こっそりと逢瀬を重ねていたようです。使用人や騎士たちが証言しています」
「一通りの聞き込みと調査が済んで、手掛かりがないのでお師匠様を尋ねられたんですよね」
「タウラさんを指定した訳ではないのですが……それで、ユベールさんは未だ捜索中です」
そうして土と日の曜日という休日を挟んで週が明けた今日、エリックが来たというわけだ。
「屋敷の中も、聖遺物騎士団が捜索されたのですか?」
「ええ、ただし屋敷の方立ち合いのもとで。……第三騎士団内部の事件ではないと証明もしたかったようです。これには複数の意味があると思いますが、オールディス卿に対しては……」
「……騎士同士でかばい合っている可能性がある、と見られるかもしれませんね……」
「ですから、騎士団の部外者の、魔法使いの女性がいらした方が話しやすいと思いまして」
エリックもまた根っからの騎士家系に生まれたせいか、グレーテとは人間にしては長い付き合いだからか、率直に話す。
「……あいにくの雨ですが、行きましょうか」
「そうですね。手がかりは消えてしまったかもしれませんが、ちょうど止んだようなので現場も見たいです」
グレーテが立てば、エリックに目を少し丸くされる。彼女の耳は、窓越しに小さくなって、いつしか消えた雨音を捉えている。
***
聖遺物騎士団。
その大層で、かつ一見治安維持の任務の実態とかけ離れている名は、広大な大陸の西側にあるこの聖サルース王国の成り立ちに由来する。
大陸最大の信者を抱える聖教の司祭であり、小国の騎士でもあった初代国王は、神の恩寵厚く、当時頻発していた魔物の侵攻を退けるどころか切り崩して人の国を建て、防衛線にもした。
そして同時に、自身の名声が高まり神聖視されていくことを、幾つかの意味で恐れていたらしい。
身に着けていた武具はおろか、死しては肌着の布や骨といった“聖遺物”(になってしまったもの)を王国各地に分散した(させた)のだ。そこに既に国王と親しかった――関係を切れなくなっていた――教会をこれも別けて置き、教会と街のその守護と治安維持をまず、王国軍の派遣の理由にした。
だから「聖遺物騎士団」なのだ。
騎士団の名はあるが実態は犯罪の取り締まりと消防・救急活動なので、魔法使いたちも多数所属している。
魔法による犯罪の確認や魔法で生み出した水による消火活動、治療は、研究では暮らせないけれど魔物討伐にはちょっと……という都市派の、“塔”で学んだ一般的な魔法使いたちの就職先としても一定の人気があった。
一方で魔女は逆にその流れを汲まない、もっと薬草や土着的な魔法を好む魔法使いの俗称である。
「フィールドさーん、お疲れ様でっす!」
バレ家の屋敷は、まるで城壁のような壁で囲まれていた。ちらちら見える庭木の向こう、本館らしき家もまたちょっとした城塞のような趣がある。
上方が尖った鉄の門前――隙間はあるが、幼児だって通るには難しい――には、記者らしき姿が何人か見える。しっしと追い払って見張っていた黒服に明るい茶髪の若い団員が、エリックを見付けると大きく手を振った。
何度か師について現場を回っているが、初めて見る顔だ。
「へええ、この魔女さんが噂のタウラさんですか?」
「弟子のネーベルさんです」
若くて軽薄そうな印象の騎士にエリックが訂正すると、上から下まで眺め回される。身長ほどある長い木の杖、黒フードの短いマントにローブと、典型的な魔法使いの格好だ。
「グレートヒェンでいいですよ、フィールド様。滅多に里帰りしないので。……初めまして」
この辺りのエルフは、苗字として出身の氏族を名乗る。放蕩者で、たまたま故郷の村に帰ってきたときに森で薬草採取をしていた人間の母と、いわく“運命的な出会い”をしたグレーテの父親は、結局、この人間の都市に二人を連れ出したのだ。
父親はグレーテにタウラを魔法の師として紹介すると、程なくしてまた旅に出た。今でも、なかなか顔を会わせない。
「……さあ、二人とも入っちゃってください」
うろつく記者がメモを手に近づいてくるのににらみを利かせながら、騎士は細く門を開けた。
王都の外れに近いとはいえ、個人の邸宅とは思えない広さがあった。外から見た時も思ったが、小さな城塞のような姿の館の周囲には木々が植えられ、馬が――いやケンタウロスが駆け回り練習しやすいように、草地や砂地などが作られている。
「現場はあちらです。今目撃者を呼んできますので、待っていてください」
グレーテは頷くと、ところどころで周囲を警備したり計測している騎士や従騎士たちの視線を浴びながら館の裏手に回った。
建物は本邸、厩舎、それから物置らしい小屋だけ。外観ともどもすっきりしているのは騎士の家系だからだろうか。
外周に沿う木々は密に植えられているものの、それ以外の見通しは良さそうだ。ただ残念なことに先の雨で足元はぬかるんでおり、手掛かりになりそうな足跡は、今は消えてしまっていた。
事件現場は正門から屋敷入口へ真っすぐ続く道を逸れて、建物の裏手にあった。長く直線上に波立つような土の跡が目立つ。おそらくここを頻繁に駆けていたのだろう――当然、馬の脚で。
そちらに近付けば、ごく軽装の布鎧を付けた女騎士が、黒髪を靡かせて振り返った。現場でよく顔を会わせる、騎士団所属の魔法使いだ。
「こんにちは。ちょうど良かった、お話を聞きたかったんです」
「こんにちは、ネーベル。今日はお師匠様の代理?」
「そろそろ一人でやってみろとのことで。……魔法の痕跡はなかったと報告書にありましたが……」
「ええそうね。事件後すぐに私も派遣されたけど、魔力の痕跡もそれっぽい道具の使用跡もなかったわ」
魔法には、魔力が必要だ。目に見えない一種のエネルギーだが、魔法の中にはその痕跡を明らかにするものもある――自然物で言えば、ものを溶かす性質に反応するリト苔のようなものだ。
あくまでその場に“今ここで”効力を示していたものはなかった、という証明だけではあるが、大魔法でも使われればその残滓も確認することができる。
「それにこのお屋敷に魔法使いは住んでいないの。もっとも、簡単な魔法くらいなら独学でも使えるでしょうけど」
確かに、エリックもほんの少し、指先に光を灯すくらいの魔法なら使えたはずだった。
ありがとうございます、と礼を言って、グレーテはユベールが消えたまさにその場所に近づいた。
木立のすぐ手前に密集した低木の一部が、抉れたようにへこんでいるのですぐに分かった。幾本もの大小の枝もまた折れて、足元に散乱したままだ。
外壁までは数メートルといったところか、そして外壁は馬が跳躍したって登れそうにない。壁上部にフック付きの紐でも引っ掛ければ、身軽な盗賊だったら登れるかもしれないが、金属鎧を着用していたらまず無理そうだ。
外壁のどこかに、もしや出入り口がないかときょろきょろと見回していると、エリックが屋敷の裏口から三人の男性を連れて姿を現した。
「外壁に裏口はありますか。亀裂でもいいのですが」
「残念ながら、裏口はありません。壁向こうにも人通りがありますし、誰にも見付からずに壁を越えるのはなかなか難しいでしょうね。
……グレーテさん、こちらはユベールさんの相手をしていた新人のアンディさんとオーエンさん、それにバークレーさんです」
紹介された騎士は、人間二人とドワーフが一人。
グレーテは人間と比べてやや背が低いが、ドワーフのアンディは更に頭一つ小さかった。とはいえがっしりした体躯は両手斧でも振り回せそうだ。
オーエンは正反対に、エリックよりも頭一つ背が高い人間で、こちらも長槍でも槍斧でも操れそうだった。
そして二人より年長のバークレーは、ちょうど中間くらいの体躯の持ち主だったが、身に着けた騎士鎧と腰に刷いた剣には、彼らよりも確かに使い込まれた跡がある。
軽く挨拶をした後、三人は目撃したことを再度語ってくれた。
「流れとしては、まず俺との模擬試合後、ユベールがちょっと怪我をしました。それで念のため一緒に、あの裏口から屋敷に入って手当を」
バークレーは今しがた出てきた裏口を指さした。片開きの変哲のない扉だが、サイズが良く見るものと比較して二回り以上大きいのは、ケンタウロスの姿のまま出入りしているからだろう。
「失礼ですが……ユベールさんとの実力差は拮抗されていたのか、それとも何か考え事などされてる様子はありましたか?」
「いいえ。むしろ集中していたように見えたので、不調だったのかと驚いています。
ここの中で……いや、第三騎士団の若手でユベールに一本取れる奴は、片手の指で数えられる程度ですよ。
俺の一撃も取れたとはいえ浅かったですからね。だから怪我も手応え的にそこまで酷くはないとは思ったんです。彼も普段なら放っておくと思ったのですが、本番が近いので念のため看ておこうということになって」
口ぶりからすると、どうもユベールはいつもよりずっと慎重だったようだ。
「手当の時はお二人だけでしたか?」
「彼が呼んだエレンという猫獣人の使用人が、救急箱を持ってきて手伝ってくれました。左手のひじの下あたり、痣になっているところに薬を塗って包帯を。
ユベールが先に戻ると言ったので、俺が次の試合を見たのは、ちょうど扉を開けようとしたところでしたね」
「……部屋の中? 窓からですか? ここに留まった理由があったのでしょうか?」
「エレンに呼び止められたからですよ。ユベールが無茶してないか見ててくれとか、そんな雑談を」
バークレーは首を傾げた。黒い瞳が、自分でもどこか納得がいっていないようだった。
「普段はそんな話はされないのでしょうか?」
「ええ、まあ何度かここに練習で来てますが、ここの使用人とは用件以上のやり取りをしたことがありませんね。
だから、ユベールがそこの草むらに倒れた瞬間しか見てないんですよ。ぶつかったと思った瞬間にどさっと横になるように倒れて……今から思えば、倒れ方が不自然だなとは思ったんですが。
ただ、俺に一撃貰うくらいだから、本当は調子が悪かったんだ、って思ったのを覚えてます。試合も近いし」
現場から裏口まで、ざっと見積もって100メートルはある。到底動きの細部までは分からないだろう。
アンディがいたのはもう少し近くだったが、その時彼は、裏口から見て左手の物置の側にいたという。
「予備の槍を取りに行ってくれとユベールさんに言われました。試合? 見てましたが、葉が生い茂ってて……倒れた時も、ちょうど下半身しか見えませんでしたね」
グレーテは、後から証言した二人のいた場所に後で立とうと心に留めておいた。
最後に口を開いたのは、青い顔をしたオーエンだった。二人の証言があれど、何かしたのではないかと一番長い取り調べを受けたらしい。
自身の手合わせの結果倒れて、しかも失踪したのだから、責任を感じているのだろう――とグレーテが思っていると、彼の口から意外な言葉が発せられた。
「……あっ、あの……ユベールさんは無事でしょうか? 誰かに脅されでもしたんじゃないでしょうか?」




