第2話 ケンタウロスの騎士の消失
マグカップに注がれた、カモミール香るハーブティーで体を温めながら、エリックは事件のあらましを話し始めた。
「消失したのは、王国軍第三騎士団所属の部隊長の一人、ユベール・バレ。22歳、男性」
近衛の第一、軍の主力で防衛力たる第二に続く第三騎士団は、魔物討伐を主任務とする。王都や各都市周辺の防衛、遠征しての討伐、村々の要請に応えての各調査、そして常日頃から街道を巡回警備もしている。
「僕の所属する聖遺物騎士団の仕事には王都の門番もあり、第三とは比較的顔を会わせることが多い間柄ですが、直接会話したことはありません。
ただ、僕だけでなく騎士の多くが彼の姿を覚えているでしょうね」
「花形騎士だと言ってましたが、武勲が?」
「ええ、バレ家は騎士団では知らぬもののない武門の名家なんですが……武勲だけでなく、ケンタウロスの一族なんですよ」
この国の種族の大半を占めるのは、圧倒的に人間だ。続いて亜人とも呼ばれる人の姿に近い生き物――エルフやドワーフ、獣人などで、それぞれに文化を持ち小国を築き、国交もある。
しかしケンタウロスは違う。上半身は人間でありながら腰から下は馬だった。他の獣人と同じく人と同じ姿を取ることはできるそうだが、姿を変えることは誇りに背く、恥辱であるとほとんどしない。
そのためもあって、古くは人が蛮族と呼んでいた、怪物に近い人々として長く認識されていた。
「となると、訓練中もずっと下半身が馬の姿で?」
「ええ、大変目立ちますね。日常生活でも変わらずそのままだったといいます。人に最適化された建物内は、室内を歩くだけで不便でしょうが……」
彼らは草原地帯で部族単位で暮らすという遊牧民的な生活をしていたため、各部族が細々と――それも亜人を中心に――交易をしていた程度の付き合いだった。
大陸で起こった幾たびかの魔物の侵攻を経て、彼らのうち“変わり者”が人に混ざるようになってから精々三百年ほど。今でも国内では圧倒的少数派で、彼らに対応した施設は少ない。ただ、およそ勇猛な戦士として有名だ。
「話を戻せば、バレ家の先祖は、簡単に言えば武功で我が国の貴族になったのですが、以降、代々高名な騎士を輩出しています。騎士ユベールもバレ家の長男で、魔物討伐で華々しい活躍をしており、将来を期待されていました」
「……逃げたくなるようなプレッシャーがあった、ということはないでしょうか?」
「だとしても、騎士としての悪評を聞いたことがありません。皆、常に勇猛果敢で公明正大な人物だと証言しています」
グレーテは騎士として、というところに引っかかったものの、頷いておく。同時に既に聞き込みが終わってから、彼がここに来たことも理解した。
「具体的には、どのような状況で消失したのでしょう?」
長い話になりそうだ。向かいの椅子に座ると、見計らったようにイェハルドが彼女の前にマグカップを置いて、キッチンに引っ込んだ。
エリックに渡したポットひとつ、マグカップ二杯ぶん付き合う程度にはかかると見たらしい。
「ひと月後、第二、第三騎士団対抗の馬上槍試合が予定されています。両騎士団の精鋭数十名ずつを選んで行うもので、ユベールも選ばれていました。
その日――三日前ですが、彼は夕方から他の騎士三人と誘い合わせて、バレ家の敷地で自主訓練をしていたようです」
その日は本番に近い形でということで、それぞれ馬も人も鎧をまとい、槍も先を潰してはいたものの、金属を使っていたという。
「二人が撃ち合うのを残る二人が見学し、講評と反省をし合うということをしていたようですね。
何度目かの試合で、相手の騎士バークレーがユベールの左腕を撃った後、一度手当てに家に入ったものの、彼はすぐに戻って来ました。
ですがその次の試合で再び突かれ、草むらに倒れています。そして、起き上がって来なかった」
「……すぐに駆け寄ったんですか?」
「はい。その後当然彼らは庭を探し回り、家に入った可能性も考え、使用人ともども捜索もしています。けれど見つかりませんでした」
「出入りをしたのは……」
「敷地の唯一の出入りとなる門を潜ったのは、練習が始まる頃、騎士団から伝令に来たという騎士一人だけです」
成程、それは消失と言っても良い、とグレーテは考えた。と同時に、どうやったって自分には手に余る仕事のようにも思えた。
「分かりました、じゃあお師匠様に相談を……」
そう言いかけた時、キッチンの奥から大きな欠伸がしたか思うと、寝ぼけ眼を擦った女性が、黒いローブ姿で現れた。
「お受けしよう。騎士団には怪我人の供給と事件の世話になってるからね。……ただし受けるのは私じゃなくてそこの子だ」
ウールのフードと銀色の髪を背後に流した彼女は、年の頃なら人間で4、50代だろうか。
見た目よりずっと老成した声の持ち主は、グレーテの二倍は長い耳と細面の美女で、しかし正確な年齢は弟子の彼女も知らない。純血のエルフは1000年は生きるというが、昔話と口ぶりからはそれ以上生きているのは確かだ。
視線がひたりと、グレーテに定まる。
「また私に丸投げしようとしたね、グレーテ。そろそろ助手気取りはやめて自分で働きな。魔法使いの“捜査協力依頼義務”を忘れたのかい」
魔法は、適性のある人間が学ぶことでしかうまく使えるようにしかならない。故に、魔法使いは互助組織で教育組織でもあるギルドの“塔”に管理され、“塔”は自分たちの身分保障と建物維持の補助金のために、王国からの協力依頼を断れない。
ということになっている……のだが、実際は協力依頼は個人ならのらりくらりと躱すこともできるので、半分以上は師の趣味と実益の両立だとグレーテは思っている。
「そうですけど、フィールド様はお師匠様をご指名で……」
エリックはそこで軽く首を横に振ったのだが、師に向き直っていたグレーテは気付かなかった。
「話を聞くに、そう難しくない謎みたいだからね。どうにもならなくなった時だけ頼りなさい。いいかい、これも修行だよ」
「どうにもならなくなった時って……私が今まで一人で解決したのは、猫の悩みと、喧嘩の仲裁や古物の鑑定に、大ネズミの掃討くらいで……」
「……さあ、死人が出そうなときかね。世の中持ちつ持たれつ、相手の……いつもと違う人間の様子を見ておくのは必要だよ。
それに、この前みたいにまた町から追い出されでもしたら敵いやしないだろ」
口調は軽いが、有無を言わせない迫力があった。グレーテは、師のいうこの前、というのがもう30年前であることは置いておき、納得して頷いた。
タウラはふわあ、と再び欠伸しながらずるずるとローブを引きずってカウンターに肘を突くと、
「それで聖遺物騎士団担当ってのは、川向こうの家とでも揉めたんだね?」
「さすが魔女タウラ様、ご慧眼です」
「そんなことはみんな知ってるよ。何せあの石橋が直りそうもないって、毎日言うから」
タウラはベンを見やってから、イェルハルドが運んできたラベンダー入りのクッキーを口に運んだ。
「あれは元々は、仲の良かった家同士で一緒に作った石橋なんだ。人間は気が変わりやすいからねえ……揉め始めたのは仕方ないにしても、拗れたのはユべールが後継ぎで、向こうのお嬢さんが一人娘だからだろう?」
「……ご存知でしたか。はい、エメライン・オールディス嬢とは恋人関係にあったようですが、二人の仲を認められないと、会うことも禁じていたようです。
消失に本当に関係があるかはともかく、両家はこの事件も相手側のせいだと揉め始めていまして……唆しただろうとか」
落ち着くまで橋の修復は無理そうだと分かって、大人しく聞いていたベンは肩を大きく竦めた。
「……分かりました。お師匠様の命令と、常連さんの要望と腰痛のためなら仕方ありません。イェルハルドさんはお師匠様と店番を宜しくお願いしますね」
「……今から行くのかい?」
マグカップのお茶を一杯飲み終わった時、ちょうどエリックのカップも空になったところだった。
グレーテはイェルハルドに頷くと、乾いたベンの上着を渡し、それから奥から傘と杖と大きな肩掛け鞄を引っ提げて、店の扉を開いた。
エリックは立ち上がりながら、二人に軽く頭を下げる。
「ご馳走さまでした、今度は何か食べに来ます」
「おう、グレーテを宜しくな」
グレーテが傘を広げれば、顔の横から二回りは大きな手が伸びてきて、それを支えた。




