10時(3)
ズルリ、と両前足を球体から出したドラゴンゾンビがフシューッと鼻息を出した。紫色の。明らかにあれはマズい。何しろ鼻息というかガスの降りていった穴の中でモンスターがバタバタと倒れていっているのだから。そしてわずかに私の肌にもチリチリと焼けるような感覚がある。
全身の改造をしたものの、こんなときに毒ガスであることがわかるように皮膚感覚は人間のままにしてある。危険を察知するための優秀なセンサーを切り捨てるのは三流のやることだからね。まあ、耐性は普通の皮膚とは比較にならないほどに強いのでこの程度でどうこうなることはないけど、毒性が相当強いのがわかる。え?吸い込んだら危ないだろうって?大丈夫、毒霧の中で一生暮らすような魔物の肺を組み込んであるからね。このくらいなら深呼吸したって平気。それにヤバくなったら息を止めていれば問題ない。心肺能力も人間のそれをはるかに超えていて、今の状態だと全力で戦闘をしても二、三時間程度は無呼吸で可能。とはいえ、これが周囲にもたらす影響は計り知れないのでさっさと片付けよう。
「空間掌握……魔力構成……展開……やっ!」
球体のせいか、ドラゴンゾンビの位置が把握しづらく少々手間取ったが、ドラゴンゾンビの頭部全体を結界で囲み……そのまま圧縮しながら破壊し、頭部にある魔石を引っこ抜いて空間収納へ放り込む。ドラゴンゾンビ程度、私の手にかかれば造作もない。あとはあの体が勝手に球体にズルリと戻っていくは……ず……え?
重量バランスがどこかおかしいのか、ズルリとこちら側に滑り落ちてきて、腐肉をまき散らしながら落下した。途端に周囲を覆い尽くす腐臭。見ると、穴の外にあふれ出していたモンスターたちすらバタバタと倒れ、そのすぐそばでこの事態の収拾のために集められたらしいハンターたちも悶絶している。モニカは……かろうじて立っているけど苦しそうだ。
「実里様、さすがにこれはモニカ様でもキツそうです」
「わかってるわ……えーと、穴の形を精密に測定……よし、穴を塞ぐ形で障壁展開!」
私の展開した障壁がボスッと穴にはまり、そのままズルズルと下の方へ。二十メートルほど下げたところで停止させ、これ以上腐臭があふれないようにもう三枚ほど障壁を追加しておく。何をされたか気付いたらしい、かろうじて動けるモンスターたちが障壁をバシバシ殴っているけど知ったことか。あ、バタバタ倒れ始めた。
「あとは……しょうがない。えーと、こうしてこうして……よし。吸引!転送!」
周囲の空気を、局地的なダウンバーストが起きたかと見紛う風速で吸い込み、障壁の向こう側へ送り込めば臭いの問題は解決、と。
「あとはあの黒い球体の中を空間探知……え?」
「どうされました?」
「あの球体、中が見えないわ」
「実里様の探知魔法でも探れないのですか?」
「うん」
「ということは」
そうだね。ダンジョンだね。
どこでもそうだが、ダンジョンの入り口前に立ち、ダンジョンの中に向けて空間探知をかけてもダンジョンの中の様子は見えない。それがたとえわずか数キロで最深部にたどり着けるような小規模ダンジョンであっても。要するにダンジョンの中と外は完全に切り離された空間だってこと。そしてそれが連続した空間を調べる空間探知の限界……いや弱点か。
さて、これがダンジョンだと確定したところでどうしようか。
こんなところにダンジョンがあるという状況を放置していたら、きっとろくでもないことしか起こらないと思うので、中にあるコアを破壊してダンジョンを潰すのが最善かな。でも、地上三十メートルほどの高さにぽっかりダンジョンの入り口があると例は多分異世界にも無かったと思う。これは下の――阿鼻叫喚の地獄絵図になっている――多数のダンジョンが干渉し合ってできたせい、というのがウィルの見解。
ついでに、空間探知の結果、あの穴は全ての方向から中に入れる、普通ならあり得ない穴。では中に入ったらどうなる?出口ってどこにあるの?といった具合でまともに出られる自信がないので、できれば中に入らずにダンジョンコアを潰したい。
『モニカ!』
『どうした?!』
『あのでっかい黒いのは多分ダンジョン。ちょっと面倒な感じだから潰すわ』
『任せる!』
『ちょっと時間がかかるから、そっちでピンチになっても援護できないのでよろしく!』
『大丈夫だ!』
実際大丈夫だろう。両手に剣を持って縦横無尽に駆け回りながら届く範囲のモンスター――ゴブリンやオークが大半だ――をバッサバッサと斬り捨てている様子は、余裕があるどころか無双ゲームだね。




