22時
「ほう、ここが勇者たちのいた世界か」
扉をくぐり抜けたミルコは見たことのない建築様式に少し感心していた。建物自体は城と違い、実用のみを追求したような無機質な造りではあるが、それでも恐ろしいほど正確な直線で構成されており、自分たちの知る技術よりもはるかに進んでいることがうかがえるからだ。しばし、この技術について思いをはせた後、続けて出てきた者達とあれこれ意見を交わしはじめた。
「殿下、拘束具がここに」
「やはり破壊されていたか、誰かモニカに剣を持たせていたか?」
「いえ、そこは念入りに身体検査してから監禁しているはずです」
「この拘束具、宮廷魔術師団が壊されないと絶対の自信を持っていましたが……」
「元筆頭魔術師ウィルヘルム・ファーゾスの唯一の弟子だ。そのくらいは造作もないのだろう」
「他にも何か俺たちに隠している力があったのかも知れん。気をつけろ」
だが、追跡するには問題ないと、壁の方に向かい、割れた窓ガラスに触れる。
「これはガラスか。なんという透明度と薄さ」
「殿下、これは机と椅子のようですが」
「フム。鉄を細い管にしてこんなにもきれいに曲げているとは」
「これが勇者たちの元いた世界の技術」
「剣も魔法も使えぬ無能と叱咤していましたが、これほど精緻な技術を持っている民だったとは」
「うむ、職人集団としてはバカにできんな」
そんなふうに感心しているところに周囲の様子を探ってきたらしい騎士が戻ってきたが、何やら困惑しているようだ。
「どうした?」
「その……」
「いいから言え」
「はっ。失礼ながら申し上げます。殿下の御到着までずいぶんと時間がかかっておりまして、何かあったのではないかと」
「ずいぶんと?どのくらいだ?」
「はい。ざっと六時間は経っています」
「馬鹿な。お前たちが入ってからすぐに我々も入ったのだぞ」
「ですが、実際に」
「貴様ら、殿下が「待て」
「「はっ」」
「これは推測だが、こちらとあちらでは時間の流れ方が違うのだろう」
「時間の流れ方が違う?」
「そうだ。世界が違うのだからそのくらいはあってもおかしくない」
ミルコが少しここに来る前のことを思い返しながら続ける。
「最初に入った者から数えて……俺が扉をくぐったのはおそらく三分ほど経っていただろうな。直前の者とは間が開いてしまったが、それでも十数秒のはず……となると」
「ええと……多分私と殿下は三十分程度開いていたかと」
「なるほど。おおよそ百倍、時間の進み方が違うのだろうな」
「百倍?!」
「そんなに……」
これは好都合、とミルコは考えた。
召喚の折、神と交わした約定は多く、もちろんその中に魔王を討伐した際に勇者たちが求めるだろう褒美についても含まれていた。もちろん、その中に「元の世界への帰還」が含まれていた。当然、帰られては困ると慌てて交渉したとのことで、うまく条件を取り付けられた。
――扉の通過は勇者に限らぬものとする。またその門は暫時の間、開かれた状態を維持せよ――
ミルコたちがここにいる時点でこれが守られたことが確定している。
「扉が開いているのは向こうでおそらく一時間といったところだろう。つまりこちらでは?」
「百時間、およそ四昼夜となりますか」
「そうだな。だが、念のため、こちらでの活動は余裕を持って三日間とする」
「「「はっ」」」
「では出発するぞ。モニカの居場所はわかるか?」
騎士に限らず、城勤めあるいは王族に接する仕事に就いている者は全員、魔道具による追跡ができるようにされている。
「先ほど反応が途切れましたが、こちらの方角でした」
「途切れた?」
「何らかの結界魔法かと」
「なるほど。まあいい。結界魔法ならそれほど遠くには移動できん」
「ですな。それにある程度まで近づけば結界魔法があったとしても関係なく探知はできます」
「よし、行くぞ」
なお、日本にあるだいたいの学校の校舎同様、西和高校の校舎も比較的単純で廊下は真っ直ぐ、階段も一気に一階から最上階まで直通のごくありふれたもの。だが、このような構造の建物は彼らにとっては魔物が闊歩し、随所に罠が仕掛けられているダンジョンという認識である。そのために、彼らは
「次はこっちでは?」
「止まれ!その角の向こうに魔物がいたらどうする」
「あの赤い扉のような物は何だ?」
「罠があるかも知れん、近づくな」
「死角に気をつけろ」
と無駄に迷い、外に出るまで五時間ほどを要した。




