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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第5章 中学生編 ― 巡る季節の果てで ―
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第2話 夏休みの釣られた者たち1

盆明けの夏休み、午前。

篠見中学校の工作室には、窓から強い夏の光が差し込んでいた。

向かい合わせに並べられた机の奥には、真新しいホワイトボードが立てられている。


生徒会の顧問である村田が、教卓に気怠げに寄りかかっていた。

壁際では、生徒会長の立花 蒼が静かに立ち、集まったメンバーを観察するように見渡している。

澄香と透は、すでに席についていた。


そこへ扉が開き、雪杜が顔を出す。

その後ろには、御珠と咲良の姿があった。


(結局何の相談もなく、二人ともついて来ることになっちゃった……)


雪杜は小さく息を吐き、室内に向かって頭を下げる。


「おはようございます」

「お邪魔しまーす……」

「おはよう」


咲良が少し遠慮がちに続き、御珠が堂々と挨拶をした。


「おー、来た来た。じゃあ揃ったな」


村田が教卓から身を起こし、出席簿をぱらぱらとめくる。

その目が、予定より多い人数を見て少しだけ止まった。


(ん?なんか人数多いな。まあいっか)


数えるのが面倒そうな顔をして、出席簿を閉じる。


「えー……じゃあ始めますか」


村田の気の抜けた声で、ミーティングが始まった。


「文化祭は十月の第四土曜日。準備期間は今日から約二ヶ月。

 今年の文化祭は、創立100周年記念行事の一環になる。

 学校としては、各クラスの出し物と、体育館でのステージイベントの他に、生徒会主導の共同企画を両立させる方針だ」


そこまで一気に説明し、村田は顎をさする。


「予算は生徒会に一括で降りてるから、使い方は立花に聞いてくれ。

 安全管理だけは絶対守ること。

 怪我人出したら俺が詰められるから。

 以上だ。あとは立花、頼んだ」


「……はい」


蒼が静かに頷きを返す。


「何かあれば職員室に来い。いや、まず立花に相談しろ。俺はその後でいい」


村田は教卓からのそりと立ち上がった。


「頑張れよー」


そう言い残し、さっさと扉の向こうへ消えていく。

バタン、と扉が閉まると、室内は一瞬だけ静まり返った。


(えー、先生帰ちゃった)

(なんかとんでもないとこに来ちゃったかも……)


雪杜と咲良が顔を見合わせていると、蒼がゆっくりと正面へ歩み出た。


「……では、改めて」


通る声が、室内の空気を引き締める。


「皆、よく集まってくれた。

 今日から文化祭本番まで、ここが拠点になる」


「まず自己紹介をしようか。

 立花 蒼だ。

 三年生なので、秋の生徒会選挙をもって引退になる。

 だからこの文化祭は、私たちにとって最後の仕事だ。

 貴重な休みを潰して手伝ってくれることに感謝する」


蒼の挨拶に続き、3年生のメンバーがそれぞれ名前を名乗っていく。

やがて、2年生の番になった。


「如月 澄香です」


「真壁 透です」


澄香と透が簡潔に挨拶を済ませ、視線が雪杜たちに集まる。


「2年の天野雪杜です。よろしくお願いします」


「えーと……あの、咲良と御珠も手伝いたいって、ついてきてしまったんですが、いいですか」


雪杜が少し申し訳なさそうに尋ねると、蒼は柔らかく微笑んだ。


「人数は多い方が助かるよ。もちろん歓迎する。

 三人とも、よく来てくれた」


「よかった」


蒼の言葉に、雪杜は安堵の息を漏らす。


「よろしくお願いします」

「お願いします」


咲良と御珠も頭を下げると、3年生の間にヒソヒソとしたざわめきが走った。

マジキューピットじゃないか、冷輝姫もいるぞ、という押し殺した声が漏れ聞こえる。


(もう!3年生にも浸透してるし!)

(冷輝姫……かっこいいのじゃ)


呆れる咲良の横で、御珠は密かに胸を張っていた。

そんな様子を見つめながら、蒼が静かに口を開く。


「ふふ。早速君を引き入れた効果があったようだな。

 追加で二人も釣れた」


その言葉に、雪杜の動きが一瞬固まる。


(……釣れた?)


「……先輩」


「ん?」


思わず声をかけた雪杜に、蒼は笑顔のまま首を傾げた。


「最初から、こうなるって分かってたみたいな言い方、しますね」


「そう聞こえたか?」


「聞こえました」


雪杜がまっすぐに見つめ返すと、蒼は悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「すまない。少し言い方が悪かった」


「……」


「二人が追加で来てくれるのではと期待はしていたが、あまりに期待通りに来てくれたのでつい嬉しくてね」


淀みのない蒼の返答に、雪杜の眉がわずかに寄る。


「そうですか……

 咲良と御珠が、最初から“セット”として計算されてたなら、それは言ってほしかったです」


「すまんすまん。

 君には期待しているんだよ。

 君自身の能力もだが、君の人脈は君が思っている以上に素晴らしい」


「人脈ですか……」


雪杜は、その言葉の響きに引っ掛かりを覚えた。


「そうだ。普通いくら彼女や兄妹だからといって、手伝いに来ると思うか?

 君自身、面倒だと思ったはずだ。

 空き部室の件がなければ君も来なかっただろ?」


「確かに……」


反論できず、雪杜は押し黙る。


(雪杜、ほっとくとすぐ巻き込まれるんだもん)

(この娘、雪杜に懸想しておらんかの)


咲良は呆れ半分で雪杜を見守り、御珠は蒼の底意を値踏みするように見つめていた。


「ということだ。

 不快に思ったなら謝罪しよう。

 君とは仲良くしたい」


「分かりました……」


雪杜が渋々頷くと、離れた席から透が少し羨ましそうな目で雪杜を見ていた。


(透……)


澄香が、そんな透の横顔を心配そうに見つめる。


「では、改めて文化祭の話をしようか」


空気を切り替えるように、蒼が全員を見渡した。


「今年の文化祭は創立100周年記念の一環になる。

 通常のクラスの出し物に加え、生徒会主導の共同企画を二本立てで行いたい」


蒼は流れるような動作で、ホワイトボードに文字を書き込んでいく。


「一つ目。この工作室を使った展示コーナー。

 100年分の写真や資料を集めて展示する。

 卒業生や地域の人にも呼びかける」


「去年の先輩たちがアルバム持ってくるって言ってましたね」


3年生の一人が相槌を打つ。


「そう。渉外はすでに動いてる。これには先生も協力してくれる」


「二つ目。ステージイベントをどうするか。

 ここはまだ白紙だ。アイデアを出してほしい」


蒼がペンを置くと、室内にしばらくの沈黙が落ちた。


「……体育館でダンスとか?」


澄香が口火を切る。


「候補に入れよう。他は?」


蒼が頷くと、別の3年生がおずおずと手を挙げた。


「あの……一つ聞いていいですか。

 去年の文化祭の合唱……覚えてますか」


「……ああ」


「あれ、すごかったじゃないですか。

 会場全員が泣いてて……」


「今年も、あれできませんかね。

 しかも今年は100周年だし、卒業生も混ぜて合唱したら盛り上がりそうで」


その提案に、室内の雰囲気がぱっと明るくなる。


「それいいな」


「……確かに」


3年生たちと澄香が賛同する中、蒼の視線が静かに動いた。


「指揮は……」


蒼が、御珠を見つめる。


「天野さん、お願いできるかな?」


「……」


室内のすべての視線が、一斉に御珠へと集まった。


(ふむ……目立ちたくないのじゃがな……)

(雪杜のためであれば……)


「わたくしは……」


御珠が口を開きかけた、その時だった。


「少し待ってください」


雪杜が、静かに、しかしはっきりとした動作で手を上げた。


「……天野くん?」


蒼が怪訝そうに目を向ける。


「御珠の生い立ち、ご存知ですか?」


雪杜の問いかけに、沸き立っていた室内が水を打ったように静まり返る。


「……一応把握はしてる。

 孤児だったと」


「そうです。

 去年の合唱、僕も一緒に歌ったので、覚えています。

 去年であれだけの反響があったということは……今年は100周年という舞台で、さらに注目を集めることになる」


「……それは」


蒼が言葉を詰まらせる。


「SNSで拡散されたら、どうなりますか?

 御珠の顔が広まって、過去を詮索する人間が出てきたら?

 孤児、虐待、あれだけ綺麗な子が指揮をとった、って話題になったら、御珠の周りに変な人間が近づいてくるかもしれない」


「……」


「御珠は今、やっと普通に学校生活を送れています。

 その環境を守りたいんです」


「皆さんが御珠を買ってくれるのは嬉しいです。

 でも……それだけは、勘弁してください」


雪杜の切実な声が、工作室に響いていた。

誰も、口を挟むことができない。


蒼は、微動だにせず雪杜をまっすぐに見つめていた。


(……なるほど)

(この子は、ちゃんと見えてる)


「……分かった。

 別の案を考えよう」


「ありがとうございます」


雪杜が深く頭を下げた。


(……雪杜……妾のために……)


御珠の胸の奥が、じわりと熱くなる。


(……惚れ直してしまうではないか)


(むー!また無自覚ジゴロムーブしてる)


密かに熱を帯びる御珠の隣で、咲良が口を尖らせていた。


(3年生にも物怖じせずに応える胆力)

(SNSによる影響まで俯瞰して見えている)

(さすが炎上を何度も経験しているだけあるな)


蒼の口元に、微かな微笑みが浮かぶ。


「君は今、すごく自然に天野さんを守ったね。

 ブレなかった」


「……当然のことをしただけです」


(当然、か……真の強い子だ)


蒼は内心で感心しながら、再びホワイトボードに向き直った。


「ステージの件は仕切り直しだ。アイデア出しを続けよう」


「はい」


蒼の一声で、止まっていた場が再び動き出す。


透は、その一部始終を黙って見ていた。


(蒼先輩が、折れた)

(……天野に)


透は、静かに次の話題へ移ろうとしている蒼の横顔を見つめる。


(先輩は……あいつのことを、どう思ってる)


透の胸に、じわりと得体の知れない不快感が広がっていく。

その冷たい視線に、咲良がちらりと気づいた。


(……あ)

(この顔、知ってる)


咲良は小さくため息をつき、気配を殺す。


(面倒なことにならないといいんだけど……)

(って、私が言える立場じゃないか)

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