第3話 夏休みの釣られた者たち2
その後、ステージのアイデア出しは一旦保留となり、展示コーナーの内容を中心に話が詰められた。
「今日はここまでにしましょう。
明日も午前中に集合。ステージ案を各自考えてきてくれ」
蒼が締めくくると、メンバーから了承の声が上がる。
荷物をまとめる音が響き、室内が少しずつざわつき始めた。
澄香が立ち上がりながら、2年生たちを振り返る。
「ねえ、お昼一緒にどう?
ファミレスで作戦会議するわよ」
「え……」
突然の誘いに、雪杜が目を丸くした。
(作戦会議、って言ってるけど……)
(なんか、青春してる気がする)
「いいね!行こ行こ!」
咲良が弾んだ声で賛同する。
「ファミレスって春にお肉食べたとこ?」
「そうそう!またお肉食べれるよ!」
「肉以外も食べなさいよ」
無邪気な二人に澄香がツッコミを入れ、場が和む。
「じゃあ行こう!」
「うん!」
(放課後のファミレス。青春だ)
雪杜が密かに感動を噛み締めていると、透が蒼の方へと向き直った。
「先輩も一緒にどうですか?」
透の誘いに、蒼は少しだけ手を止める。
「……私は遠慮しておくよ」
「え……」
「2年生だけで親睦を深めるといい。
皆で行くのは、打ち上げの時まで取っておこう」
蒼が柔らかく笑って見せると、透は小さく息を呑んだ。
「……そうですか」
「明日、いいアイデアを期待しているよ」
蒼はそう言い残し、荷物を持って先に出て行ってしまった。
扉が静かに閉まる。
透は、その扉をしばらく見つめたまま動かなかった。
(……打ち上げまで、か)
(先輩はいつも、そうやって一人で線を引く)
その横顔を、澄香が痛ましそうに見つめている。
(……また、そういう顔してる)
(透……)
「じゃあ行こうか」
雪杜の声に、透がハッとして表情を戻す。
「……うん」
一同は荷物を持ち、工作室を後にした。
廊下を歩いていると、窓から校庭を横切る蒼の姿が見えた。
透は一瞬だけ足を止め、その背中をじっと目で追う。
咲良は、その後ろ姿を最後尾から静かに眺めていた。
(いつも冷静そうな真壁くんが……)
(恋ってほんと面倒だね)
咲良は、誰にも聞こえないように小さく息を吐いた。
―――
学校近くのファミレス。
五人は窓際の広めのボックス席に収まり、めいめいにメニューを広げていた。
御珠は、色鮮やかな料理の写真が並ぶページを真剣な顔で眺めている。
「御珠ちゃん、何にする?」
咲良が横から覗き込むように尋ねた。
「……“みっくすぐりる”じゃ」
雪杜の隣に座っている安心感からか、すっかり気が緩んで素の口調が漏れている。
「それ気に入ったの?」
「うむ。以前も頼んだ。肉が色々入っておる」
御珠が真顔で頷くのを見て、向かいに座る澄香が密かに呆れ顔を作った。
(のじゃモードになってるし……)
とはいえ、指摘するのも野暮だと思い、澄香は自分のメニューへと視線を戻す。
「私はナポリタンにしよっと。
透は?」
「僕はカルボナーラで」
透がメニューを閉じながら答えると、雪杜も決まったように顔を上げた。
「僕、オムライスにしよっと」
「私、ハンバーグ定食」
咲良が呼び出しボタンを押し、やってきた店員に五人分の注文を伝える。
オーダーが通り、店員が去ると、澄香が軽いトーンで切り出した。
「作戦会議するわよ」
「本当にやるんだ」
雪杜が苦笑すると、澄香は当然のように胸を張る。
「明日までにアイデアをって言ってたでしょ」
「ねーねー」
そこへ、咲良が身を乗り出して口を挟んだ。
「澄香ちゃん達と立花先輩ってどんな関係なの?」
「……作戦会議は?」
「いいじゃん、気になるし!」
咲良の無邪気な追及に、雪杜もこっそり便乗する。
「あ、それ僕も気になる」
澄香は透と顔を見合わせ、小さく頷き合った。
「家が近所なのよ。
昔から三人でよく集まってたの」
「なるほどー。
澄香ちゃんの凛とした感じは先輩の影響かー」
「憧れの先輩って所かしら」
澄香が少し誇らしげに答えると、咲良は矛先を変える。
「真壁くんは?」
「……」
突然話を振られ、透は少し間を置いた。
「澄香と同じかな。
昔から、すごい人だなとは思ってた」
(……すごい人、ね)
(それだけじゃないでしょ、絶対)
咲良は、透の伏せた視線の奥にあるものを、鋭く見透かしていた。
一方の澄香は、透の答えを聞いて少しだけ下を向く。
(……昔から、ね)
(知ってたけど)
「えっと……そうだったんだ。
三人とも、仲いいんだね」
(これは……僕たちとは違う三角関係の臭い)
雪杜が少し気まずさを感じ始めた絶妙なタイミングで、料理が運ばれてきた。
「いただくのじゃ」
御珠の嬉しそうな声に合わせて、全員が手を合わせる。
「「いただきまーす」」
食事が始まると、場の空気はすっかり和らいだ。
「あんた達のことも聞かせなさいよ」
「えー、私たちのこと聞いちゃう?」
澄香の問いかけに咲良がわざとらしくもったいぶる。
しかし澄香は、ふと小学校からの数々の事件を思い出し、すぐに前言を撤回した。
「やっぱいい。だいたい知ってた」
「えー、いっぱい聞いてよー」
不満げな咲良の声をBGMに、賑やかな昼食の時間が流れていく。
―――
食後。
ドリンクバーから各自ジュースを持って戻ってくると、澄香が改めて仕切り直した。
「春原さんに邪魔されちゃったけど、会議するわよ」
「えー、邪魔とかひどーい」
「静かにして」
「はーい」
ピシャリと言い放つ澄香に、咲良は素直に口を閉じる。
「ステージの案、何かある?
明日、蒼先輩に提案しなきゃいけないんだから」
澄香の言葉に、テーブルにしばらく沈黙が落ちた。
「……学校の歴史を振り返る系は?
100周年だし」
透がぽつりと提案する。
「方向性はそれでいいと思うけど、具体的にどうするかよね」
澄香が腕を組むと、また沈黙が下りた。
「……AIに聞いた」
雪杜がスマホの画面を見せながら呟く。
「……は?」
「創立100周年の文化祭企画アイデア、って打ち込んだら出てきた」
「あなたねぇ……」
呆れる澄香の横で、透が小さく笑いを漏らした。
「……はは」
「でもよくない?」
咲良がフォローを入れる。
「まあ、とりあえず言ってみなさいよ」
澄香に促され、雪杜は画面をスクロールした。
「学校の歴史を振り返る劇、っていうのが出てきた。
あと学校中に歴史を散りばめたスタンプラリーも」
「……まあ、100周年には合ってるわね」
「劇か。主役が時代を飛びながら、100年を語るってのは面白いかもしれないね」
透が具体的に肉付けをしていくと、咲良がポンと手を打った。
「……あ」
全員の視線が咲良に集まる。
「ねえ、御珠ちゃんってさ、なんか不思議な雰囲気あるじゃない」
「……?」
急に話を振られ、御珠がきょとんとする。
「フードとか被ってもらって、謎の案内人とかどう?
顔隠れるし、のじゃで語ったら雰囲気出ない?」
「……確かに、御珠さんの雰囲気なら様になるわね」
澄香が納得したように頷く。
「顔が出ないなら、SNS拡散のリスクも減る」
透の言葉に、御珠は自分の役目を確認するように首を傾げた。
「……妾が、やるのか?」
(さーや様、また出来るのかの)
少し期待を含んだ目で、御珠は雪杜の顔色を伺う。
「いいと思うよ」
雪杜が微笑むと、御珠の顔がぱっと輝いた。
「うむ!よかろう!」
「やった!またさーや様できるね!御珠ちゃん!」
「うむ!」
二人がキャッキャと盛り上がる中、澄香は怪訝な顔をする。
「さーや様って何よ……」
「まあ、いいんじゃない?」
透が苦笑しながら場を収めた。
「じゃあこれで行きましょう。
劇とスタンプラリー、明日先輩に提案するわよ」
澄香が宣言すると、全員が頷き合う。
「いいね!」
「悪くない案だと思う」
「うむ」
「……なんか、うまくまとまったね」
とんとん拍子に進んだ会議に、澄香が感心したように息を吐く。
「AIすごいわね」
(AIも確かにすごいけど、こいつら場慣れしてるなぁ)
透は、雪杜たち三人の妙な行動力に密かに舌を巻いていた。




