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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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【幕間】神様は煩悩を抑えきれない

スマートフォンの液晶が、暗い室内で雪杜の顔をぼんやりと照らしていた。

バイト終わりの咲良との、何気ないやり取り。


咲良:バイト疲れたー

雪杜:お疲れ様


咲良:お父さんとお母さん

咲良:抱き合ってるの目撃しちゃった

雪杜:仲いいね


雪杜は、画面を見つめながら微笑みを返す。


咲良:なんか二人で見つめ合っててさ

咲良:私に気づいて慌てて離れてたけど

咲良:私が一生懸命バイトしてる時に何してんのよ(怒)


咲良の憤慨する様子が目に浮かび、雪杜は少し意地悪な返信を送った。


雪杜:もう一人兄弟できちゃったり

咲良:もう!冗談やめて!


ふふ、と喉の奥で笑い、おやすみのスタンプを送り合う。


雪杜はスマホの画面を消し、ベッドサイドに置いた。

隣で寝そべっている御珠へと振り返る。


「咲良バイト終わったみたい」


「ふむ。お疲れじゃの」


「澪さんとお父さんが抱き合ってたんだって」


「ふむ。陽向がもう一人できるかもしれんの」


雪杜は、自分と全く同じ発想をした御珠の言葉に軽く笑った。

二人はゆったりとしたダブルベッドに並び、天井を見上げる。


「……そういえば」


ふと思い出したように、雪杜が口を開いた。


「陽向に祝福授けてたけど、あれってどんな効果があるの?」


「なに、少しばかり病気になりにくくなるだけじゃよ」


「え、それだけ?もっとこう……強くなるとか、何でも上手くいくとか、そういうのかと思ってた」


「そなた。人にとって病から守られることがどれほどのことか、分かっておらぬな」


御珠がわずかに呆れた目を向ける。


「そなたもすでに恩恵を受けておるのじゃぞ。最近風邪をひいたか?」


雪杜は少し考えるように視線を泳がせた。


「……言われてみれば」


(さりげない神様ムーブ。好き)


その事実をあっさり告げる御珠の横顔を、雪杜はどこかくすぐったい気持ちで眺めた。


「そういうことじゃ」


雪杜は天井を見上げながら、しばし考え込んだ。


「じゃあ宝くじ当たりやすくなったりは……しないの?」


「運命の糸を一から紡ぐことは、神とてできぬ。

 じゃが……病の影だけは、払ってやれるのじゃ」


「そっか……

 じゃあ、颯太や駆にやってたあれも同じ?」


「あれはマネごとをしただけじゃ。効果はない」


「えー……知ったらがっかりするだろうな」


「神の恩恵などそうやすやすと授けるわけがなかろう。

 占いと同じじゃよ。恩恵を授かったと信じれば、何事もその恩恵ゆえとありがたがる。

 ……そういう意味では、効いておるのかもしれぬがの」


御珠が涼しい顔で言い切る。

雪杜は苦笑しながらも、どこかほっとした表情を浮かべた。


(陽向には、ちゃんと届いてるんだな)


「雪杜よ。今宵は鍛錬をするのじゃ」


「きたわね」


「澪の呪縛が解けた今こそ、本格的に呪いを攻略する時じゃ」


「うん」


御珠は真剣な表情で、言葉を続ける。


「咲良はそなたと口づけを交わしたことで、調子に乗る。

 そなたを本格的に落としに来る可能性がある」


そして、強い決意を込めた瞳で雪杜を見据えた。


「そなたが咲良と繋がる前に、妾らが繋がるのじゃ」


「御珠が先って誓ったよ」


御珠がこほんと喉を整えると、艶のある声で咲良のまねをした。


「『雪杜……なんでもするよ?』」


甘美な誘惑に、雪杜の肩がぴくりと跳ねる。

御珠は満足そうに口角を上げた。


「どうじゃ?耐えられるか?」


雪杜は数秒ほど思考を巡らせる。


「……耐えられるよ」


「……思春期とはそういうものと理解しておる」


御珠はどこか呆れたような、けれど優しい声で紡ぐ。


「では鍛錬を始めるのじゃ」


「うん。

 僕、試してみたいことがあるんだ」


「申してみよ」


「呪いの逆流って……

 距離は関係あるかな」


御珠の目が、わずかに細くなる。


「……ほう」


「触れなくても、逆流しないなら……出来ること増えそうだし……」


雪杜の脳内に、あんなプレイやこんなプレイが次々と浮かび上がり、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。

御珠はため息を一つこぼした。


「……たまにそなたの変態っぷりに驚くが、まぁ思春期じゃしの……」


図星を突かれた雪杜は、たじたじになって視線を泳がせた。


御珠は横になったまま、すっと身を乗り出して雪杜の顔を覗き込んだ。


「ふむ。では試してみるかの」


「……うん」


雪杜が頷くのを見て、御珠は少しだけ身体をずらす。


「では……少し離れるのじゃ」


「分かった」


お互いがじりじりとベッドの端へ寄り、二人の間に約三十センチほどの空間ができる。


「では……そなたを想う」


「……うん」


雪杜が身構えるのを確認し、御珠は妖艶な声色を作る。


「愛欲の……心で……」


「っ……」


御珠がゆっくりと目を閉じた。

その脳裏に、様々な雪杜の姿が鮮明に浮かび上がってくる。


(雪杜の唇……)

(雪杜の胸板……)

(雪杜の……あれ……)

(……が……)

(妾……に……)


想像が加速し、閉じられた瞼の下で御珠の顔がみるみる赤く染まっていく。

数秒の沈黙。

その直後、雪杜の胸が内側から見えない手でぎゅっと締め付けられた。


「っ……!」


雪杜の息が急に詰まり、苦悶の声が漏れる。

異変に気づいた御珠が、弾かれたように目を開けた。


「いかん!」


御珠は慌てて首を振り、雑念を追い払おうとする。


(心頭滅却)

(心頭滅却)


苦しみが引いていき、雪杜は肩で大きく息をした。


「……はぁ……はぁ……大丈夫だよ……」


「すまんの……触れているかは、関係ないようじゃな……」


申し訳なさそうに眉を下げる御珠に、雪杜は無理に笑顔を作った。


「……もっと距離が開くとどうなるか試してみたいけど……今度にしよう」


御珠が距離を詰め、雪杜の震える手をそっと握る。


「こんなにも愛おしいのに……」


「いいよ。焦らずにいろいろ試そ」


「うむ……」


御珠は少し考え込むような素振りを見せた後、雪杜を見つめた。


「逆はどうかの?」


「逆?」


「そなたが妾を想う。

 愛欲の心で」


「……」


雪杜は無言のまま、熱を帯びた瞳で御珠を見つめ返す。


(いつも思ってる)


言葉には出さなかったが、その視線だけで十分だった。


「……」


御珠の頬に再び朱が差す。


「……思春期じゃの」


「……うん」


照れくさそうに笑う雪杜に、御珠も小さく息を吐いた。


「難しいね」


「うむ」


御珠の表情が、神としての真剣なものへと切り替わる。


「じゃが……慈悲の心で満たされれば、逆流せぬことが分かっておる」


「うん」


「愛欲を抱くと、そなたは苦しむ。

 慈悲の心であれば、抱き合うこともできる」


「……でも」


雪杜の懸念を遮るように、御珠は深く頷いた。


「うむ。それが難しい」


御珠が、雪杜の目を真っ直ぐに射抜く。


「妾はそなたを抱きしめたい時、いつも愛欲が混ざる」


「……うん」


「それを制御するのが、鍛錬じゃ。

 今日も……抱き合うのじゃ」


「……うん」


二人はシーツの上を滑るように、ゆっくりと近づいていく。

御珠が目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


(慈悲の心……慈悲の心……

 愛欲がひと欠片でも混ざれば……雪杜が苦しむ……)


自らに言い聞かせるように念じながら、御珠が雪杜の身体をそっと抱きしめる。

数秒が経過した。


「……大丈夫」


「……うむ」


雪杜の身体に異常はない。

しかし、背中に回された御珠の指先が、雪杜の服の生地を強く握りしめていた。

御珠の内心では、凄まじい葛藤が渦巻いている。


(……つらい)

(こんなに近いのに)


雪杜の体温と匂いが、御珠の理性を激しく揺さぶる。


(今すぐ雪杜の口を吸いたいのじゃ~)

(いかん!愛欲を抱くでない!)


(……でも胸にうずくまりたいのじゃ~)

(いかん!愛欲を抱くでない!)


(……でもあれを○○して雪杜を悦ばせたいのじゃ~)

(い……いかん!)


(……でも、あ……あれを……妾に……)

(い……いか……)


ついに限界に達したのか、御珠が唐突に声を上げた。


「……よい」


ばさりと音を立てて、御珠が雪杜から離れる。


「今日は……ここまでじゃ」


「……うん」


距離を取った御珠の肩が、小刻みに震えている。


「御珠、無理しないで」


「無理はしておらぬ」


強がる御珠の横顔は、不満と我慢でいっぱいだった。


「これが……妾らの日常じゃ」


「……うん」


「……妾はそなたを抱き伏せたい気持ちを毎日押し殺しておる」


御珠は悔しそうに唇を噛み、そして静かな決意を込めて雪杜を見る。


「いつか……

 愛欲を抱いたままでも触れ合える日が来る。

 じゃが、いまはその時ではない……鍛錬あるのみじゃ」


「……一緒に頑張ろう」


「うむ」


雪杜の優しい言葉に、御珠はようやく穏やかな表情を取り戻した。

二人は再びベッドに横たわり、きょうも手を繋いで眠りにつく。


「……雪杜。妾がそばにおる限り、そなたの呪いは妾が抱える。

 ゆえに安心して眠るがよい……」


繋いだ手から伝わる温もりを感じながら、御珠は囁く。


「愛しい……いまの妾にできるのは、これが精いっぱいじゃ……」


御珠が上体を起こし、雪杜の額にそっと、慈愛に満ちた口づけを落とす。


(……御珠……)


雪杜は心の中でその名を呼び、静かに目を閉じた。

窓の外では、夜が静かに更けていく。

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