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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第34話 灯火の誓い1

昨日の喧騒が嘘のように、天野家のリビングには穏やかな時間が流れていた。

窓の外からは、遠く神社の祭囃子がかすかに響いてくる。


「そろそろ行く?」


雪杜が玄関の方を向きながら問いかける。


「そうじゃな」


御珠の声から、いつものからかいは消えていた。

背筋を伸ばしたままの響きが、言葉に重みを加える。


「僕もついていくよ」


「分かっておる」


決意を込めた雪杜の言葉に、御珠は短く応えた。

その直後、夕闇の迫る室内で藍色の光が鮮やかに弾ける。

光の粒子が御珠の体を包み込み、現代の部屋着は厳かな巫女装束へと塗り替えられた。


「……」


目の前で起きた神威の片鱗に、雪杜は息を呑んで立ち尽くす。


「正装じゃ」


衣擦れの音をさせて、御珠が雪杜をまっすぐに見据えた。

その瞳は、ただの少女のものではない。

数多の理を観測してきた神としての威厳が宿っている。


「今宵の戦、負けるでないぞ。

 行くぞ、雪杜」


「うん」


雪杜は力強く頷いた。

二人の視線が重なり、言葉以上の誓いが交わされる。


―――


神社の境内は活気に満ちていた。

提灯の明かりが石畳を照らし、参拝客が引っ切り無しに訪れる。


その喧騒の中で、見慣れた少女が忙しなく立ち働いていた。


「ありがとうございます」


慣れない巫女装束に身を包んだ咲良が、参拝客に丁寧に御守りを手渡している。

そこへ雪杜と、正装の御珠がゆっくりと近づいていった。

人の気配に、咲良が顔を上げる。


「……え!?」


二人の姿を認めた瞬間、咲良の声が裏返った。


「なんで来るの!?」


「冷やかし」


雪杜が口角を少し上げて、わざとぶっきらぼうに答える。


「もう!冷やかしなら帰ってよ!」


頬を膨らませて怒る咲良を、雪杜はどこか眩しそうに見つめた。


「巫女服、似合ってるよ」


「っ……」


不意打ちの言葉に、咲良の思考が一瞬フリーズする。

白衣と緋袴に包まれた彼女の耳が、袴の色よりも鮮やかな赤に染まっていった。


「……ありがと」


視線を泳がせながら、咲良は消え入りそうな声で礼を言う。

ふと、隣に立つ人物の気迫に押されるように、咲良が御珠へ視線を移した。


「御珠ちゃんも巫女服なの!?」


「祭なのでの。

 最近着ておらんかったし、よいじゃろ」


御珠が扇を広げるような仕草で泰然と微笑む。

そのあまりに完成された神々しさに、咲良は毒気を抜かれたようにため息をついた。


「似合いすぎてて困る……」


「間違って『お守り売ってください』って言われないようにね」


「うむ」


御珠の堂々とした返事に、雪杜が苦笑しながら手を挙げる。


「じゃあ続き頑張ってね」


「うん!」


元気よく手を振る咲良に見送られ、二人は拝殿の方へと歩き出す。

その背中を見送りながら、咲良の脳裏には昨日の記憶が鮮烈に蘇っていた。


(……昨日……雪杜と……キス……)


唇に残る感触を思い出し、再び顔が熱くなる。


「あのー、お守りをー」


「はっ、はい! ただいま!」


客の声に現実に引き戻され、咲良は慌てて仕事に戻る。

恋の熱を帯びた境内の喧騒は、これから始まる「戦」の気配を、まだ何も知らなかった。


―――


喧騒を離れ、二人は境内の奥へと足を進める。

咲良の姿が遠ざかったのを確かめると、御珠は前を見据えたまま短く告げた。


「咲良は来ぬな。

 行くぞ」


「うん」


雪杜も表情を引き締める。

御珠が鋭い眼差しで境内を見渡した。

出店の明かりが届かない境目に、袴を履いた男が立っている。

周囲を警戒するように視線を巡らせ、気配に耳を澄ませていた。


御珠は足取りを変えず、その男へ向かう。


「久しいな」


声をかけられ、男がゆっくりと振り返る。

顔に驚きがよぎったが、すぐに押し込み、淡々とした表情へ戻した。


「……今年も来たのか」


男は短く、重みのある声で応じる。


「こっちだ」


促されるまま、二人は境内の裏手へ導かれた。

一般の参拝客が立ち入らぬ区域、建物の影に古い木の扉がひっそりと残っている。

男がその扉を静かに開けた。


鼻を突くのは、去年と同じ古い木の匂い。

電気は通っておらず、障子越しに差し込む外の薄明かりと、部屋に置かれた行灯だけが、狭い空間を心許なく照らしている。

遠くから聞こえる祭囃子が、かえって室内の静けさを際立たせた。


「こんな部屋しか用意できなくてすまんな」


男の申し訳なさそうな言葉に、御珠は気にする様子もなく頷く。


「よい。

 ここで待つ」


「呼んで来る」


男はそれだけ残し、再び扉を閉めて去っていった。


取り残される、雪杜と御珠。

行灯の火が揺れ、二人の影が壁に長く落ちる。


「去年もここに?」


「そうじゃ」


雪杜の問いに、御珠は視線を上げ、少し遠いところを見て答えた。

待つ時間は永遠にも一瞬にも感じられる。

やがて、静けさを破って扉が開いた。


「待たせたわね」


凛とした声と共に、みおが入ってくる。

腕には、すやすやと眠る陽向ひなたが抱かれていた。

その後ろに、先程の男が控えている。

男は入室を確かめると、今度は内側から扉を静かに閉めた。


澪の視線が、御珠の隣に座っている雪杜に止まる。


「雪杜くん……」


意外そうに目を細めたあと、彼女はすべてを察したように呟いた。


「そう、話したのね」


「何も知らない場所に閉じ込めるなと申したのはそなたじゃ」


御珠が静かに告げる。

澪は「そうね」と小さく言い残し、背後の男に視線を向けた。


「こっちも味方を用意したわ」


促され、男が丁寧な礼を捧げる。


「こうして直接話をするのは始めてだな。

 春原 さとしだ。

 娘が世話になっている」


その自己紹介に、雪杜と御珠も居住まいを正して礼を返した。


「天野 雪杜です」


「天野 御珠じゃ」


挨拶を終えると、澪は腕の中の陽向をそっと聡に預ける。

母親の顔から、一人の「当事者」としての顔へ。


「さぁ、話を始めましょうか」


行灯の柔らかな光が、四人の顔を順番に照らし出していく。

遠くで響く祭囃子は、まるで別の世界の出来事のようだった。

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