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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第32話 咲良エスケープ3

翌朝。

まだ夏の熱が抜けきらない時間帯、雪杜はリビングのソファで目を覚ました。


夜の途中、ダブルベッドの熱気と理性がぶつかり合い、逃げ出したのだ。

慣れない寝床のせいか、普段より早く目が覚めてしまった。


そっと寝室を覗くと――

御珠と咲良が抱き合って眠っていた。

腕も足も絡まり、長く一緒に暮らしてきた姉妹のようだった。


(……一緒だとこんな感じなのか……尊い)


胸の奥がじんわり熱くなる。


やがて二人も起きてきて、「おはよう」と声を交わす。

寝汗がすごいと文句を言いながら、三人は交代で朝シャワーへ向かった。


シャワーでさっぱりしたあと、焼き立てのトーストを頬張り、少しずついつもの時間へ戻っていく。


九時頃。

咲良のスマホが震えた。


画面には――「お母さん」。


三人の動きが止まる。


咲良はスマホを見つめた。

指先がわずかに震えている。


「……出る?」


「……うん」


咲良は一度深呼吸をし、通話ボタンを押した。


「……もしもし」


雪杜と御珠はテーブルの向こうで息を止める。


「……うん」

「……分かってる」

「……ごめんなさい」


(謝った……)


「……うん」

「……そんなこと言ってない」

「……言ってないもん」


(また責められてる……)

(咲良……)


御珠の指がわずかに握られた。


「……うん」

「……うん」


短い無言。


「……お母さんも?」


咲良の肩がすとんと落ちる。


「……うん」

「……分かった」

「……うん。帰る」

「……じゃあ、また後で」


通話が切れた。


部屋の音が戻らない。


「……咲良」


咲良がゆっくり振り返る。

目は少し赤いのに、口元だけが笑っていた。


「……帰ることにした」


「……うん」


「仲直りした」


「……そうか」


「お母さんも……ごめんなさいって」


(澪さんが……謝った……)


咲良は涙をこらえるように目をこすった。


「ちょっと泣いちゃった」


「……」


「お母さんが謝るとか、なんかこっちが泣けてきた」


御珠は静かに言葉を落とす。


「……澪は、咲良が大事なのじゃ」


「……うん」


「分かってるんだけどね」


―――


帰り支度。

咲良は雪杜のパジャマを丁寧に畳む。


「これ、私が一回着てすごく汗かいちゃったし、もらっていいよね?」


(上はほぼ着ていない。

 雪杜の匂い……しみてる……)


「……え」


(咲良の汗……)


(雪杜め。また変態的なことを考えておるの……妾、汗かかんしの)


御珠の冷たい視線が突き刺さる。


葛藤の末――


「……まぁ、いいけど」


「やった」


御珠は複雑そうな顔で鼻を鳴らした。


―――


玄関。


「お邪魔しました」


「また来てよ」


「うん」


御珠が小さく声をかける。


「咲良」


「うん?」


「……昨日のこと」


「うん」


「三人だけの秘密じゃ」


咲良は迷いなく頷いた。


「うん。絶対誰にも言わない」


「……よい」


咲良が扉を開ける。

夏の朝の光が、彼女の背中をやわらかく照らした。


振り返る。


「……ねぇ」


「うん?」


「夏祭り、楽しみにしてるから」


「……うん」


「絶対来てね」


「行くよ」


咲良は昨日より少し晴れやかな顔で笑った。

扉がゆっくり閉まる。


二人きりの空間になる。


「……雪杜」


「うん」


「咲良は強いのじゃ」


「……うん」


「そなたが思うより、ずっと」


(知ってる)

(昨日、初めてちゃんと分かった)


雪杜はゆっくり息を吐いた。

胸の奥の痛みとぬくもりが、まだ混ざり合ったままだった。


―――


春原家。


咲良が帰宅する。


玄関を閉めると、昨夜の余韻がまだ薄く残った気配が漂っていた。

リビングでは澪が陽向を抱き、静かにあやしている。

その腕の揺れには、どこか心許なさが混じっていた。


二人の目が合う。


言葉が出ないまま、時間だけが進む。

やがて澪が小さく口を開いた。


「……おかえり」


「……ただいま」


短い無言。


澪は視線を陽向へ落とし、それから咲良を見た。


「ご飯、食べた?」


「トースト食べた」


「そう」


言葉の往復は短く、必要な分だけ。

それでも昨夜の鋭さは消えていた。


また無言が戻る。

息遣いだけが、ゆっくり場を満たしていく。


やがて澪が、息を絞り出すような声でつぶやいた。


「……ごめんなさい」


咲良も陽向を見つめながら答える。


「……私もごめんなさい」


澪は抱いていた陽向を、そっと咲良へ渡した。


小さな体温が咲良の胸に落ちる。

陽向がきゃっと笑い、張っていたものがほどけた。


咲良はその重みを受け止めながら、胸の奥で思う。


(陽向……重くなったな。もうすぐ一歳か)


澪は咲良をまっすぐ見た。


「咲良」


「うん」


「夏祭り……巫女のバイト、手伝いなさい」


「え」


澪は少し顎を上げる。


「家出した罰です」


「えーー!!」


咲良の声に驚いたのか、陽向がびくりと体を震わせる。


「あ、ごめん陽向」


咲良は小さくあやしながら肩をすくめた。


澪はそんな様子に、ようやく口元を緩める。


「初日はデートなんでしょ?

 二日目ね。

 花火の日は混むし、人手が足りないの」


(仕方ないか……)


咲良は息を吸い、静かに答えた。


「……分かった」


澪は目を少し丸くする。


「素直ね」


「反省してるもん」


「そうね。反省してちょうだい」


陽向がまたきゃっと笑った。

その声が三人を包み、昨夜の棘をひとつずつ溶かしていく。


しばらく誰も動かなかった。

ただ、同じ部屋の空気を黙って共有していた。

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