第28話 夏影の再編、それぞれの居場所2
夏の昼下がり、潮の匂いを含んだ風が吹き抜ける。
海辺に佇む宿屋「浜の家」は、白い壁が陽光を反射し、目の前にはどこまでも伸びるきらめく砂浜が広がっていた。
八人がそれぞれ荷物を担ぎながら到着すると、一番に弾けたのは颯太だった。
「うおーーー!海だーーー!!」
その声は波より大きく響き、周囲を一気に夏色に染める。
莉子が慌てて袖を引っ張った。
「颯太、落ち着いて……」
咲良は両腕を広げるように海を見渡し、目を輝かせる。
「ひろーい!」
御珠も静かに景色を眺めた。
その目には、懐かしさと喜びが溶け合っているようだった。
「海じゃな……」
雪杜は小走りで玄関へ向かい、丁寧に頭を下げる。
「修一おじさん、お世話になります」
玄関から出てきた修一は、八人の姿を見て言葉に詰まった。
人数と賑やかさに、数秒ほど固まる。
「……えっと」
「すみません。また人数増えちゃって……」
修一は雪杜の頭越しに八人を数え、ため息とも苦笑ともつかない息を漏らす。
「……今年は八人か。うち五人が女の子……」
雪杜は申し訳なさそうに頭を下げた。
「毎年すみません……」
だが修一はすぐに笑顔を作り、肩を叩いた。
「いや、いいんだ。若いってのは、忙しいな」
(……これ以上増えたらどうしよう。来年は九人か?)
心の声ががっつり漏れ気味だった。
咲良が明るく頭を下げる。
「おじさん、ありがとうございます!」
御珠も丁寧に一礼した。
「和江にもよろしく言っておいてくれなのじゃ」
修一が穏やかに頷く。
「賑やかになるねぇ。楽しんでいきな」
その言葉に背中を押されるように、咲良は華蓮へ振り向いた。
「華蓮ちゃん、そのワンピース可愛い!!」
突然の直撃に、華蓮は肩を揺らし頬を赤くする。
「……別に」
莉子が楽しそうに続ける。
「朱色っぽい赤、似合ってるよねー」
華蓮は耳まで赤くしながら、ぶっきらぼうに返す。
「……言うなって」
御珠もじっと華蓮を見て、素直に言葉を落とした。
「うむ、似合っておるぞ」
その一言が追い打ちのように照れを深める。
「……もういいって」
そこへ颯太が無邪気な一言を放つ。
「そういやお前の私服初めてみたな。兄貴のおさがりじゃねーの?」
莉子が即座に彼の腕をつねった。
「男がワンピース着るわけないでしょ!」
「痛ててててて!」
そのやり取りに、八人の笑い声が一斉に弾ける。
夏の空に溶けるように、賑やかで温かい時間が始まっていく。
―――
庭では炭の匂いが立ち上り、ジュッと肉の脂が落ちる音が昼の気配を切った。
小さなテーブルと簡易BBQセットを囲み、八人が自然と円を描くように集まっている。
颯太はトングを片手に、勢いよく肉をひっくり返しながら叫んだ。
「お前らまた優勝したのか!」
彼の声は相変わらず大きくて、海からの風にも負けない。
雪杜はそれを待っていたかのように顎を上げ、余裕ありげに返す。
「楽勝ですわ」
返事の直後、咲良が跳ねるように突っ込んだ。
「雪杜!?」
御珠が隣で腕を組みながら、静かに釘を刺す。
「雪杜、調子に乗っておるぞ」
駆が炭の脇で淡々と呟いた。
「主に頑張ったの俺だけどな」
それが妙にいいところに刺さって、全員が吹き出す。
史が口元に手を当てながら、優しく続けた。
「ふふ……駆くん、正直」
颯太は駆の肩を叩かんばかりの勢いで叫ぶ。
「駆、お前すげーな!!」
さっきまで胸を張っていた雪杜は、耳たぶを赤くしながらしおらしく頭を下げた。
「すみません……。調子に乗ってました……。駆先生に感謝してます……」
駆はそっぽを向いたまま、短く返す。
「……まぁ、いい」
言葉と裏腹に、耳がほんのり赤い。
肉の焼ける匂いが一段と濃くなったところで、颯太がふと思いついたように胸を張った。
「つーかよ、お前らは謎の大会優勝かもしれんが、俺は県大会ベスト8までいったんだぜー!」
その言葉が意外すぎて、雪杜が目を丸くする。
「え!?すご!
応援行ったのに、教えてよ!」
颯太はトングを持つ手を止め、視線をそらした。
「いや……だってさ……
何回試合あるかわかんねーのに毎回呼んだら迷惑じゃん?
決勝いったら言おうと思ってたんだよ……」
その言葉は軽口のはずなのに、どこか素直な本音が混ざっていて、雪杜は思わず苦笑する。
「……確かに……
つまり、来年は応援に?」
颯太は海風を受けながら、にやりと笑った。
「おう!決勝まで行ってやらぁ!」
少し離れた位置で、莉子の心が小さく跳ねた。
(颯太……かっこいい……)
咲良は腕を組んで得意げに頷く。
「おお〜、言ったね颯太。言質取ったよ?」
駆が肉をひっくり返しながら淡々と宣告する。
「じゃあ来年の打ち上げは颯太が主役だな。
焼肉奢りで」
颯太が全力で振り返る。
「なんでそうなるんだよ!!」
御珠はそんなやり取りを楽しそうに見守り、静かに、しかし誇らしげに言う。
「うむ。妾の祝福が効いておるようじゃの」
「それな」
颯太が悪びれず返し、またひとつ、笑い声が夏の空へ弾けていった。
―――
BBQの煙がゆるく立ちのぼり、海風と混ざって甘い匂いを運んでくる。
それぞれが好きな場所に落ち着きはじめると、自然に“ペア”ができていった。
――雪杜×咲良
鉄板の前では雪杜と咲良が並んで肉を焼いていた。
咲良は焼け具合を確かめながら、そのまま雪杜の腕に体を預ける。
「雪杜、この肉焼けた?」
「うん、もうちょっと」
咲良は嬉しそうに口を開く。
「はい。あーん」
雪杜は思わず手元を見つめ、顔を赤くしながら肉を口に運んだ。
――颯太×莉子
少し離れた場所では、颯太が莉子の前で完全に手懐けられている。
「颯太も。はい。あーん」
「お……おう」
肉を差し出されるたびに、颯太の耳が赤くなるのを莉子が楽しんでいた。
――駆×史
控えめな二人は、炭の熱が届かない静かなスペースに並んで座っている。
史は小さく微笑んで、そっと駆に声をかけた。
「駆くん……お疲れ様。肉食べますか?」
「……ああ」
短く答えた駆の横顔は、いつもよりずっと柔らかかった。
――御珠×華蓮
二人は波音の聞こえる方向を眺めながら立っていた。
周囲の甘さが少し目に余ったのか、華蓮がぼそっとつぶやく。
「なぁ。バカップル多すぎねーか?」
御珠は静かに笑い、風に揺れる髪を指先で整えながら答える。
「まぁこんなもんじゃろ。楽しそうでよいではないか」
華蓮はちらりと御珠の横顔を見る。
薄い光に照らされたその姿が、今日もいつも以上に綺麗だった。
「……御珠、今日も可愛いな」
御珠は驚いたように目を瞬き、だがすぐに穏やかな表情へ戻る。
「そなた。きょうは髪も整えてきたのだな。似合っておるぞ」
言われた瞬間、華蓮の肩がピクリと跳ねた。
「……言うなって」
声はそっけないのに、耳の先まで真っ赤だった。
―――
食後、潮風が少し強くなり、砂がさらりと足元で踊った。
恒例の“水着お披露目タイム”が始まると、御珠、咲良、莉子がそれぞれの個性を全開にした姿で現れる。
雪杜は直視できず、顔を真っ赤にして心の中で叫ぶ。
(頑張れ理性!)
颯太も肩を震わせながら歯を食いしばる。
(くそ!毎年成長しやがって!)
なんとか崩れ落ちずに耐えた二人に、咲良が呆れたように笑った。
落ち着きを取り戻した颯太が提案する。
「ふぅ。ビーチバレーやろうぜ!!」
「やるやる!」
「妾もやるのじゃ!」
「私も……」
「じゃあ僕も」
元気よく手を挙げる中で、場の勢いをすっと落とすように、静かな声が続く。
「……俺は見てる」
「私も……陽キャは眩しすぎます」
控えめな二人に続き、華蓮もそっぽを向いて肩をすくめる。
「……あたしも水着じゃねーし。見てるわ」
颯太が溜息混じりにぼやいた。
「またこのメンバーか」
そして急に顔を上げ、闘志を燃やす。
「よし!今年は──御珠ひとりを俺ら四人で倒す!」
咲良が目を丸くする。
「それでも勝てる気しないんだけど……」
「ほんとにやるのそれ……?」
御珠は堂々と胸を張り、波の音すら圧倒する存在感で言い放った。
「ふむ。妾は構わぬぞ。全員でかかってくるがよい」
「くっそ!この余裕、やっぱラスボスじゃねーか!」
(……実際ラスボスみたいなもんだよな)
雪杜の心の声が、妙にしっくり響く。
砂浜では、颯太、咲良、莉子、雪杜の四人が御珠と対峙した。
太陽に照らされる砂がまぶしく、ボールが空へ弾けるように打ち上げられる。
一方、ビーチパラソルの下では、駆と史が寄り添うように腰を下ろしていた。
二人の距離は控えめで、波の寄せ引きみたいに一定だった。
「駆くん。水着見たかったですか?」
「ま……まぁ……」
史はその反応に、ほんの少し意地悪く微笑む。
「ふふ。今度二人きりの時に……」
駆の耳まで赤く染まり、史の笑いがかすかに波へ溶けた。
華蓮は、少し距離を置いた場所からその光景を見ていた。
風も光も楽しそうな声も、自分の周りだけ通り過ぎていく。
(……みんな楽しそうだな。あたしだけ、どこにも混ざれねぇ)
(席あるようで、ないんだよな……こういうの)
(……私、何しにきたんだろ)
その独白が、誰にも届かない場所で零れる。
しかし、御珠には届いたようだった。
ラリーの最中でも、ふと視線だけが華蓮へ向く。
(華蓮……退屈そうにしておるの)
数球ぶんやり過ごし、御珠はボールを受け止めて言う。
「ふむ。そなたらでは話にならんの。
少し離れるのじゃ」
「そうだ!一旦休んで来い!」
颯太があっさり乗ってくる。
(御珠?華蓮を気にかけてるのか)
雪杜はその意図に気づき、胸の奥があたたかくなる。
その隙に、颯太が叫ぶ。
「雪杜、カップル対決しようぜ!」
「おっと。じゃぁ負けた方は秘密一つ暴露で」
「なに!?」
「ふふふ。莉子とどこまで進んでいるか洗いざらい吐いてもらおうか」
「お前、ブーメランになっても知らねーからな!」
咲良が眉を跳ね上げて怒る。
「ちょっと、勝手に話進めないでくれる!?」
「そうだよ。秘密って何さ」
御珠はそんな喧騒を背に、静かに歩き出す。
(ふむ。妾がいなくても大丈夫そうじゃの)
そして――
一息入れてから、すっと華蓮の方へ向かった。




