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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第27話 夏影の再編、それぞれの居場所1

夏休みの昼下がり。

冷房の風がゆっくり回る部屋で、莉子のスマホの画面には、グループチャットの会話が次々と更新されていく。


【元・天野ファミリーグループチャット】


咲良:今年もBBQやるよー

咲良:ハッカソンまた優勝しちゃった✌


颯太:また打ち上げとセットか

咲良:そう!


莉子:華蓮ちゃんも呼ぶ?

咲良:いいね!


莉子:私から連絡しとくね

咲良:お願い!


雪杜:おじさん、また人数増えたってぼやきそう

駆:雪杜が金払うから心配ない

雪杜:出さないんだが!?

颯太:ははは

御珠:妾も楽しみなのじゃ


スマホの光が莉子の頬を照らし、楽しげな通知が途切れる。

莉子はそのまま別の画面を開いた。

「華蓮」の名前に指が触れる。


【莉子×華蓮 個別チャット】


莉子:皆で集まってBBQやるんだけど来ない?

華蓮:なにそれ


莉子:雪杜くん一行の毎年の恒例行事

華蓮:あたしも行っていいの?

莉子:もちろん!


莉子:ただし

莉子:可愛くなった人しか来ちゃいけません


華蓮:じゃいかない


莉子は慌てて画面を叩く。

いつも強気な華蓮に即座に引き下がられると、胸がきゅっとなる。


莉子:ごめん……来てください……

莉子:さぼらないでかわいくなろうよ……


既読がつかないまま、画面の時計が進む。


莉子:電話していい?


ぽつと通話ボタンを押し、耳に端末を当てる。

呼び出し音の後、華蓮の声が低く聞こえた。


『もしもし』


「ごめんね……うっとおしいよね」


華蓮の返事はこもっていて、それでも真っ直ぐだった。


『……いや』


その短い否定に、莉子は胸の奥があたたかくなる。

責められる覚悟でかけた電話だからこそ、救われたと思った。


「華蓮ちゃん……最近、髪も……その……」


受話器の向こうで華蓮がわずかに息を吐く。


『切ってねーわ。面倒で』


その言い方は“本当の理由を隠すための雑さ”が滲んでいて、莉子は胸の奥が痛んだ。


「うん……でも、前はさ、朝ちょっと整えて、嬉しそうにしてたじゃん?」


言いながら、莉子はその光景を思い出していた。

手鏡を見ながら、楽しげに前髪をいじっていた華蓮。

あの頃の笑顔が嘘じゃないことを、ずっと知っている。


返事が途切れる。

華蓮の呼吸がひとつ揺れた。


『ナンパ避けだし』


理由になっているようで、どこか言い訳めいている声。

莉子はその“強がり”が分かってしまう。


「それは知ってるよ。でも、“好きでやってた”華蓮ちゃん、私は見てたよ?」


電話の向こうで、気配がわずかに変わる。

華蓮が言葉を詰まらせる。


莉子は小さく息をのみ、思い切って次を提案する。


「あの……せっかくだし、水着買いに行こうよ」


その言葉のあと、返事までの時間が呼吸ひとつ分だけ伸びる。


『……水着?』


「うん。海辺だし、可愛いの着たら楽しいよ」


華蓮の声がくぐもる。


『別に、可愛くなくてもいいし』


莉子はゆっくり否定した。


「嘘……だよね?」


華蓮が小さく息を吐く。

その呼吸には、強がりをほどくような熱がまじっていた。


『なんでそう思うんだよ』


「だって……華蓮ちゃん、前は楽しそうだったもん」


また言葉が切れる。

さっきより深く、胸の奥を揺らす静けさ。


莉子はそっと付け足した。


「御珠ちゃんも喜ぶよ?」


その瞬間、華蓮の胸には鮮やかな声が蘇る。


《よい。非常によいぞ》

《そなたは、元より美しかった》

《いま鏡に映るそなたを、“不細工”と呼ぶ者はおらぬ》


御珠に肯定され続けた、あのまっすぐな言葉たち。

それは華蓮の心に沁みつくほど残っている。


華蓮の声が高く揺れた。


『……お前、ずるいぞ』


莉子は小さく、安堵の笑い声を漏らす。


「一緒に選ぼ?」


静かな呼吸が続く。

その向こうで、華蓮が気持ちを決める音がした。


『わかったよ』


「ほんと!?」


『まぁ、せっかくだし』


「ありがとう、華蓮ちゃん!」


電話越しに、華蓮が小さく息を笑い混じりに吐く。


(……まぁ、悪くないかもな)


―――


ショッピングモールの美容院。

白い照明が落ち着きをつくり、鏡に並ぶ客たちの動きが静かに反射している。


華蓮はやや緊張した様子で椅子に座り、ケープをかけられる。

近くでは莉子が落ち着かない手つきでバッグを抱えていた。


美容師が柔らかい声で問いかける。


「どうされますか?」


華蓮は曖昧に鏡へ目を向け、肩をすくめる。


「……えっと」


その迷いを覆うように、莉子が勢いよく口を挟む。


「華蓮ちゃん、肩くらいまで切ったら可愛いと思う!」


華蓮は思わず目を丸くする。


「……そんなに切るの?」


「うん!絶対似合うよ!」


莉子の熱量に押され、華蓮は再び鏡に視線を戻した。

そこに映る自分は、いつもの乱れた髪のまま。


考えた末、小さく息を吐いた。


「……まぁ、任せる」


美容師が微笑みながら頷く。


「わかりました」


―――


カットが終わると、莉子の目がぱっと輝いた。


「すご!やっぱ華蓮ちゃんかわいい!」


突然の賞賛に、華蓮はそっぽを向いて口を尖らせる。


「……褒めたって何もでねーぞ」


鏡の中には、肩にふわりと沿う軽い髪。

予想よりずっと似合っていて、本人もその事実を認めざるを得ない。


「……やっぱプロはちげーな」


指先で軽く毛先を触れながら、胸の奥で小さな決意が芽生える。


(自分でも出来るようにならなくちゃ)


莉子は勢いを戻して笑う。


「次、水着見に行こ!」


「……ああ」


―――


二人でモール内を歩き出す。

切りたての髪が揺れるたび、華蓮は周囲の視線に背中がむずがゆくなる。


(……くそ、髪切った途端にこれか)


軽く睨むように辺りを見ると、案の定、一人の男性が距離を詰めてくる。


「あの……」


声をかけられる寸前、華蓮は反射的に莉子の手を掴んだ。


「莉子、走るぞ」


「え?ちょっ、ちょっと!」


問答無用で走り出す華蓮。

莉子は引っ張られるまま、慌てて歩幅を合わせた。


―――


女子トイレに駆け込むと、華蓮は壁にもたれ、荒い息を整えた。


「はぁ……はぁ……」


莉子は心配そうに彼女を見つめる。


「華蓮ちゃん……やっぱ切らない方がよかった?ごめんね……」


華蓮はゆっくり首を振る。


「……いいんだ。莉子のせいじゃないし」


息が落ち着くにつれ、さっきの恐怖が胸の奥へ沈んでいく。

莉子は何か思いついたように目を上げた。


「ね。いい方法あるんだけど」


華蓮は眉をひそめる。


「……いい方法?」


―――


モール内のドラッグストア。

棚に並ぶ雑貨の前で、莉子はマスクや伊達メガネを手に取っては比べている。


「これとか……どう?」


渡されたものを華蓮は受け取り、試しに顔へつけてみた。

鏡に映る自分は、さっきより安心した表情だった。


「……マスクが暑いけど、悪くねぇかも」


莉子が満足そうに頷く。


「可愛くなりたい時に、さっと外せば美人さんだよ」


華蓮はその言葉に思わず莉子を見る。

真正面から向けられる“肯定”は、どうしてこんなに照れくさいのだろう。


「……ありがとう、莉子」


莉子は柔らかく笑った。


「ううん!一緒に頑張ろ!」


華蓮の胸の奥に、小さな灯がともる。


(……莉子、優しいな)


―――


マスクと伊達メガネをつけたまま、二人はショッピングモールの水着売り場へ足を踏み入れた。

明るいライトに照らされた棚には、色とりどりの水着が並んでいる。


莉子がワンピースタイプの水着を一つ手に取り、華蓮の前へと差し出した。


「これとか……可愛いよ?」


華蓮は受け取り、布地の質感をそっと指で確かめる。


「……悪くないかも」


だが、下げ札を見た瞬間、表情が固まった。


「……1万2千円!?」


莉子が「あ……」と小さく声を漏らす。

華蓮は水着を元の場所にすっと戻した。


「絶対無理」


その言い方には迷いがなく、“諦めに慣れた人間の速さ”があった。


莉子は胸が痛んだように、視線を落とす。


「華蓮ちゃん……」


華蓮は気まずそうに肩をすくめた。


「いや、一回しか着ないのに1万2千とか、ありえねーし」


莉子は静かに頷き、受け止めるように声を落とした。


「……うん。ごめんね、無理言って」


「……別に」


そっけなく返したものの、華蓮の声には刺々しさはなかった。

ただ“現実”を言っただけだ。


だが次の瞬間、莉子はぱっと顔を上げ、明るい声を弾ませた。


「じゃあ!水着着なくていいから、せめて可愛い格好していこうよ!」


華蓮は目をぱちりと瞬く。


「……え?」


「中古服屋、行こ!可愛い夏服、探そ!」


莉子の声が、落ちた空気を軽やかに持ち上げた。

押しつけじゃなく、寄り添う明るさだった。


華蓮は口元をわずかにゆるめる。


「……それなら」


莉子は嬉しさを隠さず頷いた。


「うん!絶対可愛いの見つける!」


その勢いに、華蓮の胸の奥があたたかく揺れた。


(……なんだよ。悪くねぇじゃん、こういうの)


―――


中古服屋の店内には、宝探しのようなわくわくが漂っていた。

ラックには色とりどりの夏服が並び、値札の揺れる音がかすかに耳をくすぐる。


莉子はすでに夢中で服を漁っていた。

その指先がふと止まり、勢いよく一枚を引き抜く。


「あ、これ!」


手にしていたのは、朱色寄りの赤い夏ワンピース。

夏の光に映えそうな色で、装飾は少ないのに目が吸い寄せられる。


莉子は華蓮の前にそっと差し出す。


「華蓮ちゃん、これ似合いそう!」


華蓮は目を細め、半歩ぶん体を引く。


「……ちょっと派手じゃね?」


莉子は首を振り、にこっと笑う。


「華蓮ちゃんにピッタリだよ!試着してみよ!」


促され、華蓮はしぶしぶ試着室へ入る。

カーテンが揺れて、外の気配が遠のいた。


やがて、恐る恐るカーテンが開いた。


照明は同じはずなのに、視線がそこへ集まった。

赤が華蓮の肌を明るく見せ、肩から裾にかけての線がきれいに落ちている。

いつもの乱れた髪と無造作な服の印象が、すっと引っ込んだ。


莉子の目が一瞬で輝いた。


「華蓮ちゃん……!モデルさんみたい!すごく似合ってる!」


その言葉に嘘はひとかけらもなかった。


華蓮は鏡の前に立ち、思わず息をのむ。

見慣れない“綺麗な自分”が、そこにいた。


「……まぁ、悪くないかも」


その小さな声は、驚きと照れが混ざっていた。


莉子は勢いよく頷く。


「悪くないどころじゃないよ!絶対これにしよ!」


華蓮は値札に目を移す。


「……三千円か」


「安い!」


莉子の即答に、華蓮の頬がほんのり赤くなる。


「……お前が言うなら」


その言葉には、“自分では信じられないけど、莉子なら信じてもいい”

そんな微かな想いが滲んでいた。


―――


中古服屋を出ると、夕方の風がひんやりと頬を撫でた。

紙袋を持つ華蓮の手には、ほんのわずかに力がこもっている。

自分で選んだ――いや、“選んでもらった”夏服が袋の中で揺れた。


隣を歩く莉子が、弾む声で言う。


「楽しみだね、BBQ」


華蓮は前を向いたまま、そっけなく返す。


「……まぁ、せっかくだしな」


それでも声の端に、さっきより柔らかい色が混じっていた。


莉子はその変化を逃さず、微笑む。


「華蓮ちゃん、笑ってるよ」


顔を向けられた華蓮は、慌てて眉をひそめる。


「笑ってねーし!」


即答したのに、否定の勢いは弱く、どこか照れがにじんでいた。

莉子は軽く肩を揺らして笑う。


「ふふ」


華蓮は視線を落とし、紙袋をそっと握り直す。


(……楽しみ、かも)


その心の声に、華蓮自身がいちばん驚いていた。

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