第25話 二度目の夏、揺れる未来5
――駆がキーボードを叩き続け、最後のコードを保存する。
画面に地図と加速度データが結びついた軌跡が鮮やかに浮かんだ。
「マップ完成です」
椅子から軽く伸びをしながら言う駆に、朝霧が満足げに親指を立てる。
「おお、いいじゃん!」
――雪杜はノートPCの画面を前に、見出しの順番を慎重に並べ替えていた。
完成したスライドを咲良へ向ける。
「資料、これでどうかな?」
「うん、分かりやすい!」
咲良の声に、雪杜の肩の力が抜ける。
――その咲良は椅子に座り、両手で空中にハンドルを描くように構えて、寸劇の動きを確認していた。
御珠が役になりきって前へ出る。
「待つのじゃ。そこは危険じゃぞ」
彼女がスマホを掲げると、場の輪郭がなぜか少し締まった。
咲良が大げさに驚いてみせる。
「助かった!ありがとう、さーや様!」
御珠は袖を払って得意げに微笑む。
「ふふ……運命は変えられるのじゃよ」
史が淡々とメモを取りながら、表情をわずかに緩めた。
「……いい感じです」
――史は自分のノートを広げ、発表原稿の句読点まで整えていく。
役割の流れを書き終えると、静かに息を吐いた。
「これで、全員の役割が明確になりました」
――昼食後。五人と朝霧が円卓を囲み、発表の最終確認をしている。
「発表の流れ、確認するぞ」
朝霧がホワイトボード代わりの紙を指し示す。
「天野くんが問題提起、佐藤くんがシステム説明、春原さんと御珠ちゃんが寸劇、佐藤くんがデモで外を走る、宮下さんがまとめ」
駆はうっすら緊張しながらも、しっかりと頷いた。
「……はい」
雪杜がすぐ隣で声をかける。
「駆、大丈夫?」
「大丈夫。朝、御珠が走った時より短い距離でいいんだろ?」
朝霧が笑う。
「そうだな。体育館の周り一周くらいでいい」
咲良が両手で丸を作って駆を鼓舞した。
「頑張って、駆!」
――そして、午後三時。
体育館のざわめきが太くなり、全チームが前を向く。
司会者がマイクを手に取り、場内が静まった。
「これより、各チームの発表を開始します」
―――
「次は、篠見中学校Cチームです」
司会者の声が響き、ざわめきが一瞬だけ引いた。
雪杜は軽く息をのみ、五人で歩調を合わせて前へ進む。
プロジェクターには、彼らのトップスライドが映し出されている。
――問題提起
「私たちのチームは、『青森の雪問題』に対して、ITを使った解決策を考えました」
雪杜の声は落ち着いている。
場を見渡す横顔に、去年とは違う“自信”がわずかに宿っていた。
「今年の青森の冬は特に厳しく、除雪が追いつかない生活道路が多数ありました」
横に控えていた咲良が、一歩前に出て補足を入れる。
「私も家族で買い物に行く途中、車がスタックして大変でした」
「お父さんがJAFを呼ぼうとしたら、100人待ちと言われて……」
会場がざわつく。
雪国の生徒たちの間に、うなずきが広がった。
「結局、お父さんを置いて、私たちだけ歩いて帰りました」
思わず起きた笑いに、張りつめていたものがほどけた。
雪杜はその反応を受け止め、言葉を続けた。
「こうなる前に、事前に危険な道を知ることができれば、スタックを防げます」
――システム説明
駆が前へ出ると、ざわめきが少しだけ締まる。
説明を得意とする彼の声は、短く、端的で、無駄がない。
「私たちが開発したのは、GPS追跡と加速度センサーを使ったアプリとマップシステムです」
スライドが切り替わり、簡易モックの図が映る。
「アプリを起動して車に乗ると、GPSで位置情報を、加速度センサーで道路の揺れを記録します」
「同じ場所に5分以上停止した場合、スタックと判定し、マップに赤い印を表示します」
「また、加速度センサーの反応が大きい道路は、『ボコボコ道路』として黄色い印を表示します」
数名の審査員がうなずいた。
“中学生の範囲を越えている”と表情に出ている。
「データはクラウドソーシングで集めます。使う人が多いほど、情報が充実します」
駆はそこで深く息をつき、雪杜へバトンを渡す。
「では、利用シーンを寸劇にまとめました。ご覧ください」
会場に、微笑ましい期待が広がる。
――寸劇
咲良が空中にハンドルを描く仕草で前に出た。
「あれ?この道、大丈夫かな?」
そこへ御珠が、さーや様の佇まいをまとって登場する。
姿勢と視線だけで“別人”になれるあたり、演技力が妙に高い。
「待つのじゃ。そこは危険じゃぞ」
「え?」
御珠はスマホ(小道具)を取り出し、画面を示すように掲げる。
「ほれ、この赤い印……ここで車が止まっておるのじゃ」
「そなた、このまま進めばスタックするであろう」
咲良が大げさに胸を押さえる。
「ほ、本当だ!助かった!ありがとう、さーや様!」
御珠は小さく笑い、袖口を揺らした。
「ふふ……運命は変えられるのじゃよ」
会場から自然と拍手と笑い声がこぼれる。
審査員の表情も柔らかくなった。
――リアルタイムデモ
雪杜が前に出る。
「それでは、実際のシステムのデモをご覧ください」
駆がスマホを手に、短く拳を握った。
「行ってきます!」
会場の扉に向かって駆け出す。
「「え!?」」
観客がざわつく。
客席の端から朝霧が声を飛ばす。
「頑張れー!」
会場が少し湧いた。
雪杜が指し示したプロジェクターに、一本の線が伸び始める。
「彼が今、体育館の周りを走っています。
ご覧ください、マップ上にリアルタイムで軌跡が……」
審査員の一人が身を乗り出した。
「おお!」
さらに、通報ヶ所が赤丸で浮かび上がる。
後列の生徒たちからも歓声が上がった。
「このように、実際に車が通った道のデータを可視化できます」
数分後。
息を切らした駆が戻り、画面の線も体育館へ回帰する。
「はぁ……はぁ……」
雪杜が駆を受け止めるように笑った。
「お疲れ様。ご覧の通り、リアルタイムでGPSデータを取得し、マップに表示できました」
大きな拍手が場を満たす。
――インセンティブ説明
咲良が元気に前に立つ。
「でも、アプリをいちいち起動するのって面倒ですよね?」
「だから、インセンティブを用意しました!」
スライドが軽快に切り替わり、咲良が説明を続ける。
「まず、ポイント制。データを提供するとポイントが貯まり、自治体と協力して商品券に交換できます」
「次に、SNS連携。スタック情報がSNSで共有され、『いいね』がつくと、自己顕示欲を満たせます!」
「さらに、ゲーミフィケーション。走行距離でレベルアップしたり、ランキングで競えます!」
「最後に、社会貢献。『あなたのデータで○○人が助かりました』と表示されます!」
会場が再び湧く。
“ゲーム好きな中学生”の心を掴んだ瞬間だった。
――課題と今後の展望
雪杜が最後のスライドを示す。
「ただし、課題もあります」
事実を誠実に伝える声だった。
「GPSには誤差があり、表示位置が実際の道路から数メートルズレることがあります」
「今後の改善として、マップマッチング技術を導入し、GPSデータを道路に吸着させることで、より正確な表示を目指します」
「また、アプリを停止し忘れて、家にいる場合にスタック判定される問題もあります」
「これはAIで自動判定するなど、今後の課題として取り組みます」
正直さが、そのまま信頼に変わっていく。
――まとめ
史が一歩前へ出る。
落ち着いた声は、聞く人の背筋を自然に伸ばす。
「以上、私たちのシステムは完璧ではありませんが、青森の雪問題を解決する第一歩になると考えています」
「ご清聴ありがとうございました」
五人がそろって一礼した。
会場から、ひときわ大きな拍手が返ってくる。
――質疑応答
審査員が次々と質問を投げる。
そのテンポは、中学生へのものとは思えない本気度だった。
「実際に自治体と協力する計画はありますか?」
史がすぐに答える。
「今回はアイデアの提案段階です。
実際に使うには、自治体や専門家の協力が必要になると思います」
雪杜が補足する。
「でも、こういったシステムが普及すれば、雪国の人たちの助けになると信じています」
「なるほど。現実的な回答ですね」
別の審査員が駆へ向ける。
「加速度センサーのデータは、どのように分析しますか?」
「現状は、閾値を超えたら『ボコボコ道路』と判定する単純なロジックです。
将来的には、機械学習で道路品質を自動評価できればと考えています」
審査員の口元が笑みを含む。
「リアルタイムデモ、素晴らしかったです。
データ収集のインセンティブ設計もよく考えられていますね」
咲良が嬉しそうに会釈した。
「ありがとうございます!」
「それでは、以上です。お疲れさまでした」
五人は静かに退場した。
―――
席に着いた瞬間、咲良が背もたれにどさっともたれかかった。
「終わったー!!」
その一声で張りつめていたものがほどけ、雪杜は思わず笑ってしまう。
「お疲れ様」
駆は椅子に腰を落とし、額の汗をタオルで拭きながら小さく息を吐いた。
「……はぁ、疲れた」
史がペットボトルを差し出しながら、優しく声をかける。
「駆くん、よく走りましたね」
御珠も椅子を近づけ、誇らしげに頷く。
「駆、お疲れなのじゃ」
駆は二人の言葉に少し照れたように目を伏せた。
そこへ朝霧が歩いてきて、五人の肩をぽんと叩く。
「お疲れー!いい発表だったぞ!」
咲良は笑顔を浮かべながらも、指先をそわそわといじる。
「でも、優勝できるかな……」
その不安を、朝霧は苦笑混じりに払った。
「分からんが、お前らは全力でやった。それでいいだろ」
雪杜は深く息を吐き、ようやく肩の力を落とす。
「……そうだね」




