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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第20話 夏の約束

昼休みの喧騒が、1組の教室にゆるく広がっていた。

期末テストが終わり、夏休みを目前に控えた教室には気の抜けた笑い声が混じる。

机の上には食べ終えた給食の食器が残り、友達同士の談笑があちこちで弾んでいた。


「雪杜ー!プリンくれよー!」


颯太が空になった牛乳パックを振りながら叫ぶ。

雪杜は呆れたように眉をひそめる。


「え!?あげるわけないのだが!」

「ケチ」

「無茶ぶりしすぎだろ……」


駆が肩をすくめ、三人のいつもの掛け合いが流れていく。


そのとき、

ガラリ、と教室の扉が開いた。


教室のざわめきが揺れ、視線が一斉に扉へ向く。


「え……?」

「三年生?」

「生徒会長だ!」


後方から小声がいくつも重なる。

早川が背筋を伸ばし、目を見開いた。


「立花先輩……!」


立花 蒼が《あおい》が教室へ入ってくる。

整えられた姿勢と迷いのない歩み。

その足取りに合わせるように、ざわめきが静まっていく。


最初に立ち上がったのは澄香だった。

目を輝かせ、勢いよく駆け寄る。


「蒼先輩!」


蒼は柔らかく応じる。


「澄香、元気にしてた?」


「はい!」


続いて透が立ち上がり軽い会釈をした。

騒がしい教室の中で、その動きだけが落ち着いている。


蒼も軽く頷く。


「透も。相変わらず真面目そうだね」


「……はい」


澄香が首をかしげる。


「どうしたんですか?突然」


雪杜はやり取りを眺めながら、心の中でつぶやく。


(へー……如月さん達の知り合いか)


蒼は教室を見渡し、その視線を止めた。


雪杜だ。


「期末で澄香に勝った優秀な人材がいると聞いてね」


澄香の瞳がわずかに揺れる。


雪杜の心が警鐘を鳴らす。


(……なんか嫌な予感)


蒼が歩み寄り、雪杜の前で立ち止まる。


「君が天野 雪杜くんだね」


教室のざわめきが再び広がる。

集まる視線に、雪杜の肩が強張った。


「……いいえ」


「はっはっは。冗談がうまいね。

 そう身構えないでくれ」


「はい……」


横から澄香が一歩踏み出す。


「天野くんに何か用ですか?」


蒼は穏やかな笑みを保ったまま答えた。


「お願いがあってね」


雪杜との距離を詰める。

その一歩で、教室のざわめきが引いていく。


「文化祭の準備を手伝ってくれないか?」


「……え?」


「今年の文化祭は、学校として創立100周年記念行事の一環にする方針なんだ。

 規模を広げる分、準備も膨大になる。

 そこで手伝ってくれる人を探しているわけさ」


雪杜の喉がわずかに上下する。


「あの……僕は……」


「夏休みに何日か出てくれればいい。

 澄香と透も手伝う予定だ」


二人が迷いなく頷く。


(面倒だな……

 御珠と過ごしたいのに……咲良も毎日来そうだし……)


「その……僕、そういうのやったことないですし……」


「仕事は選べる。

 君の得意なことを任せる」


雪杜が言葉を続けようとした瞬間、蒼が遮る。


「ところで、天野くん」


「……はい」


蒼がさらに近づき、声を落とした。


「空き部室」


雪杜の肩が跳ねる。


「勝手に使ってるよね?」


背中を汗が伝う。


(バレてた……!)


「知らないとでも思った?」


言葉が出ない。

喉が固まる。


蒼は一度距離を取り、笑みを浮かべる。

目は動かない。


「あの部屋、正式申請されてないよね?」


胸の奥がきしむ。


御珠の言葉がよぎる。


『静かなので落ち着くのじゃ』


(……御珠のお気に入りの場所……!)


蒼の声がやわらぐ。


「手伝ってくれたら、正式に通す」


(……選択肢、ないじゃないか……)


教室の物音がやけに遠く聞こえる中、雪杜は息を整え、答えた。


「……わかりました」


蒼は満足げに頷く。


「よろしく、天野くん。

 詳しい日程は後日連絡する」


澄香と透に向き直り、手を振る。


「じゃあね、澄香、透」


「はい!また!」

「……はい」


蒼が教室を出ていく。

透の視線が、その背中を追う。


それに気づいた澄香の瞳が、わずかに陰る。


教室には、先ほどの笑い声が戻り始める。


「雪杜、生徒会の手伝いだって!すげぇな(めんどそうだけど)」

「天野くん優秀だもんね……(めんどそうだけど)」

「立花先輩、カッコよかったぁ……(天野くん大変そう)」


声が重なる中、雪杜は深く息を吐いた。


(……御珠のためだ)


―――


放課後のPC室には、パソコンの低い駆動音が続いている。

窓から差し込む西日が机の端を照らし、画面の縁を赤く染めていた。

机を囲むのは、雪杜、御珠、咲良、駆、史の五人だ。


咲良が椅子を回し、身を乗り出す。


「それで?昼休みに何があったの?」


「あー……生徒会長が来てさ」


「生徒会長……?」


咲良が首をかしげると、雪杜は肩をすくめた。


「夏休み中に文化祭の準備を手伝ってくれって」


「え、雪杜が?」


「学年1位になったことで目をつけられた」


「……面倒そうだな」


駆が即答し、雪杜は頷く。


「それな」


息を吐き、雪杜は視線を机へ落とす。


「でも、手伝ったら空き部室を正式に使えるようにしてくれるって」


「ほぅ……」


御珠の瞳が細められる。


「それはいいね!」


咲良は素直に喜ぶ。

しかし御珠の胸中には別の思いが芽生えていた。


(じゃが、せっかくの休みに雪杜と離れてしまうのう)


すぐに御珠が口を開く。


「妾も行くのじゃ」


「え?」


咲良も身を乗り出す。


「私も行く!」


「いや、でも……」


雪杜が言いよどむと、二人は畳みかける。


「そなた一人では大変であろう?」

「そうだよ!手伝うよ!」


逃げ道を塞がれ、雪杜は観念する。


「……先輩に聞いてみるよ」


視線を横へ移し、史に声をかける。


「史先輩。立花先輩って、どんな人ですか?」


史は姿勢を正し、落ち着いた声で語り出した。


「昔からカリスマ性がありました。

 小学校でも児童会長を務めていましたので、皆さんもご存じのはずです」


その言葉のあと、机を囲む四人の動きが止まる。


(まったく記憶にない……)

(そうだったか?)

(?)

(えっと……)


視線が交差し、全員の結論が一致した。


史の目が細くなる。


「……」


「あー……いや……」

「ごめんなさい……」

「妾も……」

「……お、俺は知ってますよ(知らない)」


駆だけが虚勢を張り、椅子がきしむ。


史は小さく息をつく。


「……まぁ、同学年以外に関心が向きにくいのも無理はありません」


声を整え、続ける。


「厳しいですが公平な方です。信頼も厚いですよ」


雪杜がうなずく。


「なるほど……」


「如月さんと真壁くんと一緒にいる姿をよく見かけました」


咲良が目を丸くする。


「へぇ……」


「良き先輩、ということじゃな」


史は頷いた。


「そうですね。生徒会選挙も圧勝でした。

 皆さんも投票したはずです」


再び、四人の動きが止まる。


(なんとなく投票した気がする……)

(なんとなく投票した気がする……)

(選挙とはあの五月蠅うるさい車のことか?)

(なんとなく投票した気がする……)


史は机のキーボードへ視線を落とす。


「……もう結構です」


「なんかすみません……」


雪杜が頭を下げた。


(夏休み、忙しくなりそうだな……)


―――


文化祭の話題が一段落し、PC室には落ち着きが戻っていた。

キーボードの打鍵音も途切れ、画面の光だけが机を照らしている。


ガラッ。


勢いよく扉が開き、吉川先生が入ってきた。


「おう、全員いるな」


突然の登場に雪杜が目を丸くする。


「あれ?吉川先生?」


「なんだ気づいてなかったのか。

 俺がPC部の顧問だぞ?」


「え」


去年のハッカソンで見かけた姿が、遅れて結びつく。


(そうだったのか)


去年のハッカソンは三年生主体で、吉川が前に出る場面はほとんどなかった。

雪杜にとっては、その場に立っていた教師という印象しか残っていない。


吉川は腕を組む。


「まぁいい」


そして告げた。


「今年もハッカソン、やるぞ」


その言葉に、雪杜、御珠、咲良、駆、史の五人が動きを止める。


「去年と同じ、一泊二日の合宿だ。

 参加費は三千円。大学キャンパス内の宿泊所を使う。

 夕食と朝食は出る。作業は夜二十二時まで。

 テーマは当日発表。今年は……事前情報がない」


説明が続くあいだ、五人の視線が交差する。


(去年……)

(あの……)

(地獄……)

(えっと……)

(ふむ。咲良と抱き合って眠ったのじゃ)


吉川は締めくくる。


「参加は自由だが、各学年から一組は出てほしい。

 応募締切は終業式までだ。以上解散!」


言い終えると、そのまま出ていった。


誰もすぐには口を開かない。


「どうする?」

「どうと言われてもな……」


雪杜が尋ねると駆が頭をかく。

史は小さく息をついた。


五人の脳裏に、去年の記憶が押し寄せる。


――時間に追われながらの作業。

――深夜までコードを書き続ける先輩。

――寸劇で御珠が“さーや様”を演じた混沌。

――そして、完成の瞬間。


駆がつぶやく。


「……きつかったな」

「……ですね」

「うん……」


史と雪杜も頷く。


咲良が天井を見上げる。


「夜、暑かったなぁ……」


御珠は口元を緩める。


「咲良……尊いのじゃ」


空気が重くなりかける。


だが、雪杜の胸に別の記憶が浮かぶ。


――システムが動いた瞬間。

――優勝を告げられた歓声。

――改札口で史が言った『また、やりましょう』の言葉。

――それに応えた自分の声。


胸の奥がわずかに熱を帯びる。


「……やるか」


雪杜が言う。


駆が息を吐き、史が頷いた。


「そうだな……」

「また、と誓いましたしね……」


咲良が顔を上げる。


「雪杜。またやるのね!」


御珠も胸を張る。


「妾もさーや様をやるぞよ」


一瞬、四人の視線が御珠に集まる。

だが誰も止めない。


五人は顔を見合わせ、笑う。


「よし!今年も!」

「ああ、優勝目指すぞ」

「ええ。記録、しっかり残しますね」


笑い声が白い壁に跳ね返る。


(夏休み……休んでいる暇あるのかな)


予定は詰まっている。

それでも、かつて引きこもっていた頃とは違う。


自分の隣には仲間がいる。

未来を一緒に決めている。


その事実が、胸の奥で確かな重みを持った。

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