第21話 二度目の夏、揺れる未来1
朝の駅前には、真夏特有のむっとした空気が漂っていた。
薄い光が広がる中、雪杜たち五人がそれぞれリュックを背負って集まってくる。
咲良が大きく欠伸しながら手を振った。
「おはよー!眠いー!」
雪杜は小さく笑い、肩のストラップを直しながら応じた。
彼の声には、まだ寝起きの柔らかさが残っている。
「おはよう。早かったね……」
駆はいつもの無表情で軽く顎を引いた。
「……おす」
史は背筋を伸ばし、柔らかく会釈する。
「おはようございます」
御珠は、真夏の朝の湿った空気に負けないほど透明感のある声で挨拶を響かせた。
制服姿のままなのに、どこか神々しい。
「おはようなのじゃ!」
咲良が御珠の顔を覗き込み、目を丸くする。
「御珠ちゃん、元気そう」
御珠は胸を張り、誇らしげに顎を上げた。
「妾、朝は得意じゃでの」
そこへ足音が重なっていく。
制服の色が揃った一年生たちのグループが走り寄ってきた。
Aチームの三人(男二・女一)と、Bチームの男子三人だ。
後輩が、眩しいほど元気に声を上げる。
「あ!先輩!おはようございます!」
雪杜は驚いたように瞬きしてから、優しく返した。
「あ、おはよう」
すぐ横から、別の一年男子が勢いよく割り込む。
「先輩たち、去年優勝したんですよね!すごいです!」
駆はわずかに目をそらし、照れ隠しのように短く返す。
「……まぁな」
一年女子も両手を握って前へ乗り出した。
「私たちも頑張ります!」
咲良が手をぱんと叩き、鼓舞するように笑う。
「おー、元気だねー!一緒に頑張ろう!」
史は落ち着いた声で全体を見渡す。
「今年は一年生の参加が多いですね。去年はあなた達だけだったのに」
駆が肩を軽くすくめた。
「女子もいるのが驚きだよ。まぁこっちも三人いるんだけど」
雪杜は自分たちに向けられる視線を、少し気恥ずかしく思いながら呟く。
「僕たちが優勝しちゃったせいなのかな。
ちょっとこれからのことを思うとかわいそうかも」
駆は淡々とした声で返した。
「まぁ気にするな」
その時、駅前のざわめきを切り裂くように、吉川先生の声が響く。
「よーし。全員いるなー。
じゃあ電車乗るぞー」
生徒たちは一斉に返事し、雪杜たちも荷物を持ち直す。
朝の陽に照らされるホームへと、ぞろぞろ歩き出した。
靴音と気配が重なり、長い一日の始まりを告げていた。
―――
バスの扉が開いた瞬間、湿った夏の匂いを含んだ風がどっと流れ込んできた。
目の前には、去年と同じ大学キャンパス――広い芝生、背の高い校舎、そして体育館が並んでいる。
咲良が大きく背伸びしながら声を上げた。
「着いたー!やっぱり大学って広いね!」
荷物を肩に掛け直しながら、雪杜はキャンパスをゆっくり見回す。
懐かしさと緊張が同時に胸を揺らした。
「去年も来たけど、やっぱりすごいな……」
駆は体育館の大きな影をじっと見つめ、短い息を吐く。
「……始まるな」
史は柔らかく微笑み、記憶を辿るように頷いた。
「去年のこと、思い出しますね」
御珠はスカートの裾を整え、やや背筋を伸ばして凛とした声を出す。
「わたくし、今年もここで頑張ります」
咲良がひそひそ声で御珠の横に寄り、肘で軽くつつく。
「御珠ちゃん、お清楚モード入ってるね」
御珠は眉一つ動かさず、しかし声を潜めて返す。
「他校の者もおりますゆえ」
雪杜はその会話を聞き、胸の奥でそっと思う。
(御珠。無理しないでね)
体育館前まで歩くと、受付の机が見えてきた。
スタッフが笑顔で迎え、名簿を手元で確認している。
「篠見中学校の皆さんですね。男子はこっちの棟で、女子は向こうの棟になります」
分かれ道を示す指先の向こうに、見慣れた去年のルートが伸びていた。
咲良が軽く手を振り、明るく言う。
「ここら辺も去年と同じだね。じゃあまた後でね」
御珠は丁寧に会釈し、静かな声で返す。
「また後で、ですわ」
雪杜も軽く頷いた。
「後で」
三人が別方向に歩き出していく。
その背中を見送りながら、雪杜は小さく苦笑した。
(語尾がぶれぶれだな、大丈夫かな)
今年も、こうしてハッカソンが始まる――そんな実感が胸に染み込んでいった。
―――
男子棟の部屋に入ると、薄い床材がわずかにたわむ音を立て、扉が開いた。
中は白い壁とスチールフレームの二段ベッドが三台、詰め込まれた倉庫みたいに並んでいる。
冷房の匂いと洗剤の残り香、それに汗の混じった合宿所の気配が、去年の記憶をそのまま引っぱり出した。
雪杜は荷物を下ろし、部屋を見回しながら呟いた。
「去年と同じだね……」
駆も同じ景色を確認し、小さく頷く。
「同じだな」
後ろから、遠慮がちな声が聞こえた。
今年同行してきた一年生のひとりが、控えめに手を挙げる。
「先輩たち、どこに寝ますか?」
雪杜は奥の二段ベッドの上段を指差した。
「こっちのベッドの上に寝るよ」
駆はその下段の枠を軽く叩いて見せる。
「じゃぁ俺はその下で」
一年たちは安心した様子で、反対側のベッドへ荷物を移し始めた。
「わかりました。俺たちこっちにしますね」
荷物が並び始めると、部屋は合宿らしい雑多な気配に戻っていく。
雪杜は周囲を見渡しながら呟いた。
「今年は五人か」
駆は肩を回しながら言った。
「一応、同じチームと学校が一緒になるように配慮はしてくれてるみたいだな」
その言葉に、一年前の光景が自然と胸へよみがえってくる。
―――
女子棟の部屋は、男子側より少し広く、柔らかい香りが漂っていた。
二段ベッドが四台、整然と並び、壁際には小さな棚が付いている。
咲良は荷物を下ろすと同時に、両手を広げるように室内を見渡した。
「わー、女子部屋!去年よりちょっと広いかも?」
史も窓のほうへ目を向け、小さく微笑む。
「そうですね」
御珠はすぐに咲良の隣へ歩き、当然のように言った。
「妾、咲良と同じ二段ベッドにするのじゃ」
咲良は照れくささを隠しきれないまま笑みを返す。
「もちろん!」
そして、少しだけ声を落として呟いた。
「……今年も一緒に寝るの?」
御珠は嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。
その表情に、咲良の胸がふっと温かくなり、頬が赤くなる。
「じゃぁ私下ね」
「妾、上じゃな」
二段ベッドの場所が決まったころ、一年の女子が戸口から遠慮がちに近づいてきた。
手に持ったハンカチで汗を拭きながら、勇気を出すように声をかけてくる。
「あの……春原先輩って、天野先輩とお付き合いしてるんですよね?」
咲良は振り返り、ちょっと照れ笑いを浮かべた。
「え?あ、うん。そうだよ」
その子は目を輝かせながら、小さく感嘆の声を漏らす。
「すごいです……」
そんな会話が弾んでいたところへ、賑やかな足音が飛び込んできた。
去年も顔を合わせた他校の女子三人が、勢いよく入室してくる。
咲良が弾む声で迎えた。
「あ!去年の!」
そのうちのひとりが手を振りながら笑う。
「やっぱり来てた。会える気がしたよ」
続いた子が、気恥ずかしそうに肩をすくめる。
「来ようか迷ったけど、また来ちゃったよ」
もう一人は御珠を見るなり瞳をキラキラさせて叫んだ。
「さーや様も久しぶり!」
御珠は、さーや様モードで返す。
「久しいの」
その瞬間、相手は腹を抱える勢いで笑い出した。
「っちょ!もうそれやってるの!?マジうける」
咲良は苦笑しながら彼女たちの輪へ入る。
「一緒に頑張ろうね」
三人の他校女子も明るく声を揃える。
「うん!頑張ろう!」
こうして女子部屋は、一瞬で去年の延長線みたいな賑やかさに包まれていった。
―――
体育館にはすでに多くの生徒が集まり、真夏の熱が天井付近にたまっていた。
汗ばむような蒸し暑さの中、ざわめきが絶えずうねる。
前方に立つ司会者がマイクを握る。
「皆さん、おはようございます。これより、ハッカソンを開始します」
ぱちぱちぱち、と拍手が広がる。
「今年のテーマは……『雪』です!」
ざわめきが起きる。
「具体的には『青森の雪問題』。青森の冬は厳しい。除雪が追いつかず、生活道路が使えなくなることもあります。
皆さんには IT を使って雪問題を支援する仕組みを考えてもらいます」
咲良が小声で身を寄せる。
「青森の雪……!」
雪杜も同じく小声で返す。
「今年ひどかったもんなぁ」
咲良がうなずく。
司会は淡々と続ける。
「各チームには PC を2台支給します。持ち込みは禁止。
2日間で完成させ、明日の午後に発表してもらいます。
発表時間は8分、寸劇は必須です」
会場のあちこちで小さな苦笑が漏れる。
「大学のボランティアがアドバイザーとして付いてくれます。
質問があれば気軽に声をかけてください」
「AI のアカウントも用意してあります。
どんどん使ってください」
そこからは雪の性質や除雪の問題点といった座学へ突入した。
スライドが次々に切り替わる中、雪杜が横目で御珠を見る。
机に突っ伏して、きれいに寝ていた。
雪杜(……また寝てる)
咲良は笑いをこらえるように肩を震わせ、史はやれやれと小さく息をつく。
駆は「想定の範囲内」といった表情で前を向いていた。
こうして、今年のハッカソンが静かに幕を開けた。




