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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第17話 月光の中で芽吹く選択

勉強会が終わり、教科書が閉じる音や椅子を引く音が部室に重なっていく。

帰り支度のざわめきの中、咲良が雪杜の腕を軽く引いた。


「ねぇ雪杜。この後、家に行っていい?」


雪杜は振り向き、少し困ったように眉を寄せる。


「咲良?帰るの遅くなっちゃうよ?」


咲良は視線を落とし、胸の前で指を握りしめた。


「いいの。……今のままだと、気持ちが落ち着かないから」


その言葉の重さに気づき、雪杜は静かに頷く。


「……分かった」


横で荷物をまとめていた御珠も、咲良へ視線を向けた。


「……咲良よ」


咲良はまっすぐ御珠を見返す。


「御珠ちゃんも。大事な話だから」


──天野家・居間。


春用の薄いラグに、ちゃぶ台。

三人が正面を向き合うように座ると、外の風の音まで届きそうなほど部屋は静かだった。


咲良の表情は真剣に張り詰めている。


「雪杜。あの勉強法……やっぱり普通じゃなかったよね?

 颯太も駆くんも“極端すぎる”って言ってた。

 私もそう思う」


「あの遠足の日に何かあったんでしょ?教えて」


雪杜は隣の御珠を見る。

御珠が小さく頷いた。


雪杜は深く息を吸う。


「これは……御珠の根源に関わる話になる……

 絶対に口外禁止」


咲良は迷いもなく言葉を返す。


「大丈夫。私、眷属だし」


覚悟の合図を受け取り、雪杜はついに真実を開いた。


「御珠には……思考の制限がある」


「思考の制限……?」


咲良の声が震える。


雪杜はゆっくりと言葉を紡いだ。


「あの日、御珠に一緒の高校に行こうって言ったんだ。

 でも出来ないって……」


「なんで……?」


「御珠は深く考えることができない。

 暗記はものすごく得意だけど、論理的に考えることを本能が拒否する。

 数学や理科の原理に踏み込むのがどうしてもできない。

 頑張っても、どうにもならないんだ……」


咲良は息をのんだ。


「そんな……」


そのまま御珠へ視線を向ける。

御珠は静かにその視線を受け止めた。


「雪杜の言う通りじゃ。

 妾の脳は記憶に特化しておる。しかし深く考えることを、本能が拒むのじゃ」


「……そなたらと同じように考えることができぬ。それが……悔しいのじゃ」


咲良の瞳が揺れ、胸の奥がきゅっと締まる。


「……何それ……

 まるで上で誰かが“考えさせないように”してるみたいじゃない……」


雪杜は唇をかむ。


「呪いもあるし、御珠が“神様”って事実そのものがもうファンタジーだから……

 そういう力が働いてるのかもしれない」


咲良は震える声で呟いた。


「御珠ちゃん……そんな制約が……」


雪杜は続ける。


「だから、あの勉強法なんだ。御珠に合った方法でやるしかない」


咲良は一度下を向き、ぎゅっと拳を握ってから顔を上げる。

瞳に強い光を宿して。


「……わかった。私もできる限りフォローする。

 雪杜一人になんてさせない。三人で頑張ろう?」


「咲良……ありがとう」


咲良はそっと手を伸ばし、御珠の手を包むように触れた。


「御珠ちゃん。私たち、味方だからね。

 雪杜一人に背負わせないよ。三人で、進んでいくんだよ」


御珠はその手を握り返し、柔らかい笑みを浮かべる。


「……ありがとうなのじゃ、咲良よ」


雪杜は二人を見つめながら、胸に熱が灯るのを感じていた。


(咲良……御珠……僕は二人に救われてばかりだ……)


咲良も心の中で静かに呟く。


(御珠ちゃんにそんな制約があるなんて……

 それでも……御珠ちゃんは御珠ちゃんだよ)


(私たち三人で……支えていくんだ)


──静かで温かなものが、三人の間に満ちていく。


―――


教室。

午前の光が差し込み、ざわつきが広がっていく。


吉川先生が成績表の束を片手に前へ立った。


「はい、じゃあ成績表渡すからなー」


配られた紙を受け取り、雪杜は静かに目を走らせる。


(8位か。途中まで勉強さぼってたから、こんなもんか。

 期末はもっと上げれそうだ)


(御珠はどうだったんだろう)


胸の奥にかすかな焦りが浮かぶ。


―――


数分後、廊下。

掲示板には学年順位表が貼り出され、すでに人だかりができていた。


澄香が前に立ち、じっと順位を見つめている。

透が隣に寄り添うように立った。


「……」


その無言を割るように、透が声を落とす。


「澄香、今回も1位おめでとう」


澄香は視線を動かさず、ある一点を見たまま呟いた。


「天野くん……8位……」


透は順位表を一瞥して頷く。


「天野、20位くらいまで下げてたのにすごいね」


澄香の視線がかすかに揺れた。


「……隠すことをやめたのね」


「澄香の言葉が効いたみたいだね」


その一言に、澄香の拳がゆっくり握られる。


(きっと期末試験は本気でくる。覚悟しないと)

(……負けられない)


透がその変化に気づく。


「澄香?」


「……何でもないわ」


澄香は順位表に視線を戻し、静かに闘志を燃やす。

周囲のざわめきとは別の静けさが、彼女の中だけで熱を帯びていった。


―――


放課後の天野家。

ちゃぶ台を囲むように三人が座り、成績表を並べる。


雪杜が成績表を指し、そっと御珠へ向き直った。


「御珠、テスト結果どうだった?」


御珠は得意げに胸を張り、紙をひらひらと持ち上げる。


「ふふん。見るかえ?」


そこには数字が並んでいた。


国語:65

社会:100

数学:8

理科:40

英語:38

合計:251

順位:82


雪杜は思わず声を上げた。


「すごい!社会100点じゃん!」


「妾、頑張ったのじゃ」


御珠は嬉しそうに微笑む。


咲良も身を乗り出した。


「御珠ちゃん!すごい!」


しかし次の瞬間、雪杜の表情がわずかに曇る。


「でも合計は251点か……順位も82位……」


胸の奥へ、言葉が落ちていった。


(社会が100点。これ以上は望めないってことか。

 このままだと進学校は厳しいかもしれない……特に数学が壊滅的だ……)


その影を感じ取ったのか、御珠がそっと雪杜の顔を覗き込む。


(雪杜よ……すまぬのじゃ……)


場を動かすように、咲良が成績表を掲げた。


「私はねー。じゃーん」


合計:332

順位:30位


「おー!そこそこの成績!」


雪杜が素直な声を上げる。


咲良はふふんと鼻を鳴らした。


「そうでしょ。雪杜は?」


「僕は……」


合計:387

順位:8位


咲良の目が丸くなる。


「え。すご」


「そう?期末はもっと上げるよ」


雪杜は淡々とした口調だが、言葉の端に芯がある。


咲良は逆に焦ったように叫ぶ。


「え、手を抜いてこれってこと!?」


「前半さぼってたから。

 御珠にも言われちゃったからね……手を抜くのは許さないって」


「うむ。妾のために道を曲げることは許さぬ」


御珠は誇らしげに腕を組む。


咲良はふと御珠の成績表を見つめ、目を伏せた。


「しかし、合計251点だと……進学校は厳しいよね……」


その指摘に、雪杜はゆっくり頷く。


「……そうだね。でも、進学校だけが道じゃないよ」


御珠が少し肩をすぼめる。


「妾が……足を引っ張っておるようで、申し訳なくなるのじゃ……」


雪杜は即座に首を振った。


「御珠、謝らないで。御珠は本当に頑張ってるよ」


咲良も優しく続けた。


「そうだよ!御珠ちゃんの100点、すごいもん!」


咲良は三人の手元を見つめながら、ゆっくり言葉を置く。


「ほら、まだ一年あるし。推薦でも、別の方向でも……

 御珠ちゃんに合う道を一緒に探そう?」


「うん。三人で……探してみよう。絶対に、道はある」


雪杜の声は静かだが、揺れない。


御珠の瞳がゆっくりと和らいだ。


「……そなたらと共に歩める道が、あるのじゃな」


雪杜はその思いを受け止めるように頷く。


「三人で進める道を見つけたい。その気持ちは変わらないよ」


咲良も同じ重さを乗せて返した。


「うん……三人で頑張ろうね」


ちゃぶ台を囲む三人は、静かに頷き合った。


未来はまだ決まっていない。

だが、三人で歩くという意思だけは、揺らぎなくそこにあった。


―――


──天野家・夜。


薄暗い寝室。

窓から差し込む月光が、御珠の髪の縁を静かに光らせていた。

隣では雪杜が布団の中で穏やかな寝息を立てている。


御珠は天井を見つめる。


(……二百五十一点、か)


その数字が胸に落ち、瞼が静かに伏せられた。


(妾がふがいないばかりに……雪杜よ、すまぬのじゃ)


ゆっくりと雪杜の方へ向き直る。

無防備に眠る横顔が、月の光を柔らかく反射していた。


御珠は指先で、その頬にそっと触れる。


(雪杜は……進学校を目指しておる。

 それが一番雪杜の将来の幅を広げる。最も適した選択じゃ)


(しかし、妾は、その道に並び立つことができぬ)


まつげが細かく震え、御珠は静かに息を吐く。

そして、別の扉を押し開くように――ひとつの想像が浮かんだ。


(……では、妾がそなたらとは“別の学校”に行ったとしよう……)


その先は、これまで手を伸ばしたことのない景色だった。


(いまの学校では、咲良の邪魔をせぬよう距離を置いておる)


(しかし違う学校であれば……妾は妾のまま、好きに振る舞える)


その瞬間、胸の奥で何かがひっそり動いた。

御珠の呼吸がわずかに止まる。


(……雪杜と咲良の学校生活も、妾がいなければ乱れぬ?)


(それに……)


御珠は静かに雪杜へ視線を落とした。


(家は同じじゃ。夜になれば必ず逢える。朝も共に起きる)


(……ならばむしろ……やりやすいのではないか?)


月光の中で、御珠の口元にかすかな自嘲が浮かぶ。


(妾は……何を考えておるのじゃ)


(雪杜は妾と同じ学校を望んでおる。勝手に道を定めてはならぬ)


御珠は枕の上で小さく首を振った。

浮かんだ考えを、胸の奥へ押し戻すように。


(……まだ早い。まだ決めるべき時ではないのじゃ)


(雪杜がどう歩むか……咲良とどんな未来を見るか……)


(妾はそれを見極めてから、己の道を決めればよい)


御珠はもう一度、そっと雪杜の寝顔を見つめた。

息遣いもまつげの揺れも、すべてが愛おしく思える。


(そなたが望む未来に、妾がふさわしい形で寄り添うために……)


御珠は静かに目を閉じる。

胸の奥に、小さな種のような覚悟が芽吹いていた。

それは誰にも言えぬ、まだ言葉にするには早すぎる秘密の想いだった。

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