表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
123/132

第16話 それぞれの未来図

空き部室は放課後の白い光に満たされ、机は八人分が島のように並べられていた。

部活の声が廊下の向こうへ遠ざかり、部屋にはページをめくる音が残る。


莉子が教科書を机に置きながら声を上げた。


「きょうから中間試験に向けて勉強始めるよ」


颯太が椅子を揺らしながら、不満そうに眉をひそめる。


「え?きょうだけじゃねーの?」


莉子はため息をつきながらも優しく笑った。


「せっかく部活も休みで、勉強しなさいってなってるんだから、ちょっとだけ頑張ろ?」


「しゃーねーな」


颯太はそう言ったあと、小さく顔をそむける。


「教室で会えないからちょっとでも会う時間増やしたいしな……」


その囁きに、莉子が頬を赤くして俯いた。


雪杜はノートを手元に揃え、皆の視線を集める。


「じゃ、始めよっか」


雪杜は御珠の隣へ椅子を寄せて座る。

机には社会の教科書と新しいノートが静かに置かれている。


「御珠、今回から勉強の仕方を変えるね」


御珠はわずかに首を傾け、真剣な瞳で雪杜を見る。


「……変える?」


「うん。御珠に合った方法、考えてきたんだ」


咲良はその会話に自然と視線を向けた。


(雪杜……こないだの遠足で何か分かったんだね)


雪杜は社会の教科書をそっと開く。


「まず社会から。御珠、これは得意だよね」


「うむ。歴史は妾の得意分野じゃ」


御珠は胸を張って答える。


「じゃあ社会は100点を目指そう。暗記だけで勝負できるから」


「……ひゃく、てん?」


御珠のまつげが小さく揺れる。


「うん。御珠ならできるよ」


その一言が落ちた瞬間、御珠は息を小さくのんだ。

長い睫がかすかに震え、頬が薄く色づく。


「……そなたがそう言うなら、頑張るのじゃ」


言い終えたあと、彼女は視線をそらした。

耳の先まで赤くなり、雪杜から逃げるようにノートを整える動きが、部屋の明るさの中に紛れていった。


雪杜はページを指で押さえ、次の科目へ移った。


「次に国語。これは漢字の読み書きだけに集中しよう」


御珠は考え込むようにまばたきをする。


「漢字のみ……」


「読解は……ちょっと難しいから、漢字で点を稼ごう」


「……わかったのじゃ」


御珠の声は素直だった。それでも喉の奥がわずかに詰まったようで、言葉が軽く擦れる。


雪杜は英語の教科書へ指を移す。


「英語は単語を中心に暗記しよう。文章問題はできるところだけ回答ってことで」


「単語を覚えればよいのじゃな」


「うん。御珠は暗記が得意だから、単語をたくさん覚えれば点数上がるよ」


御珠はこくりと頷いた。

横顔は真剣で、雪杜の言葉をそのまま受け止めている。


だが、次の科目に入った瞬間、机の上の空白が広がった。


「数学は……」


御珠は口を閉じた。

机の木目を見つめたまま、ゆっくり息を吸う。


雪杜はその反応を見て、言葉を置き直す。


「無理しなくていいよ。他の教科で頑張ろう」


「……すまぬのじゃ、雪杜よ」


「謝らないで。御珠は御珠のやり方でいいんだよ」


その言葉に、御珠は小さく肩をすくめて俯いた。


(妾は……雪杜の期待に応えたい……)


それでも顔を上げた彼女を見て、雪杜は次の道標を示す。


「理科はね、原理を考えなくていいから」


御珠は目を瞬かせる。


「原理を……考えなくてよい?」


「うん。水を温めると膨らむ。重いもの同士は引かれあう。現象の結果だけを覚えるんだ。なぜそうなるかは考えなくていい」


「……なるほど」


「まぁ実際、世の中、原理を突き詰めると量子力学とか謎の学問が出て来るから、この勉強方法は間違いじゃない。

 重力が何なのか答えられる人はいないんだ。

 ただ、物理系は計算が出て来ることがあるから、これは捨てる。

 化学の元素記号の暗記とか、生物学ならいける」


御珠は静かに頷く。


「ふむ。分かったのじゃ」


そして――ふと、彼女の視線が雪杜へ吸い寄せられた。

長い睫が陰をつくり、まっすぐに心音だけを乗せてくる。


「雪杜よ……」


「ん?」


「そなたは……妾のことを、よく理解してくれておるのじゃな」


雪杜は照れるように息をのみ、小さく笑った。


「……当たり前だよ。御珠のこと、ちゃんと見てるから」


その二人のやり取りに、横から不意に声が割り込む。


「なぁ、ちょっと極端過ぎないか?」


駆が椅子に背を預けながら眉を上げる。


「いいんだ。御珠が学力を伸ばすにはこの方法しかない」


颯太も不満げに口を挟む。


「ちょっと御珠を馬鹿にしすぎじゃね?」


雪杜は言い返せず、唇を閉じたまま目を伏せた。

――思考制限のことは言えない。


だが、御珠が静かに首を振る。


「よい。雪杜の言ってることは正しい。

 妾の脳は記憶に特化しておるでの」


「まぁ御珠がそう言うならいいけど」


颯太は引っ込んだように見えるが、少し不満気な顔だった。


少し離れた席で、咲良は二人をじっと見つめていた。


(やっぱり何かあったんだ……あとで問い詰めなくちゃ)


―――


勉強会が一段落し、机の上のページをめくる音がゆっくり薄れていく。

その静けさの中で、雪杜はふと史へ視線を向けた。


「そういえば史先輩、進路って決まってます?」


史は胸元でペンを止めたまま、目を丸くする。


「え……まぁ……」


そのまま隣の駆を見る。

駆が短くうなずいた。


史は息を吸い、言葉を落とした。


「私たちは商業高校に行こうと思ってます」


「……たち?」


雪杜の声が自然と低くなる。

視線が駆へ向いた。


史は手元をぎゅっと握りしめながら続ける。


「私の家は……あまり裕福ではありませんので、早く働きたいんです。

 商業高校なら高卒でもいい就職先がありそうですし……」


「俺も商業に決めた」


駆が淡々とした声で言う。


教室の隅にいた颯太が、勢いよく椅子をきしませた。


「えぇっ!?駆、お前商業なの!?」


咲良も驚きを隠せない。


「駆くん……」


雪杜も率直に胸の内を漏らす。


「駆は工学系に行くと思ってた……」


駆はそのまま机に肘を置いて語り始めた。


「そうだな。

 普通高から工学系の大学へいくことも考えたんだが、プログラマーで食って行こうと思ってな」


「だったら工業高校の方が合ってるんじゃ?」


雪杜は疑問をそのまま口にする。


駆は首を横に振った。


「その線も考えた。

 確かに、工業高校の方が高度なプログラムスキルを得られるかもしれない。

 でもな、プログラミングって割と独学でどうとでもなるんだ。

 ハッカソンで学んだ」


「なるほど?」


雪杜が息を呑む。


駆は指先で軽く机を叩きながら続けた。


「で、商業にも情報系の学科があるんだよ。

 工業ほど、専門的なことは学ばないみたいだけどな。

 そこから情報系の大学も十分目指せる」


「だからプログラミングは独学でやる」


「史といるほうが大事だ」


その直球の言葉に、部屋の空気が張った。

六人分の視線が一斉に駆へ吸い寄せられ、部室の熱が一段上がる。


颯太が机に手をつきながら身を乗り出す。


「えっと結婚すんの?」


莉子は口元を押さえ、肩を震わせる。


「もうプロポーズじゃん……」


華蓮はペンを置き、半眼で二人を見つめた。


「末永く爆発しろ」


その賑やかな波の中で、咲良は少し遅れて笑顔を浮かべた。

明るさの奥で、羨む色がわずかに揺れている。


咲良は史へ視線を向けた。


「史さん……駆くんと一緒の高校に……」


史は頬を赤らめ、小さくこくりと頷いた。


「はい……駆くんと、一緒に行ける道を選びました」


その言葉に重なるように、駆が史の手をそっと握る。

史が目を伏せ、耳まで赤く染まっていく。


雪杜は二人を見ていた。

手を繋ぐ距離。揺らがない未来への覚悟。


胸の内へ、言葉にならないものが沈んでいく。


(駆は……史さんと一緒にいるために、自分の進路を……)

(僕も……御珠と……)


考えが、じわりと心の奥へ広がっていった。


―――


史と駆のやり取りが落ち着いたところで、咲良がふと隣の二人へ視線を向けた。


「颯太と莉子は何か考えてる?」


颯太は椅子の背にもたれ、バスケットボール好きらしい能天気な笑みを浮かべる。


「俺?俺はバスケ強い高校がいいなー」


莉子は姿勢を正し、控えめに続けた。


「私は……進学校も視野に……」


颯太が即座に笑い声を重ねる。


「まぁまだ考え中かな!あと一年あるし!」


その軽さに、駆がじとっとした目を向けた。


「……楽観的だな」


颯太はむしろ誇らしげに胸を張る。


「いーじゃん!まだ中2だぞ?

 お前が先を見過ぎててビビったよ」


莉子の指先がそっと動く。


「颯太……」


颯太はその動きに気づくと、照れ隠しのように後頭部をかく。


「でも莉子と一緒の学校行けたらいいなー!」


「……そうだね」


莉子の声は静かで、そこに小さな甘さが混じった。


咲良はその二人を見て、口元をゆるめる。


(この二人は……マイペースだね)


―――


駆と史、颯太と莉子――

仲間たちそれぞれの“未来の形”が語られていく中で、咲良はそっと拳を握った。


そして勢いよく椅子から前のめりになる。


「私は……雪杜と同じ高校に行く!」


その宣言が、部室の空気を一気に塗り替えた。


「え?」


雪杜が驚いたように目を見開く。


咲良は胸の前で両手をぎゅっと握り、まっすぐに雪杜を見る。


「雪杜、進学校目指すんでしょ?私、頑張るから!」


さらにもう一度、強く自分を鼓舞するように。


「絶対雪杜と同じ高校行くんだから!」


その言葉に、雪杜は息を呑んだ。

まぶたを静かに伏せ、胸の奥へ何かをそっと落とす。


「咲良……」


その小さな揺れを、咲良が受け取ったかどうか――

隣で御珠が目を伏せた。言葉はないが、そこに複雑なものが滲む。


颯太が勢いよく笑い声を上げる。


「おー!咲良、やる気じゃん!」


莉子も目を丸くしながら、その決意に感嘆を漏らした。


「咲良ちゃん……すごい……」


咲良は雪杜を見つめ、微笑む。

まっすぐで、揺らがない瞳。


(雪杜と……一緒の未来……)


その思いが、胸の奥で静かに燃えていた。


―――


勉強会の熱気が落ち着いた頃、華蓮がふと御珠へ横目を向けた。

不機嫌そうな顔つきのままなのに、視線だけが落ち着かない。


「なぁ御珠」


御珠はペンを置き、首をわずかに傾ける。


「……何じゃ?」


華蓮は机に腕を組み、不器用なまま本題に入った。


「あたしと学力同じくらいだろ」


「……そうじゃな」


御珠は淡々と受け止める。


華蓮はそのまま言葉を重ねた。


「同じ学校行こうぜ」


その一言に、御珠の眉がわずかに揺れた。


御珠は瞬きの間に、先の景色を描きかける。


(……華蓮と?)


頭の中の華蓮は腕を組み、なぜか自信満々に笑っていた。


『なぁ、連れション行こうぜ』


(……ないな)


御珠はその想像を切り捨て、いつもの表情へ戻る。


「……考えておくのじゃ」


華蓮はその返しを受けて、肩がわずかに落ちた。


「……ふん。そうかよ」


そっぽを向くが、耳の先が少し赤い。

平気なふりをしているのが、逆に分かりやすい。


咲良が小さく声を漏らす。


「華蓮ちゃん……」


莉子も申し訳なさそうに眉を下げる。


「華蓮ちゃん、優しいね……」


華蓮は聞こえないふりのまま、シャープペンをカチカチ鳴らした。

乾いた音が、机の上に細い線を引くように続いていく。


―――


進路の話題がひと巡りし、部室に余韻が落ち着いたころ。

雪杜はそっと御珠の方へ体を向けた。


その瞳には迷いと、何かを掴みかけた光が宿っている。


「僕は……まだ将来のことは決められないけど、今は御珠の学力を伸ばそうと思う。

 できることからやる!」


御珠の目が揺れ、胸の奥へ言葉がすっと染みていく。


「雪杜よ……」


雪杜は続けた。

ゆっくり、でも確かに先へ線を引くような声で。


「一緒に、行ける道を“作れるように”」


その言葉を受け取った御珠は、息を止めてから、柔らかく微笑んだ。

頬の緊張がほどけ、雪杜にだけ向ける優しさがそこに滲む。


「……うむ。妾も頑張るのじゃ」


二人の間に、言葉では触れられない“お互いの未来を想う”気配が流れる。


その様子を、咲良は少し離れた席から見つめていた。

笑っているようで、胸の奥の揺れは隠しきれていない。


(雪杜……御珠ちゃんと一緒に……)


まつげがかすかに震え、咲良はノートへ視線を落とした。

未来への思いが交差し、部室の静けさがひとつ深くなった。


―――


少し静かになった部室で、颯太が背伸びしながら呟いた。


「なんかさー、みんな未来のこと考え始めてんだなー」


その言葉に、莉子が小さく微笑む。


「そうだね……」


駆は腕を組んだまま、いつもの無愛想な声で返す。


「……当たり前だろ」


華蓮は机に頬杖をつき、気怠そうに言った。


「まだ中2なのにな」


史はその場をやわらかくほどくように笑う。


「ふふ……でも、考えるのは悪いことじゃないですよ」


そのやり取りを見て、咲良は胸の前でペンを回しながら言った。


「そうだね。みんなちょっとずつ、未来のこと考え始めてるんだね」


雪杜はふと窓の外へ視線を向けた。

春の光がカーテン越しに揺れ、校庭の風が遠くでざわめく。


(僕も……御珠と咲良と……みんなと歩ける未来を……)


静かな決意が胸に落ちていく。


その横で、御珠もそっと雪杜を見つめていた。

長い睫の影が揺れ、瞳の奥にやさしい火が灯る。


(雪杜よ……妾は、そなたと共にありたいのじゃ)


言葉にしなくても伝わる熱が、二人の間に溶けていく。


突然、颯太が勢いよく立ち上がった。


「よっしゃ!じゃあ勉強頑張ろうぜ!!」


一同が笑いながら声を合わせる。


「おー!!」


机の上に新しいページが開かれ、鉛筆が走り始める。


明るく前向きな流れの中、八人はそれぞれの未来を見据えて――

再び、勉強会が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ