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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第3話 おうち改造計画1

体育館は冬の名残を吸い込んだように冷たく、整列する在校生の息が白く揺れていた。

壇上では卒業生が一人ずつ、静かに証書を受け取ってゆく。


雪杜と咲良は、体育館の後方に並んで座っていた。

周囲に合わせて背筋を伸ばすと、咲良が小さく口を開く。


「あと二年で私たちの番だね」


雪杜は視線を前に向けたまま、肩をすくめるように返した。


「まだ二年先だけどね」


「そう?あっという間だと思うよ」


「うーん……そう……かも?」


返した声は控えめなのに、どこか力を抜く余裕があった。

ふと壇上に目を向けた雪杜は、夏の合宿で一晩を共にした先輩の姿を見つける。

胸の奥がじんと温かくなるような、懐かしい痛みが走った。


式が終わるころには空が重くなるような灰色に変わっていて、校庭へ出ると冷たい風が一気に頬を撫でた。

雪杜は上着を抱くようにこすり、息をひとつ白くこぼす。


「まだ寒いね」


「うん。春はまだ先そうだね」


二人は自然と空を見上げた。

雪が降ってきてもおかしくない空。

それでも、かすかに春の匂いが混じっているように思えた。


―――


終業式。

配られた封筒を開けると、整った文字の成績表が視界に落ちてくる。


(今期も頑張った。

 けど生活態度、もう少し……か)


隣では咲良が同じように紙を開いていて、眉を寄せた。


「……うーん」


「どうだった?」


「“生活態度もう少し”って書いてる」


雪杜は思わず笑ってしまう。


「僕もだった。

 たぶんあの暴露劇で教室を混乱させたからだね」


「あーあれか……

 でもあれは必要なことだったよ。

 後悔なんかしないんだから」


「僕もだよ」


そんなやり取りの最中、教壇の上で高橋先生が軽く手を叩いた。


「はい、みんな静かに。

 春休みの注意事項を言いますよ」


ざわめきが波のように収まり、教室は息を潜めるように静かになる。


「まず、新学期は四月八日です。

 クラス替えがあるので、新しいクラスの発表は当日、昇降口に張り出します」


その一言で、教室のざわめきがひとつ大きくなった。


(クラス替えか……)


雪杜は思わず御珠の方へ視線を向ける。

御珠もこちらを見ていて、目が静かに合った。

ふたりは小さく頷きあう。


(別のクラスになっても、大丈夫)


先生の締めの声が教室に落ちた。


「それでは、良い春休みを」


―――


春休み初日。

昼下がりの光が障子を透かして、こたつ布団に柔らかく広がっていた。

外はまだ冬の冷たさを引きずっているのに、こたつの中はじんわりと眠気を誘う。


雪杜は湯気の立つマグカップを両手で包み込み、湯気が指先を濡らすのを見てから口を開いた。


「……そろそろ、ちゃんと考えないとね」


向かいに座る御珠は、こたつの端をつまみながら首を傾げる。


「何をじゃ?」


「冬を越してわかったけど……

 薪ストーブ、僕たちじゃ無理だよ」


その言葉に、御珠はわずかに視線を落とした。

晴臣が残した暖かさを思い出して、胸の奥がきゅっと縮む。


「……うむ。

 晴臣がおらねば、薪の用意ができぬ」


雪杜は苦笑しながら肩をすくめる。


「それにすごくめんどくさい。

 寒い中、火を熾すのが大変」


御珠はこたつに入れた足先をぎゅっと寄せ、しみじみと呟く。


「晴臣はそれを毎日やっておったのか……

 頭があがらぬの」


「うん。昔の人って凄いよね」


そう言いながらも、雪杜の表情にはどこか決意が浮かんでいた。


「だから石油ストーブに変えようと思う」


御珠は瞬きを一つ。


「ふむ。雪杜の部屋にあるやつじゃな」


「そう。居間用にもっと大きいやつ」


そこまで言った雪杜は、こたつの中で足をもぞりと動かす。


「あと、毎日の布団の上げ下げも……

 正直、面倒になってきた」


「ふむ。雪杜の部屋は狭いからの。

 敷きっぱなしというわけにもいかんしの」


「だからベッドにしようと思う」


「ベッド……」


御珠はその単語を口の中で転がすように繰り返した。

雪杜はやや気恥ずかしそうに説明する。


「ちょっと床から離れてるから通気性が良くて、布団と違って上げ下げしなくていい」


御珠はぽん、と手を打とうとして、代わりに妙なことを言った。


「そういえば夏の合宿で咲良と抱き合って眠ったの。あれか」


雪杜は思わず目をそむける。


(こいつら、何してたんだ……)


気を取り直すように咳払いしながら続けた。


「……まぁいいや。

 あと、ガス代が節約できそうなんだよね。

 ボイラーは灯油だし、コンロをIHにすれば、ガスが解約できる」


御珠はゆっくり身体を起こし、興味深そうに耳を傾ける。


「IH……」


「電気のコンロ」


「ほほう……電気のかまど……」


御珠は神の視点で妙に感心しているが、雪杜は肩を落とした。


「仕組みは……僕もよく知らない」


御珠の瞳がじっとこちらを見つめ、口を結ぶ。


「……」


雪杜はため息をつくように手を広げた。


「まぁガスは父さんが払ってるから、ぶっちゃけほっといてもいいんだけどね。

 父さんも大変だろうから、節約するのは悪くないと思うんだ」


御珠はその言葉に頬を緩め、こたつ布団をぎゅっと握る。


「雪杜は優しいのう」


照れ隠しのように、雪杜はマグカップを持ち上げた。


「……ということで、修一おじさんに相談してみよう」


―――


雪杜はこたつから身を起こし、スマホを手に取った。

小さく息を吐いてから、通話ボタンを押す。


呼び出し音が二度鳴ったところで、修一の低い声が応じた。


『雪杜か?どうした』


「おじさん、ちょっと相談があるんだけど……」


雪杜は薪ストーブのこと、冬の間の苦労、生活の変化を順に説明した。

修一は聞いているのが伝わる程度の相づちを挟み、言葉を急がせない。


『なるほどな。

 薪ストーブは確かに大変だろうな。

 むしろいままでよく頑張ったな』


褒められるとは思っていなかったのか、雪杜の肩がすっと落ちる。

胸の奥の固さがほどけて、声が出しやすくなった。


『ただ、石油ストーブはタンクに灯油を入れるのが手間だし、空気も汚れる。

 持ち家ならFF式がいいと思うぞ。

 少し値は張るがな』


「FF式?」


言葉の響きを確かめるように繰り返すと、修一が軽く笑う気配がした。


『おう。俺の家にもあっただろ。

 排気口から汚れた空気を外に逃がすから、室内はきれいなままだ。

 灯油もボイラー用のタンクから引っ張るようにすれば、入れ替えがいらない』


「すごいねそれ!

 それにします!」


元気よく返した声に、修一がくつくつと笑った。


『はは。まぁ値段を見てから決めればいい。

 ストーブとIHはホームセンターで買えるな。

 ベッドは家具屋か』


雪杜はスマホを持つ手を持ち替え、言い出す前に唇をなめた。


「車、出してもらっていい?」


『もちろんだ。

 そっちは春休みだったか?

 明日にでも一緒に行こうか』


明日の予定が胸の中で点いた。

雪杜はこらえきれず、声が弾む。


「ほんと!?お願いします!」


受話口の向こうで修一が「おう」と短く返した。

その一言が、背中を支える手みたいに頼もしかった。


―――


修一との買い出しの約束ができたところで、雪杜は咲良へのLINEを開く。


「咲良も誘ってみよっか」


雪杜:明日家具とか買いに行くことになった


送信して数秒。

すぐに既読がつき、勢いそのままの返信が飛んできた。


咲良:え!?何その面白そうなイベント!

咲良:私も行きたい!!


思わず苦笑しながら指を動かす。


雪杜:そう言うと思って連絡した

雪杜:明日とか急だけど大丈夫?

咲良:大丈夫にする


無理をしていないか、と胸の奥に小さく不安がにじむ。


雪杜:分かった

雪杜:無理しないでね

雪杜:ちょっと早いけど9時前に家にきて

咲良:うん!


軽やかなスタンプ音が画面に弾け、会話が途切れる。


そこへ、こたつの向こう側から足音が寄った。

御珠がそっと覗き込むように顔を寄せてくる。


「咲良も来るのか?」


「うん、来たいって」


御珠は目元を緩め、こたつ布団の端を小さく押さえた。


「……ふふ。

 咲良らしいのう」


―――


翌日の朝。

まだ冷気の残る空気の中、玄関のチャイムに重なるように明るい声が響いた。


「おはよー!」


扉を開けた雪杜は、息を弾ませた咲良の笑顔に迎えられる。


「いらっしゃい」


その横から、こたつで温まっていた御珠が顔を覗かせる。


「よく来たのじゃ」


咲良はにこっと笑い、両手でタッパーを差し出した。


「はい、これ。差し入れ」


「差し入れ?」


受け取った瞬間、タッパーの底にとろみのある重さが沈んでいるのがわかった。

ふわりと立ち上るスパイスの匂いが鼻をくすぐり、雪杜は思わず目を瞬かせる。


「……これ、カレー?」


咲良は胸を張り、どこか誇らしげに笑った。


「私が作ったの!」


胸を張ったその姿が微笑ましくて、雪杜は素直に頬を緩めた。


「咲良が……ありがとう!

 朝早いのに大変だったでしょ?」


「ううん。

 昨日のうちに作って冷蔵庫に入れといたの」


「それでもだよ……本当にありがとう」


横から御珠がそっと言葉を添える。


「ありがとうじゃ。咲良」


咲良は照れたように笑う。


「しまって来るね」


雪杜はタッパーを持って台所へ向かい、冷蔵庫へそっとしまった。


その間に、御珠と咲良は玄関先で軽く言葉を交わす。


「もうすぐ修一も来るのじゃ」


咲良は思い出すように目を細めた。


「こないだ職員室に呼ばれた時のおじさんだよね?」


「そうじゃ。晴臣に姉がおっての。

 その息子なのじゃ。妾の従兄ということになるの」


「へー、そういう関係だったんだ」


ちょうどそのとき、外から車のエンジン音が近づいてきた。


御珠が耳をぴくりと動かす。


「お、来たようじゃの」


扉が開き、修一が顔を出した。


「おはよう御珠ちゃん。準備できてるか?」


「うむ」


そこへ、台所から雪杜が戻ってくる。


「あ、おじさんおはよう」


「おはよう。雪杜」


咲良も姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。


「おはようございます」


修一は軽く目を見開く。


「おや?咲良ちゃんもいるのかい?」


雪杜が少し照れたように横目で咲良を見る。


「あの……咲良も一緒に……」


咲良も小さな声で続けた。


「……お願いします」


その後ろで御珠が同じくぺこりと頭を下げる。


「お願いなのじゃ……」


三人の揃ったお願いに、修一は思わず口の端を上げた。

ほんとうに不思議な三人だ、と胸のうちで小さく笑いながら。


「いいよ。

 じゃぁ早速行こうか」


三人の返事が重なる。


「「はい(うむ)」」

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