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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第4章 中学生編 ― それぞれの場所 ―
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第2話 家族として名乗る日

翌日の放課後。

職員室前の廊下では、帰り支度をする生徒たちの声が遠のき、静けさが満ちていた。

その前で、雪杜と御珠が緊張した面持ちで並んで立っている。


雪杜が息を整えながら、小さく呟いた。


「緊張するね」


御珠は袖を握りしめながら、こくりと頷く。


「うん。でも決めたことだよ」


「うん」


二人は視線を合わせ、職員室の扉をノックした。


「失礼します」


中に入ると、机で書類を整理していた高橋先生が顔を上げ、手招きする。


「あ、天野くん、御珠さん。どうぞ」


促され、二人は並んで席に座った。

御珠の肩が緊張でわずかに上がっている。


高橋は微笑を浮かべながら二人を見る。


「もしかして昨日の件、もう決めてくれたの?」


二人が声を揃えて頷く。


「はい」

「はい」


雪杜が息を吸い、切り出した。


「名字の件なんですけど……」


「うん」


二人は自然に目を合わせ、確認するように頷き合った。


それから雪杜がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「御珠が天野を名乗るのは、僕も賛成です」


隣で、御珠が胸に手を当てるようにしながら言葉を続ける。


「わたくしも……天野姓を名乗りたいと思います」


高橋の表情がやわらかく緩んだ。


「そう。よかった」


雪杜は背筋を正し、次の話題へ踏み込む。


「それで……兄妹として公表するってことですが」


「ええ」


「別のクラスになる可能性があると聞きました」


高橋は申し訳なさそうに眉を寄せた。


「……そうね」


雪杜が小さく息を吸って前を向く。


「僕たち、相談しました」


御珠が横で頷く。


「別のクラスになっても……構いません」


その決意に、高橋が驚いたように目を瞬いた。


「本当に?」


雪杜はまっすぐ高橋を見る。


「はい。たとえクラスが離れても、御珠は家族ですから」


御珠は胸の奥を押さえるようにしながら、小さな声で言った。


「学校で離れても……家で会えますので」


高橋は二人を見比べ、目を細める。


「……そう。あなたたち、本当に強い絆で結ばれてるのね」


返事は短いが、雪杜の声には揺るぎがなかった。


「……はい」


横で御珠も小さく頷く。


高橋は深く息をつき、結論を告げた。


「分かったわ。じゃあ、2年生からは“天野 御珠”として、兄妹という扱いにしましょう」


雪杜が頭を下げる。


「ありがとうございます」


御珠も続けて礼を述べた。


「お世話になります」


高橋は書類を軽く整えながら続けた。


「クラス替えもあるし、ちょうどいいタイミングね。

 新しいクラスでは、最初から“天野 御珠”として紹介するわ」


御珠がしっかりと頷く。


「はい」


そこで雪杜が、息を整え直した。

決意を固めたように背筋を伸ばす。


「……クラス替えなんですが、一つだけお願いがあります」


高橋が目を上げる。


「何かしら?」


雪杜は静かな声で、しかし迷いなく言った。


「咲良を、御珠と同じクラスにしてください」


御珠が驚いて息を飲む。

高橋も少し眉を上げた。


「春原さんを?」


「はい。僕は御珠と同じクラスになれませんが、咲良なら大丈夫ですよね?」


隣で御珠が、複雑に揺れた瞳でこちらを見る。


「……雪杜……」


高橋が理由を尋ねるように首を傾ける。


「それは、なぜ?」


雪杜は一度目を閉じ、言葉を選んで開いた。


「御珠は……まだ学校では孤立しやすいんです。

 家で支え合う時間が長かったので、突然一人にされると負担が大きいと思います。

 僕が同じクラスにいられない以上、咲良がそばにいてくれると安心なんです」


その声には、普段よりも強い意志が滲んでいた。


「どうか……お願いします」


そう言って深く頭を下げた。


御珠はその背中を見つめながら、胸がきゅっと締まる。


(雪杜……咲良を差し置いて、妾を……すまぬ、咲良……)


御珠が心配そうに見つめるのに気づき、雪杜は諭すように言った。


「御珠。ここでお願いしなくても、2年生でも咲良と同じクラスになれる保証はないんだ。

 せっかくここでお願いする機会があるなら、御珠の隣に咲良がいた方がいい」


そして、空気を切り替えるように高橋を見る。


「先生……本当は事務処理が面倒なんですよね?

 公表する代わりに、クラス替えに便宜を図ってもらえませんか?」


高橋は困ったように微笑を漏らした。


「……痛いところを突いてくるわね。

 その通りよ。これがあと二年続くと思うとうんざりする程には面倒よ。

 戸籍と名前が違うのは何かと手間がかかるの」


雪杜は手を膝に置き、静かに前を見る。


「では……」


その短い言葉に、覚悟が詰まっていた。

高橋はしばらく黙り、雪杜の視線を受け止める。


やがて、高橋は静かに息を吐いた。


「分かりました。

 約束はできませんが、可能な限りそうなるようにしましょう」


雪杜の表情が緩む。


「ありがとうございます!」


高橋は苦笑を浮かべる。


「しかし先生を脅すとはいい度胸ね」


雪杜は少し照れながら言った。


「家族を守るってこういうことですから」


御珠はその横顔を見つめながら、胸の奥でそっと呟く。


(雪杜……そなた……)


高橋は書類を閉じながら笑った。


「ふふ。きょうは負けたけど、いつもうまくいくと思わないでね」


雪杜は姿勢を正し、深く頭を下げる。


「……肝に銘じます」


こうして──

御珠は“天野 御珠”として学校で名乗ることが決まり、それに伴う新しい関係が静かに形を取り始めた。


―――


天野家のこたつはすでに温まっていて、三人が並んで座ると、布団の熱と湯飲みの湯気が肩の力をほどいていった。


咲良が湯飲みを両手で包みながら、期待と不安の混じった表情で口を開く。


「それで?大事な話って何?」


向かい側で雪杜が一度息を整え、こたつの縁に指を添えた。


「うん。御珠が学校でも天野姓を名乗ることになったんだ」


その瞬間、咲良の目が大きく見開かれた。


「え!?本当に!?」


横で御珠はこくりと頷き、落ち着いた声で伝える。


「うむ。2年から、“天野 御珠”として公にすることになった」


咲良はこたつから身を乗り出し、御珠の手をぱっと握った。


「良かったね!やっと堂々と名乗れるんだね!」


御珠はその手の温かさを受け止め、少し照れたように目をそらす。


「……うむ」


「私も嬉しいよ!御珠ちゃんが天野姓を名乗れるなんて!」


その純粋な言葉に、雪杜はそっと笑みを浮かべた。


「咲良、喜んでくれてありがとう」


「当たり前じゃん!御珠ちゃんのことだよ!」


咲良がキラキラした目で御珠を見ると、御珠は素直に礼を返した。


「ありがとうじゃ。咲良」


そこで雪杜が姿勢を正す。


「それで……兄妹って形で公表することになるんだ」


「兄妹?」


「そう。叔母と甥じゃ騒ぎになるだろうからって」


咲良は腕を組むようにして納得した。


「なるほどー。確かに私も驚いたけどさ」


「うん。だから兄妹」


軽い調子で言う雪杜に、咲良が楽しそうに笑う。


「ふふ、雪杜の妹かぁ。可愛い妹だね」


御珠は耳まで赤くなって反応した。


「や、やめぬか!」


その反応に咲良がさらに笑みを深め、場がゆるむ。


だが雪杜は、次の話題に移るため真剣な表情に戻った。


「それでね、咲良に伝えたいことがもう一つあって」


「?」


咲良が湯飲みを置き、姿勢を正す。


「兄妹として公表すると……僕と御珠は別のクラスになる可能性が高いんだ」


その言葉に、咲良の笑顔がわずかに陰る。


「あ……そっか」


視線がゆっくり落ちていく。


「普通は双子とかも別クラスにするもんね」


隣で御珠も寂しげに頷いた。


「うむ……」


雪杜はその反応を見て、すぐに続けた。


「それで、先生にお願いしたんだ」


咲良が顔を上げる。


「お願い?」


雪杜は咲良の目をしっかりと見て言った。


「咲良を、御珠と同じクラスにしてくださいって」


一瞬、咲良が固まる。

湯気の揺れが、やけに目に入った。


御珠は咲良を見る視線を揺らしながら、言葉を添えた。


「雪杜が……先生に頼んだのじゃ」


「でも……それって……」


咲良が雪杜を見つめる。

その瞳には理解と戸惑いが同時に宿っていた。


「雪杜は……私と別のクラスになるってこと?」


「うん」


雪杜は小さく頷いた。


咲良はすぐ返事ができず、唇を噛む。


「……」


嬉しさと寂しさが綱引きをしているようで、表情が揺れ続けていた。


「雪杜……」


その声は、どこか切なかった。


雪杜はまっすぐに言葉を返す。


「御珠が一人だと心配なんだ。咲良がそばにいてくれたら安心できる」


咲良は一度うつむき、膝の上で拳をぎゅっと握る。


「……でも、私は……雪杜と……」


その続きを言えずに言葉が途切れる。


御珠がそっと咲良の名を呼んだ。


「咲良……すまぬ。妾のせいで……」


その瞬間、咲良が勢いよく顔を上げる。


「違う!」


御珠の肩がびくっと揺れた。


「御珠ちゃんのせいじゃないよ!」


「じゃが……」


「私が御珠ちゃんと同じクラスになれるなら……嬉しい!」


咲良は無理に笑うのではなく、気持ちを整えたうえで微笑んだ。

その笑みが、かえって強さを見せる。


「雪杜と離れるのは寂しいけど……」


その声に、雪杜が心配そうに身を寄せる。


「咲良……」


「でも、別のクラスになったからって、彼氏じゃなくなるわけじゃないでしょ?」


その言い方に、雪杜が思わず笑う。


「そうだね」


「それに、どうせ一緒のクラスになる保証なんか元々ないし、だったら、御珠ちゃんと確実に一緒になれるほうがいい」


まったく同じ理屈を返され、雪杜は照れくさそうに肩をすくめる。


咲良はそっと御珠の手を握った。


「御珠ちゃん、一緒のクラスになれるね」


御珠はその熱に胸を揺らしながら、小さく呟いた。


「……咲良」


「私、守るからね。御珠ちゃんのこと」


「……ありがとうじゃ」


御珠の目が潤み、まぶたが震える。


咲良は気づかぬふりをして続けた。


「それに、雪杜とは休み時間に会えるし、放課後もこうやって一緒になれるし」


「うむ」


「大丈夫。私たち、ずっと一緒だから」


その言葉には、寂しさよりも前へ進む力があった。


雪杜は胸の奥が温かくなるのを感じながら、その言葉を受け止める。


「……ありがとう、咲良」


横で御珠が涙をこらえるように息を吸い込んだ。


「咲良……そなたは……」


「ん?」


「……妾の、大切な家族じゃ」


咲良は一瞬驚き、それからふわりと笑った。


「そうだよ、御珠ちゃん!」


二人が自然と手を繋ぎ、肩が寄る。

その光景を雪杜が優しく見守った。


やがて、咲良がいたずらっぽく雪杜へ顔を向ける。


「でもね、雪杜」


「何?」


「雪杜も気をつけてね?」


言われた瞬間、雪杜の頭に、“咲良が休みだった日の地獄”がフラッシュバックする。


「……そっか。

 咲良がいないってことは、僕も強くならないといけないのか……」


咲良は頬をぷくっと膨らませた。


「浮気は許さないんだから!」


その姿に、御珠と雪杜が同時に吹き出す。


雪杜は肩を震わせながら返した。


「頑張るよ。

 『彼女います!』って断ればいいだけだから」


隣で御珠が堂々と腕を組む。


「そうじゃ。『妹もいます!』と強く言うのじゃ」


咲良はその言い方にくすっと笑う。


「ふふ。御珠ちゃん、すっかり妹ポジだね」


御珠は得意げに鼻を鳴らした。


「叔母よりはいいのじゃ」


三人の笑い声がこたつの熱と混ざり、天野家のリビングにやわらかな余韻が広がっていった。


その中で、咲良は心の奥で静かに決意を固める。


(雪杜と離れるのは寂しい。でも……御珠ちゃんを一人にするわけにはいかない)


(私が守る。御珠ちゃんのこと。それがいま私にできること)


(──三人で、決めたことだから)


―――


咲良が帰り、賑やかさが落ち着いたあとの仏間は、線香の灯りが静かに揺れ、薄明かりが畳に落ちていた。


仏壇の前には、雪杜と御珠が並んで正座している。

晴臣の遺影は、いつもの穏やかな笑みで二人を見守っていた。


雪杜はそっと手を合わせ、深く頭を下げた。


「おじいちゃん」


隣で御珠も同じように手を合わせる。

遺影をまっすぐ見つめ、雪杜の言葉を待っていた。


「御珠が……天野を名乗ることになったよ」


その報告は、どこか誇らしく、どこか寂しく、それでも前へ進むための一歩だった。


御珠は胸の奥に湧きあがるものを抑えきれず、小さな声で呟く。


「晴臣よ……

 これは……そなたが遺してくれた道じゃ」


その横顔に気づき、雪杜がそっと視線を向けた。


「戸籍ができたゆえ……妾は天野を名乗れる」


「……うん」


「戸籍ができたゆえ、堂々と孤児と名乗ることができた」


雪杜は言葉を失ったまま、御珠の言葉を受け止める。

その重さと感謝が、静かに胸へ沁みていく。


「晴臣が……最初に妾を認めてくれた」


言いながら、御珠の声が揺れた。

涙が一筋、頬を伝い落ちる。


「ありがとうじゃ……晴臣……」


雪杜はその涙に寄り添うように、御珠の肩へ手を置いた。


「おじいちゃんも喜んでるよ」


御珠は息を整え、かすかに頷いた。


「……うむ」


二人は改めて手を合わせる。

仏壇の灯が静かに揺れ、その揺らぎが二人を包んでいた。


「おじいちゃん、ありがとう」


「感謝する……」


静寂が仏間に降りる。

晴臣の遺影は、まるで本当に微笑んでいるかのようだった。


やがて二人はそっと立ち上がる。


「さ、買い出しに行こっか」


御珠は袖をきゅっと整え、少し誇らしげに言った。


「うむ。今日は“もち”を所望する」


「え、もち?」


「今日はとてもめでたき日じゃ。特別な日には特別な料理じゃ」


雪杜は思わず笑みをこぼした。


「ふふ。確かにもちはご馳走だね。

 じゃあ僕も好きなもの食べよ」


「うむ。そうするがよい」


「何にしよっかな~」


二人が仏間を出ていく。

その背中を、晴臣の遺影が温かく見送っていた。

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