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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第30話 御珠ブレイク ― 白い羽の祝福 ―(挿絵あり)

冬の空が薄く光り、海辺の公園を静かに照らしていた。

波の音が穏やかに寄せては返し、冷たい風がそっと袖を揺らす。


その水面に――白い影が滑った。


「あ……いた」


幾羽もの白鳥が、ゆったりと弧を描きながら水面を進んでいく。

首を伸ばし、羽を広げ、互いに戯れるように寄り添っていた。


「かわいいね」


「……うむ。美しいの」


御珠は水辺に立ち、白鳥の群れをじっと見つめる。

その横顔には静かな想いが宿り、どこか懐かしい気配があった。


「御珠、白鳥好き?」


「好きじゃ。

 白鳥は……清らかな気配を持つ。

 妾の性に合うのじゃ」


「そっか……」


御珠はゆっくりと歩み寄り、水面と白鳥たちを見つめ続けた。

白鳥たちもまた、羽を揺らしながらこちらへ視線を向ける。

息を吸うたび、胸の奥が澄んでいくような時間。


水辺へゆっくり近づいた御珠は、雪の上に静かにしゃがみ込んだ。

水面へ向かって手を差し出す。


「……おいで」


その声は冬の外気に静かに溶けていく。

すると、水面がふわりと揺れ、一羽の白鳥が音もなく近づいてきた。


続いて、もう一羽。

さらに、その後ろからまた一羽。


まるで呼吸に応じるように、白鳥たちは御珠の周囲へ集まり始めた。


「え……」


雪杜は思わず足を止める。

御珠は驚きもせず、そっと手を伸ばして白鳥の頭を撫でた。

白鳥たちは怯えることなく、むしろ安心したように身を寄せる。


(……すごい……

 白鳥が……御珠を怖がってない……)


白い羽がひらひらと揺れる。

冬の淡い光がその羽に反射し、小さな光が宙をほどけていくようだった。


御珠の深い藍色の髪と、白鳥の純白――

対照的な色が、ひとつの絵の中で自然に調和している。


(……綺麗……

 御珠が……白鳥に囲まれてる……

 まるで……絵画みたい……)


御珠は白鳥の目線と高さを合わせるように、少し身を傾ける。


「そなたらも……冬を越すのじゃな。

 寒かろう。じゃが……美しいの」


白鳥が首を傾げ、御珠の顔を覗き込む。

その距離は、まるで互いを知っているかのようだった。


(……この子らは……妾の気配を察しておる。

 神の気配を……恐れることなく……

 寄り添ってくれるのじゃ)


御珠の内なる声は、静かで、あたたかかった。


雪杜は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、そっとスマホを取り出した。


(……この光景……残しておきたい……)


シャッターが小さく鳴る。


御珠が振り返り、雪杜へ視線を向ける。


「ん?雪杜、何をしておる?」


「その……

 綺麗だったから……写真撮っちゃった……」


御珠の瞳がふわりとほどける。


「ふふ。撮りたければ撮るがよい。

 妾は構わぬ」


「ありがとう」


雪杜が微笑む。

その隣で白鳥たちはまだ御珠の周りにいて、冬の公園に神話めいた静けさが漂っていた。


―――


白鳥たちはしばらく御珠のそばに寄り添っていたが、 まるで役目を終えたかのようにゆっくりと離れていき、再び静かな水面へと戻っていった。


御珠は雪の上で軽く息を整え、立ち上がる。

そのまま雪杜の隣へ歩いてきて、ふわりと微笑を寄せた。


「白鳥……可愛かったの」


「うん……でも……

 御珠に集まってきたの、すごかったよ」


あの光景が胸に焼きついたまま、雪杜は改めて御珠を見る。


「動物は妾の気配をよく察するのじゃ」


「うん……でも……

 実際に見ると……やっぱりすごい」


御珠の目元が少し柔らかくなる。


「ふふ。驚いたか?」


「驚いたっていうか……

 綺麗だなって……思った」


「……っ」


御珠の耳が小さく震え、赤みが広がっていく。

冬の風よりもずっと熱い色だった。


「御珠が白鳥に囲まれてる姿……

 なんか……神様なんだなって……改めて思った」


「……神じゃからの。

 当然と言えば当然じゃ」


雪杜は、凛とした横顔をそっと見つめた。

儚さも強さもすべて抱えた存在。

それでも彼女は、自分の隣に戻ってくる。


「でも……その神様が……

 僕の隣にいてくれるんだよね」


「……っ!!

 な、何を言っておるのじゃ……!」


御珠は慌てて視線をそらす。

耳まで真っ赤で、雪の白に余計に映えていた。


「事実だよ」


その言葉が追い打ちになったのか、

御珠は肩を震わせて顔を背けたまま呟く。


「……そなたは……

 妾を照れさせすぎじゃ……」


「ごめんごめん」


雪杜が苦笑すると、御珠は深呼吸をひとつしてから、わずかに視線を戻す。


「……ふん。

 じゃが……嬉しいのう……」


「え?」


振り返った御珠は、どこか覚悟のような優しさを宿していた。


「そなたが……妾を見て……

 "綺麗"と言ってくれること……

 妾は……それだけで……幸せじゃ」


「……御珠……」


胸の奥が強くきゅっと締めつけられる。

嬉しさとも切なさとも違う、柔らかい痛みだった。


御珠がそっと手を伸ばし、雪杜の手を指先で確かめるように握る。


「帰ろうぞ。

 今日は……良き日であった」


「うん。帰ろう」


ふたりは指を絡めるでも、強く握るでもなく、

ただ自然に手を繋ぎ、歩き出す。


白鳥たちは再び静かに水面を滑り、淡い冬の海へと溶けていった。


―――


家へ戻ると、外の冷たさがまだ体に残っていた。

二人はコートを脱ぎ、そのままこたつへ潜り込む。

こたつのぬくもりが、歩いてきた疲れをそっとほどいていった。


「今日は……いい日だったね」


雪杜がこたつの縁へ肘を置きながらつぶやく。

御珠はその隣で小さく息を整え、柔らかな声で応じた。


「うむ。

 和江殿も、修一殿も……温かく迎えてくれたの」


「和江さん、御珠のこと本当に心配してたね」


御珠はほんの少し視線を伏せる。

その表情は、驚きと喜びをそっと抱きしめているようだった。


「……うむ。

 あのぬくもり……人の母の慈しみとは……

 かくも深いものかと……驚いたのじゃ」


「御珠、嬉しそうだった」


「……そうか。

 そなたにも伝わっておったか」


「うん。すごく」


御珠はこたつの橙色の光の中で、控えめな笑みを浮かべた。


「白鳥も……可愛かったの。

 また見に行きたいのじゃ」


「うん。また行こう」


そのやりとりは、穏やかに積もる雪のように静かで優しかった。


「……今日は……

 そなたと二人で過ごせて……

 妾は……幸せじゃ」


「……僕も」


短い言葉が、こたつのあたたかさと混ざって胸に溶ける。


しばらく、ふたりの間に心地よい静けさが流れた。

薪ストーブの音だけが、時間の隙間を埋めている。


やがて御珠が顔を上げる。


「……そういえば」


「どうしたの?」


「今日は……バレンタイン、であったの」


「あ、そうだった……バレンタインデート」


御珠は少し照れたように視線を落とす。


「……うむ。

 チョコレートではないが……

 抹茶ケーキは……そなたへの……妾からの想いじゃ」


「……御珠……ありがとう……」


「うむ」


その短い返事の奥に、不器用な真心がにじんでいた。


一拍の間が落ちる。


「……明日は……咲良との番じゃの」


「うん。そうだね」


御珠は天板へ視線を落とし、静かに指先を動かした。


「冬のデートといえば……

 いるみねーしょん、じゃったかの?」


「え?なんで知ってるの?」


「あ、知らぬぞ?

 ただ……冬のデートは光を見るものじゃと……

 スマホで学習したのじゃ」


「……スマホで……」


「妾、デートの内容、本当に見ておらぬぞ?」


「え、あ……ごめん。疑ったわけじゃ……」


「よい。

 雪杜の行動だけは気になって見てしまうでの。

 疑われても仕方ないのじゃ」


「御珠……」


(できれば僕のも見ないで欲しいんだけど……)


御珠はその心の揺れに気付いたのか、少しだけ肩を竦める。


「……で、いるみねーしょん……行くのか?」


「……うん。雪まつりのイルミネーション見に行く」


「ふむ。ならば……

 咲良、楽しみにしておるじゃろうな」


「うん。すごく楽しみにしてると思う」


「ふふ。ならば……

 そなたも精一杯、咲良を楽しませてやるのじゃぞ」


「……うん。頑張る」


御珠は小さく頷き、ふと目線を落とす。


こたつ布団の端を、指先がそっとつまんだ。


「……明日は……

 妾は……留守番じゃの」


「……御珠?」


「なに、構わぬ。

 妾は留守番が得意じゃからの」


その言葉の強がりに、雪杜は息を呑んだ。


(……御珠……

 そうか、おじいちゃんがいないから一人で留守番になっちゃうのか)


「寂しいよね?」


「……っ。

 まぁ……少しだけ……の」


御珠は顔を上げた。

翠の瞳が揺れ、こたつの灯りを受けて潤む。


「……今日、そなたと二人で過ごして……

 妾は……とても幸せじゃった。

 じゃから……明日、そなたがおらぬと思うと……

 少しだけ……胸の奥が冷える」


「御珠……」


「……すまぬ。

 妾も大人げないの。

 咲良の時間を尊重すると決めておるのに……

 こんなことを……」


雪杜はそっと御珠の手へ触れ、優しく握り返す。


「御珠。

 嫉妬してくれるの……嬉しいよ」


「な……なにを……」


「御珠が僕のこと好きでいてくれるって……

 改めて分かるから」


「……っ!!

 そ、そんなの……当たり前じゃ……!

 妾は……そなたが……好きじゃ……!」


「うん。僕も大好きだよ」


御珠の耳が一気に真っ赤になり、肩まで赤みを帯びる。


「そなたは……いつも……妾を照れさせる……」


「ごめんね」


「……謝るでない。

 妾は……嬉しいのじゃ」


御珠も手を握り返し、掌のぬくもりを確かめる。


「……明日、咲良を楽しませてやるのじゃぞ。

 妾の分も……な」


「うん。約束する」


「……うむ。

 ならば……妾は安心じゃ」


御珠は小さく笑った。

その笑みは、寂しさを含んでいて、それでもあたたかかった。


(……御珠……

 本当は寂しいのに……

 咲良のために我慢してくれてる……)


「……さて。

 今日は良き日であった。

 明日も……そなたにとって良き日となるよう……

 妾は祈っておるぞ」


「ありがとう、御珠」


「……うむ」


二人は手を繋いだまま、こたつへ身を預ける。

外の冬夜は静かで、家の中のぬくもりだけが優しく二人を包み込んでいた。


挿絵(By みてみん)

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