#77-16「濁る水、枯れる畑」
砂走車を降りた俺たちは、ラグナードの街へ入った。
……しかし。
「随分と人が並んでるな」
大通りの先に、長い行列ができていた。
並んでいる人たちは、みんな桶や水瓶を抱えている。
「何の行列だ?」
「井戸みたいだね」
リュカが指差した先には、大きな石造りの井戸があった。
だが、水を汲んだ人たちの表情は暗い。
「また濁ってるじゃないか!」
「昨日は綺麗だったのに!」
「これじゃ飲めねえぞ!」
……どうやら、早速現場に当たったらしい。
「ちょっと見てくる」
俺は井戸へ近づいた。
「すまん。何があったんだ?」
声をかけると、水瓶を持った中年の男が振り返った。
「何だ、旅の人か?」
「ああ。水が濁ってるって聞いたんだが」
「そうなんだよ!昨日までは何ともなかったのに、今朝になったらこの有様さ!」
男が水瓶を傾ける。
中の水は茶色く濁っていた。
……ふむ。
「ちょっと見せてもらっていいか?」
「ああ、構わねえよ」
俺は水瓶を受け取り、中を覗いた。
細かな砂のようなものが漂っている。
臭いは……。
「……特に変な臭いはしないな」
「分かるのか?」
「いや、臭いがしないってだけだ。飲めるかどうかまでは分からん」
俺は井戸を覗き込んだ。
石組みに目立った崩れはない。
桶を引き上げる縄も問題なさそうだ。
……見たところ、設備が壊れてるわけじゃなさそうだな。
「この井戸だけなのか?」
「いや、南の方でも同じことが起きてるらしい。畑の水までおかしくなってるんだ」
「……なるほど」
すると、隣にいたチャピが口を開いた。
「キョーくん、これって掃除すれば直るの?」
「分からん。そもそも何で濁ってるのか分からないからな」
「そっか……」
……まずは水がどこから来ているのか確認したいところだ。
「なあ、この辺の水路を管理してる人っているか?」
男が頷く。
「ああ。街の南側に水路を管理する施設があるぞ。そこに行けば何か分かるんじゃねえか?」
「おお、助かる!」
俺は水瓶を返した。
「ありがとな!」
「おう!何か分かったら教えてくれよ!」
「ああ!」
……よし。
次はそこだな。
俺たちは街の南側へ向かった。
城壁を抜けると、広大な農地が広がっていた。
水路が畑の間を走り、ところどころに水を分けるための石造りの設備が設けられている。
……おお。
ちゃんと整備されてるじゃないか。
「キョーくん、何か嬉しそうだね」
「いや、こういう設備を見ると、ついな」
「……本当に好きだよね」
「仕事だからな!」
ばふっ!
「お前も分かるか!」
ルミナスが元気よく跳ねた。
そんな俺たちの前を、一人の農夫が慌ただしく走っていった。
「おーい!誰か手を貸してくれ!」
……ん?
見ると、水路の脇に数人の男たちが集まっている。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけると、農夫が振り返った。
「水路の水が濁ってるんだ!このまま畑に流していいのか分からねえ!」
水路を覗き込む。
確かに茶色い。
だが、水の流れそのものは止まっていなかった。
「詰まってるわけじゃないのか」
「ああ!水は流れてるんだ。だが、これを使ってから作物が枯れ始めたって奴もいる!」
「上流は調べたのか?」
「調べたさ!水路の掃除もした!泥も掻き出した!それでも駄目なんだ!」
「……そうか」
俺は水路の底へ目を向けた。
確かに、目立った泥の堆積はない。
水をせき止めるようなゴミも見当たらなかった。
……おかしいな。
「キョウマさん」
蓮が隣にやってきた。
「俺にも何かできることはありますか?」
「ああ。ちょっと手伝ってくれ」
「はい!」
俺は農夫から空の桶を二つ借りた。
一つには水路の水。
もう一つには、先ほど井戸で調べた水と比較するため、近くの井戸から汲んできてもらう。
並べてみる。
……どっちも濁ってるな。
「同じ原因なんでしょうか?」
「さあな。見た目が同じだからって、原因まで同じとは限らん」
「……そうですね」
しばらく桶を確認したが、見ただけでは原因を判断できなかった。
その時、農夫が深いため息をついた。
「……もうどうすりゃいいんだ」
「ん?」
「畑が駄目になったら、今年の収穫は終わりだ。俺たちは何を食って生きていけばいい?」
……。
男は枯れた畑へ目を向けた。
「水はあるんだ。なのに作物が育たねえ。水が足りなきゃ運べばいい。だが、ある水が使えねえんじゃ……」
その言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
……確かにな。
水路を掃除しても駄目。
井戸も濁っている。
しかも作物まで枯れている。
これは、ちょっと厄介だぞ。
「農家の人たちは、どうしてるんですか?」
チャピが尋ねた。
「ああ。セリア様がいろいろ手を尽くしてくださってる。使える井戸から水を運んだり、食料を分けたりな」
「セリア?」
「ああ!この南部を治めておられる方だよ!」
……そういや。
王選で見た、鹿の獣人の女だったな。
「でも、もう限界だ。このままじゃ、街の食料まで足りなくなっちまう」
農夫が拳を握りしめた。
俺はもう一度、水路を見る。
流れ続ける濁った水。
その向こうには、茶色く枯れた畑が広がっていた。
……参ったな。
いつもの汚れなら、ルミナスで綺麗にできる。
だが、今回の問題はそれだけじゃない。
「なあ、リュカ」
「ん?」
「さっき言ってた水路の管理施設、案内してくれるか?」
「うん。もちろん!」
俺は立ち上がった。
「じゃあ、行こう」
チャピが頷く。
「うん!」
「我が君。わたしもお供いたします」
「ああ、頼む」
ばふっ!
「お前もな!」
……さて。
水はある。
なのに使えない。
作物は枯れ、人々は困っている。
この水がどこから来ているのか。




