#77-14「炎の勇者、砂漠に立つ」
次の日――
俺たちは南部ラグナード行きの砂走車に乗り込んだ。
「南部までは二日だったよな?」
「うん。途中で一泊することになるね」
リュカが答える。
「二日か……長いな」
「北部に行ったときは三日だったでしょ?」
「そうだったな」
……この大陸、移動だけで何日使ってるんだろう。
やがて砂走車が動き出した。
王都の城壁が遠ざかり、窓の外には再び広大な砂漠が広がっていく。
「……平和だな」
「キョーくん、そういうこと言うと何か起きるよ?」
チャピが呆れた顔をする。
「いや、何も起きない方がいいだろ」
「それはそうだけど……」
ばふっ!
ルミナスが背中で揺れた。
「お前もそう思うよな?」
ばふっ!
……よし。
今日こそ平和な旅になりそうだ。
それから数時間。
俺は座席にもたれ、うとうとし始めていた。
その時だった。
ドンッ!!
突然、車体が大きく揺れた。
「うおっ!?」
前の座席に頭をぶつけそうになり、慌てて踏ん張る。
「な、何だ!?」
砂走車が急停止した。
乗客たちの悲鳴が響く。
「魔獣だ!!」
操縦士の怒鳴り声。
窓の外へ目を向けると、砂煙の向こうに黒い影が見えた。
一匹、二匹……三匹!?
「おいおいおい!?」
四足で走る巨大な獣。
狼に似ているが、背中には岩のような硬そうな突起が並んでいる。
しかも、普通の狼よりずっとでかい。
「何だよあれ!」
「魔獣だよ!キョーくん!」
チャピが立ち上がった。
その横で、蓮が静かに剣を抜く。
「俺が行きます」
「蓮?」
「昨日、言いましたよね」
蓮が振り返る。
「魔獣が出たら、俺が前に出るって」
……そういや、そんなこと言ってたな。
「一人で大丈夫か?」
「はい。皆さんをお願いします」
そう言って、蓮は砂走車から飛び降りた。
……おお。
勇者っぽい。
いや、勇者なんだけど。
次の瞬間。
一匹の魔獣が蓮めがけて飛びかかった。
「危ねえ!!」
思わず叫ぶ。
だが、蓮は慌てなかった。
踏み込んだ足を軸に体をひねり、飛びかかってきた魔獣をかわす。
そして――。
剣に赤い炎が灯った。
「……おおっ!?」
蓮が剣を振る。
炎をまとった刃が魔獣の胴を斬り裂いた。
ガアアッ!!
悲鳴を上げ、魔獣が砂の上へ倒れる。
……すげえ。
「あいつ、炎出せるのかよ!?」
「炎の勇者だからね!」
チャピが即座に突っ込んできた。
「いや、知ってたけど!実際に見るの初めてだぞ!」
その間にも、蓮は次の魔獣と対峙していた。
二匹目が地面を蹴る。
速い。だが、蓮は剣を構えたまま動かない。
魔獣が大きく口を開き、牙を突き立てようとした瞬間――
ガキンッ!!
剣と牙がぶつかった。
「くっ……!」
蓮の足が砂を滑る。
……押されてる!?
だが、次の瞬間。
「はあっ!!」
蓮が剣を押し返す。
刃を包んでいた炎が勢いを増し、魔獣の顔を焼いた。
魔獣が後退する。
その隙を逃さず、蓮が踏み込んだ。
一閃。
炎の軌跡が砂漠を走り、二匹目の魔獣が崩れ落ちた。
「……すげえな、蓮!」
俺が叫ぶと、蓮がこちらを振り返った。
「ありがとうございます!でも、まだ――」
「蓮!後ろ!!」
チャピの叫び。
三匹目が砂走車の側面へ回り込んでいた。
狙っているのは――。
「きゃああっ!!」
窓際にいた乗客たちだった。
「まずい!」
俺は反射的に立ち上がる。
「みんな、窓から離れろ!奥へ!」
乗客たちが慌てて移動する。
ところが、急停止の衝撃で荷物が崩れ、通路を塞いでいた。
「おい、何やってんだ!逃げられねえぞ!」
「分かってる!今どかす!」
俺は荷箱に手をかけた。
……重っ!!
「くそっ!びくともしねえ!」
「我が君、お任せください」
いつの間にかノアが隣に立っていた。
「いや、これ結構重いぞ――」
ひょいっ。
「…………は?」
ノアが片手で荷箱を持ち上げた。
そのまま軽々と脇へ移動させる。
「これでよろしいでしょうか?」
「……お前、すげえな」
「ふふっ。我が君のお役に立てて光栄です」
……いや、何でそんな細腕で持てるんだよ。
「よし!通れるぞ!奥へ!押すなよ!」
乗客たちが慌てて移動していく。
その時。
ガァンッ!!
魔獣が車体へ体当たりした。
砂走車が大きく傾く。
「うわああっ!?」
……おいおい!
これ以上暴れられたら、車体ごとひっくり返るぞ!
「チャピ!外の奴、頼めるか!」
「任せて!」
チャピが窓へ手を向ける。
「風よ!」
突風が巻き起こり、魔獣の体を押し返した。
だが、相手も踏ん張る。
「くっ……重い!」
その時だった。
「離れてください!!」
蓮の声が響いた。
見ると、砂の上を全力で駆けてくる。
剣には再び炎が灯っていた。
「うおおおおっ!!」
蓮が地面を蹴る。
大きく跳び上がり――。
ズバァッ!!
炎の刃が魔獣を斬り裂いた。
轟音とともに魔獣が倒れ、砂煙が舞い上がる。
……。
…………。
「……終わった?」
俺が呟くと、蓮が周囲を見渡した。
やがて剣の炎が消える。
「はい。三匹とも倒しました」
……マジか。
俺は砂走車から降りた。
目の前には、倒れた三匹の魔獣。
そして、剣を収める蓮。
「……お前、強かったんだな」
「えっ!?」
蓮が目を丸くする。
「いや、今まで岩運んだり橋造ったりしてたからさ」
「俺、勇者ですよ!?」
「そうだった!」
「また忘れてたんですか!?」
「忘れてねえって!」
蓮が呆れたように笑う。
俺も笑い返し、砂走車へ目を向けた。
乗客たちはまだ少し怯えているようだったが、大きな怪我はなさそうだ。
……危ないところだったな。
「助かったよ、蓮。ありがとな」
「いえ。皆さんが無事でよかったです」
蓮はそう言って、剣を鞘に収めた。
……本当に頼もしい奴だ。
俺は改めて、砂の上に倒れた魔獣へ目を向けた。
……それにしても。
「なあ、リュカ」
「ん?」
「こんなのが街道に出てくるのって、普通なのか?」
リュカは魔獣の死体を見つめ、首を振った。
「魔獣自体は珍しくないよ。でも、こんなに人が通る街道まで出てくるのは、おかしいね」
「……そうか」
昨日、王都で聞いた話を思い出す。
南へ向かっていた隊商が襲われたという話。
……今回と同じか。
その時、操縦士が声を張り上げた。
「皆さん!車体の点検をします!出発まで少しお待ちください!」
……点検?
俺の耳がぴくりと動いた。
「おっ、点検か!」
「キョーくん?」
「ちょっと手伝ってくる!」
「ええっ!?さっきまで魔獣に襲われてたんだよ!?」
「だからこそ、ちゃんと確認しないとな!」
俺はルミナスを担ぎ直した。
「よし、次の現場だ!」
ばふっ!!
……さて。
勇者の仕事は終わった。
今度はビルメンの出番だな。




