#77-11「軍統印、託された責任」
翌朝。
第三砦での確認を終えた俺たちは、ザルガードへ戻ることになった。
帰り道には、昨日造った仮設橋があった。
橋の両側には兵士が立ち、補給車両を一台ずつ誘導している。
「……ちゃんと使われてるな」
「当たり前だろ!」
隣にいたガンツが笑った。
「造って終わりじゃねえ。使われて初めて仕事になるんだよ」
「……確かにな」
俺も笑う。
橋を渡ると、ザルガードまではそう遠くなかった。
街へ戻る頃には、すっかり日が高くなっていた。
「それじゃ、俺は司令部へ報告に行ってくる!」
ガンツが手を上げる。
「おう。お疲れさん」
「お前もな! また現場で会おうぜ!」
そう言って、ガンツは工兵たちを連れて去っていった。
……元気なおっさんだ。
俺たちも宿へ戻ろうとした、その時だった。
「シライシ・キョウマ殿!」
振り返ると、軍服姿の兵士がこちらへ駆けてきた。
「……今度は何だ?」
「レオン閣下からの伝言です。午後、司令部へお越しいただきたいとのことです」
「また?」
「はい。軍政評議会が開かれますので」
「軍政評議会?」
隣でリュカが声を上げた。
「この街の軍と行政をまとめてる人たちの会議だよ」
「へえ。そんなところに俺が行っていいのか?」
「閣下からのご指示ですので」
……そうか。まあ、呼ばれたんなら行くしかないな。
午後。
司令部を訪れた俺たちは、大きな会議室へ案内された。
分厚い扉の向こうには、長い机が置かれていた。
その奥に座っていたのは、五人の獣人たちだった。
中央には、灰色のたてがみを蓄えた老いた獅子獣人。
その両隣には、大柄な虎獣人の男と、鋭い目つきをした山猫獣人の女。
さらに、眼鏡をかけた兎獣人の文官と、片腕に古傷のある牛獣人の軍人が並んでいる。
……なんだか、偉そうな人ばっかりだな。
「キョーくん、失礼のないようにね」
チャピが小声で言ってくる。
「分かってるって」
「本当に?」
「何で疑うんだよ!」
その時、扉が開いた。
入ってきたのはレオンだった。
「お待たせしました」
レオンが五人へ一礼する。
……おお。
あいつもちゃんと敬語使うんだな。
当たり前か。
「レオン・ザルガード」
中央の獅子獣人が口を開いた。
「先ほど、軍政評議会の審議が終了した」
「はい」
「第三砦への補給路について、ガンツ工兵隊長から報告を受けた」
「崩落地点での安全確保、工兵隊への指示、補給部隊の運用。いずれも適切だったと認める」
「だが、今回の件だけで《軍統印》を託すわけにはいかん」
老人が机の上に置かれた書類へ目を落とした。
「崩落地点での安全確保、工兵隊への指示、補給部隊の運用。いずれも適切だったと認める」
レオンは黙って聞いている。
「だが、今回の件だけで結論を出したわけではない。お前はこれまで、東部の防衛線を維持し、魔物の侵入を防いできた。兵の損耗を抑え、住民の安全にも配慮してきたことは、我々も承知している」
「……恐縮です」
「しかし――」
今度は文官の男が口を開いた。
「一つ、確認したい」
レオンがそちらを向く。
「何でしょう」
「お前は優秀な軍人だ。それは認めよう。だが、軍を率いることと国を治めることは違う」
……お。
何だか雰囲気が変わったぞ。
「軍であれば、命令によって兵を動かせる。しかし、国には商人も農民も職人もいる。軍の理屈だけでは動かぬ者たちだ」
「承知しています」
「ならば聞こう。軍の利益と民の利益が衝突したとき、お前はどちらを優先する?」
……難しい質問だな。
俺だったら困るぞ、これ。
だが、レオンは迷わなかった。
「状況によります」
文官の眉が動く。
「……どちらかを選べと言っている」
「どちらか一方を選べば、もう一方が必ず犠牲になるとは限りません」
レオンは落ち着いた声で続けた。
「第三砦への補給が滞れば、兵は戦えなくなります。兵が戦えなくなれば、やがて民も危険にさらされる」
「…………」
「軍を守ることが民を守ることにつながる場合もあります。逆もまた同じです」
「では、両方を守れないときは?」
今度はレオンが少し黙った。
「……そのときは、失うものを最も少なくできる道を選びます」
「全員を救うとは言わないのか?」
「できない約束はいたしません」
……へえ。
随分とはっきり言うんだな。
レオンは五人の評議員を見渡した。
「ただし、救えなかった者が出たとしても、その責任から逃げるつもりはありません」
会議室が静かになった。
文官の男はしばらくレオンを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった」
中央の老人が立ち上がる。
「それでは、評議会の決定を伝える」
隣の評議員が、小さな箱を机の上へ置いた。
蓋が開かれる。
中には、黒い金属で作られた印が収められていた。
交差した槍と盾のような紋章が刻まれている。
「……あれって」
チャピが小声で呟く。
「ああ」
俺も見覚えがあった。
ドルガンで見たものとは形が違う。
だが、あれは――。
「レオン・ザルガード」
老人の声が響いた。
「ザルガード軍政評議会は、お前を次代グランディア国王にふさわしい候補者として支持する」
レオンが姿勢を正す。
「よって、ここに――」
老人が箱を持ち上げた。
「東部ザルガードの《軍統印》を託す!」
……おお。
……おお。
これでガルドとレオンが一つずつか。
いや、俺たちが集めてるわけじゃないけど。
「……一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「第三砦への補給路を復旧できたのは、工兵隊と補給部隊の働きによるものです。私一人の功績ではありません」
「承知している」
老人が答えた。
「だからこそ、お前を選んだ」
「……?」
「すべてを一人で解決できる者などおらん。必要な者に仕事を任せ、その力を生かせることも、指揮官の資質だ」
レオンが僅かに目を見開いた。
「国王となれば、なおさらだ」
「…………」
しばしの沈黙。
やがて、レオンは深く頭を下げた。
「謹んで、お受けいたします」
その手に、《軍統印》が渡された。
五人の評議員が立ち上がり、静かに一礼する。
派手な歓声も、拍手もない。
ただ、レオンは手の中の印をしっかりと握り締めていた。
……なるほどな。
これであいつも王位へ一歩近づいたわけか。
評議会が終わり、俺たちは司令部の廊下へ出た。
「いやあ、何だか緊張したな」
俺が肩を回すと、チャピが呆れたように言った。
「キョーくん、ほとんど何も喋ってなかったじゃない」
「だから緊張したんだよ!」
「何それ!」
その時、後ろから声がした。
「キョウマ」
振り返ると、レオンが立っていた。
「おお。おめでとう」
「ああ。ありがとう」
レオンは小さく頷いた。
「今回の件では世話になった」
「だから、俺はちょっと手伝っただけだって」
「その少しを引き受けてくれる者が、常にいるとは限らん」
……何だよ。やけに真面目だな。
「まあ、困ったときはお互い様だろ」
そう言うと、レオンは一瞬だけ目を細めた。
「……そうだな」
「それに、ガンツたちが頑張ったんだしな」
「ああ。工兵隊には改めて褒賞を与えるつもりだ」
「おっ、いいじゃん。あのおっさん喜ぶぞ!」
「……おっさん?」
「ガンツ」
「…………」
レオンが黙った。
「お前は、あの男とも随分打ち解けたようだな」
「まあな。同じ現場仕事だからな!」
「……そうか」
その横から、リュカが口を挟んだ。
「それで、レオン様。王選はこれからどうされるんですか?」
レオンは手元の《軍統印》へ目を落とした。
「無論、他の地域からも支持を得るつもりだ」
「王都とか?」
「ああ。王都も、南部も、西部も。必要であれば、すべて回る」
「大変だなあ」
思わず呟く。
「王様になるのも楽じゃないんだな」
「……まだ王ではない」
「そうだった」
チャピが横で吹き出した。
レオンは呆れたように俺を見る。
「お前は本当に変わった男だな」
「よく言われる」
「褒めているわけではないぞ」
「知ってるよ!」
レオンの口元が、ほんの少し緩んだ。
……お、こいつも笑うんだな。
「では、私はこれで失礼する」
「ああ。頑張れよ、レオン」
「お前たちもな」
レオンはそう言って、廊下の向こうへ歩いていった。
俺はその背中を見送る。
ガルドが手にした《鉱山印》。
そして、レオンが手にした《軍統印》。
二人とも、王になる資格があると認められたわけだ。
……しかし。
王様になりたい奴が四人もいるってことは、最後には誰かが選ばれないんだよな。
当たり前の話だけど。
「キョーくん」
チャピが俺の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「いや……王様って、大変そうだなと思って」
「今さら!?」
「俺には無理だわ」
そう言って歩き出すと、チャピが何故か苦笑した。
「……キョーくんは、そう言うと思った」
「何だよ、それ」
「別に!」
ばふっ!
「お前まで何だよ!」
……ったく、王様なんてよくやろうと思うな。




