#77-9「仮設の橋、繋ぐべき命」
「……さて」
こいつは、どうしたもんかね。
そう思った直後、後方から砂走車の音が響いてきた。
振り返ると、護衛を伴った一台の車両がこちらへ向かってくる。
車両が停止し、中から降りてきたのは、濃紺の軍服を着た狼獣人――レオンだった。
「閣下!」
ガンツが姿勢を正す。
周囲の兵士たちも一斉に敬礼した。
レオンは短く頷くと、崩落現場へ視線を向けた。
「状況は?」
「崩落箇所の両端に新しい亀裂が確認されました。現在、測量位置を下げて安全を確保しています」
「崩落は広がっているのか?」
「まだ断定できません。ただ、今の状態で元の道路を復旧するのは危険です」
レオンは無言で現場を見る。
俺も改めて崩落地点へ目を向けた。
街道を横切るように裂けた地面。
崩れ落ちた石材。
そして、その向こうに続く道。
確かに、ここへ人を入れて本格的な復旧工事をするのは、今は無理そうだった。
「通常の復旧には、どれほどかかる?」
「地盤次第ですが、数日は必要かと。場合によっては、それ以上になります」
ガンツが険しい顔で答える。
「今の状態では、埋め戻したところで再び崩れる危険があります」
「……そうか」
レオンが腕を組む。
「小型車両による先行輸送だけでは足りん」
「はい。何らかの手段で、大型の物資を通す必要があります」
しばし、沈黙が落ちた。
工兵たちは離れた位置で測量を続け、兵士たちは周囲を警戒している。
……参ったな。
完全に道がなくなってる。
俺は崩落地点を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……別に、今すぐ元通りの道じゃなくてもいいんだよな」
「ん?」
ガンツがこちらを見る。
「いや、第三砦に物資を届けたいんだろ?」
「ああ、そうだが」
「だったら本復旧は後回しにして、とりあえず通れるようにすればいいんじゃないか?」
レオンが俺を見た。
「具体的には?」
「いや、俺は土木の専門家じゃないぞ。ただ……」
もう一度、崩落した道路を見る。
「建物でも設備でも、すぐに直せない時は仮設でしのぐことがあるんだよ。応急措置で使えるようにして、本格的な修理は後からやる」
「なるほど。応急の通路を確保するということか」
「ああ。それなら少しは早くできないかなって」
ガンツが崩落地点へ目を戻した。
「……仮設橋か」
「橋?」
チャピが首を傾げる。
「ああ。道路が落ちた部分を、橋で越えるんだ」
「そんなことできるのか?」
俺が尋ねると、ガンツは首を振った。
「今の場所じゃ無理だ。両端の地盤が怪しい。橋を載せた途端に崩れたら笑い話にもならねえ」
「……だよな」
「だが、もう少し離れた場所なら話は別だ」
ガンツが周囲の岩場を指差した。
「この辺りには岩盤が露出してる場所がある。そこまで橋を延ばせるなら、可能性はある」
「ガンツ」
レオンが口を開いた。
「調査できるか?」
「はい。まずは橋を支えられる場所があるか確認します。架けられるかどうかは、その結果次第です」
「分かった。調査を進めろ」
「はっ!」
ガンツが工兵たちへ振り返った。
「おい!測量班!道路の両側だけじゃねえ!周辺の岩盤まで調べろ!」
「了解!」
「架橋班は仮設橋の資材を確認!まだ組み立てるなよ!」
「はっ!」
工兵たちが動き出す。
……おお。
何となく言っただけなのに、急に仕事が増えたな。
「キョウマ」
「ん?」
「お前の提案は理解した。だが、橋を架けられるかは工兵隊の判断に従う」
「ああ。そりゃそうだろ」
「……そうか」
何だよ。
また妙な顔しやがって。
しばらくして――。
「隊長!崩落地点から離れた場所に、両岸とも岩盤が露出している箇所を確認しました!」
「距離は?」
「現在ある橋材の規格で届く範囲です!ただし、支持部の詳しい確認が必要です!」
「よし!土台を設置できるか調べろ!安全が確認できるまで架けるなよ!」
「はっ!」
ガンツはレオンへ向き直った。
「閣下。仮設橋を架けられる可能性があります」
「必要なものは?」
「橋材一式と補強用の支材、それに組み立て要員です。資材の一部は持参していますが、追加が必要になります」
「どれほどで用意できる?」
「倉庫から運べば数時間で届きます。ただ、地盤の確認が終わらなければ作業には入れません」
「承知した」
レオンは副官へ向き直る。
「司令部へ伝令。東門倉庫から架橋資材を搬送しろ。工兵の増援も手配する」
「はっ!」
「第三砦への小型車両による先行輸送は継続。仮設橋が完成しても、安全が確認されるまで車両は通すな」
「了解しました!」
副官が走り去った。
……判断が早いな。
「ガンツ。仮設橋の設置はお前に任せる」
「はっ!お任せください!」
「焦る必要はない。橋が落ちれば、さらに補給が遅れる」
「承知しております。安全第一で進めます!」
ガンツが力強く答えた。
レオンは満足そうに頷くと、俺たちの方へ歩いてきた。
「シライシ・キョウマ」
「ん?」
「先ほどの提案には感謝する」
「いや、別に大したこと言ってないぞ。橋を造るのはガンツたちだしな」
レオンは短く頷いた。
「そうだな。では、お前たちは作業区域の外で待機していてくれ」
「えっ、俺も手伝うぞ」
「……何?」
レオンが足を止めた。
「いや、人手がいるんだろ?」
「お前に橋を造る技術があるのか?」
「ない!」
「……ないのか」
何故かレオンが疲れた顔をする。
「でも資材運んだり、作業の手元くらいならできるぞ。もちろん、勝手なことはしないけどな」
「おう!そりゃ助かるぜ!」
「ガンツ?」
レオンが振り返る。
「閣下。橋の組み立ては我々が担当しますが、資材の運搬や準備には人手が必要です。よろしければ、彼にも手伝ってもらいたいのですが」
「……お前が監督できるのか?」
「はい!危険な作業はさせません!」
レオンはしばらく俺たちを見比べていた。
「分かった。ガンツ、お前に任せる」
「はっ!」
「キョウマ。現場ではガンツの指示に従え」
「ああ、分かってるよ」
レオンが頷く。
「では、頼む」
そう言い残し、兵士たちの指揮へ戻っていった。
ガンツは俺の肩を叩いた。
「よし! キョウマ、こっちだ!」
「お、おう!」
「手伝いたいって言ったんだ。みっちり働いてもらうぞ!」
……なんか急に嫌な予感がしてきた。
「おい、キョウマ! そいつはこっちだ!」
「こっちか?」
「そうだ!同じ形のやつをまとめてくれ!」
「おう!」
指示された場所へ部材を運ぶ。
「せーの!」
「お、おもっ!」
「ははは! 無理すんなよ、清掃員!」
「誰が無理してるって!?」
……いや、やっぱ重いわこれ!
なんとか運び終えると、今度は組み立ての準備だ。
工兵たちは図面を広げ、部材を並べていく。
一つ終われば、また次だ。
橋の組み立て自体は工兵たちが担当している。
俺がやっているのは、その手伝いだけ。
「……ふう」
額の汗を拭う。
周囲では工兵たちが声を掛け合いながら、次々と作業を進めていた。
「キョーくん!」
振り返ると、安全区域からチャピが手を振っていた。
「頑張ってー!」
「おう!」
「怪我しないでよ!」
「分かってるって!」
その隣で蓮がこちらを見ている。
「キョウマさん!俺も何か手伝いましょうか!」
「ガンツに聞いてみろ!勝手に入るなよ!」
「はい!」
……よし。
ちゃんと現場のルールも守れてるな。
「キョウマ!次、こいつを頼む!」
「おう!」
……なんだか、前の仕事を思い出すな。
「お前、清掃員の割には手際がいいじゃねえか!」
「元ビルメンだからな。こういう現場仕事も嫌いじゃないんだよ」
「ビルメン?」
「ああ。建物の設備を点検したり、修理したりする仕事だ」
「へえ!そりゃ俺たちと似たようなもんだな!」
「まあ、橋を造ったことはないけどな!」
「ははは! そりゃそうだ!」
俺も笑い返した。
やがて、組み上がった橋の骨組みが、資材置き場の一角に姿を現し始めた。
まだ完成には程遠い。
実際に向こう側へ架けるには、地盤の安全確認も必要だ。
「よし、野郎ども! 次の部材だ!」
「おう!」
俺も工兵たちと一緒に返事をした。
……さて。
今度の仕事は、橋造りか。
清掃員の仕事じゃない気もするが――。
まあ、いいか。
困ってる奴がいるんだからな。




