#77-7「軍事都市の、指揮官」
「……ちょっと話を聞いてみるか」
そう言って歩き出そうとしたところで、チャピに腕を掴まれた。
「キョーくん! どこ行くの!」
「いや、話を聞きに」
「誰に?」
「……兵士?」
「疑問形なの!?」
……だって他に誰がいるんだよ。
俺は通りの向こうを見る。
さっきまで整然としていた街が、慌ただしくなっていた。
兵士たちは次々と持ち場へ向かい、荷車を誘導している。
「とりあえず、あそこにいる人に聞いてみようぜ」
近くで指示を出していた兵士へ声をかけた。
「すまん。ちょっといいか?」
「何だ。今は忙しい」
「第三砦の補給路が崩れたって聞いたんだが」
「それがどうした?」
「何か手伝えることはないかと思ってな」
兵士が俺を見た。
頭から足元まで。
そして背中のモップ。
「……お前、何者だ?」
「清掃員だ」
「…………」
兵士が黙った。
「……清掃員?」
「ああ」
「ここは軍の作戦区域だ。清掃の依頼なら別の部署へ行け」
「いや、掃除の話じゃなくて」
「ならば邪魔をするな!」
……怒られた。
「だから言ったでしょ!」
「いや、まだ何もしてないだろ」
「忙しい時に話しかけるから!」
確かに、それは悪かったか。
「すまん。邪魔したな」
俺は頭を下げ、引き返そうとした。
その時だった。
「何をしている」
低い声が響いた。
振り返ると、兵士たちの向こうから一人の男が歩いてきていた。
銀灰色の短い髪。
頭には狼の耳。
濃紺の軍服を着た、背筋の伸びた男だった。
周囲の兵士が一斉に姿勢を正す。
「レオン閣下!」
……レオン?
ああ、王選にいた奴か。
男は俺たちを一瞥すると、兵士へ声をかけた。
「何があった」
「はっ! こちらの者が第三砦の件で協力を申し出ております」
「協力?」
レオンの視線が俺へ向いた。
「所属は?」
「……清掃員」
「軍の所属を聞いている」
「いや、軍人じゃないぞ」
「では、何のためにここへ?」
……また説明するのか。
「地割れが増えてるって聞いたんで、現場を見に来た」
レオンはしばらく俺を見ていた。
「許可は?」
「ない」
「ならば立ち入りは認められん」
「まだ入ってないぞ」
「だから入るなと言っている」
……なるほど、話が早い。
「分かった。じゃあ邪魔にならないところにいるよ」
俺が下がろうとすると、レオンが再び口を開いた。
「待て。協力を申し出た者の名前くらいは聞いておこう」
「ん?白石恭真だ」
「シライシ・キョウマ?」
「ああ。キョウマでいい」
「私はレオン・ザルガード。この地の軍を指揮している」
「……ああ!王選にいた狼の人か!」
「狼の人……?」
レオンの眉が僅かに動いた。
「キョーくん!王位候補の方でしょ!」
チャピが慌てて口を挟む。
「そうだった。よろしくな、レオン」
「……ああ」
レオンは短く答えると、近くの兵士へ向き直った。
「第三砦の状況を報告しろ」
「はっ!主要補給路が通行不能となっております。迂回路も地割れの影響で、大型車両は通れません!」
「第三砦の備蓄は?」
「食料は五日分、飲料水は三日分です!」
レオンは腕を組んだ。
「工兵隊は?」
「現在、現場へ向かっております。到着まで半日かかる見込みです」
「ならば小型車両で運べるだけの物資を先行させろ。大型車両の通行は許可しない」
「しかし、それでは必要量を運べません!」
「承知している。だから工兵隊を向かわせている」
レオンの声は落ち着いていた。
「今は兵を危険にさらしてまで通す必要はない。まず安全を確保しろ」
「はっ!」
兵士が敬礼し、走り去った。
……なるほど。
ガルドが言ってた通り、悪い奴じゃなさそうだ。
「で、お前は何ができる?」
突然、レオンがこちらを向いた。
「……俺?」
「協力を申し出たのだろう」
「ああ」
「ならば聞こう」
レオンが真っ直ぐに俺を見た。
「何ができる?」
……困った。
まさか面接が始まるとは。
「……掃除?」
「…………」
レオンが黙った。
横でチャピが額を押さえている。
「キョーくん……」
「いや、待て!設備とか、そういうのなら多少は分かるぞ!」
「設備?」
「ああ。壊れたものを直したり、詰まったものを取り除いたり。まあ、現場を見ないと何とも言えんけど」
レオンは俺の背中にあるルミナスへ視線を移した。
「……それは?」
「モップ」
「見れば分かる」
……おお!こいつ、チャピと同じこと言いやがった。
「……名前はルミナスだ」
「名前は聞いていない」
横で蓮が顔を背けた……笑ってるだろ、お前。
レオンは小さく息を吐いた。
「今のところ、お前に任せられる仕事があるかは判断できん」
「まあ、そうだろうな」
「ただし、協力する意思があることは分かった」
そう言って、近くの兵士を呼んだ。
「この者たちの身元を確認しておけ。必要であれば、改めて話を聞く」
「はっ!」
兵士が敬礼する。
レオンは俺へ向き直った。
「シライシキョウマ、だったな」
「ああ」
「軍の管理区域へは無断で入るな。それだけは守れ」
「分かった」
レオンはそれだけ言うと、兵士たちを連れて歩いていった。
俺はその背中を見送った。
「……なんか、怖い奴だったな」
「怖いっていうか、真面目な人なんだよ」
リュカが答えた。
「でも、ちゃんと話は聞いてくれたね」
チャピが少し安心したように言った。
「そうだな」
俺は腕を組んだ。
第三砦への補給路に地割れ。大型車両が通れない道。
……さて。
「とりあえず宿でも探すか」
「えっ?」
チャピが目を丸くした。
「とりあえず宿でも探すか」
「えっ?もういいの?」
「何が?」
「第三砦のこと」
「いや、立ち入るなって言われただろ」
「……ちゃんと聞いてたんだ」
「お前、俺を何だと思ってるんだよ!」
リュカが吹き出し、蓮も笑った。
ノアはいつものように、楽しそうにこちらを眺めている。
……ったく。
俺だって、ちゃんと人の話くらい聞く。
そんなことを考えながら、俺たちは宿を探して歩き出した。
だが、遠くではまだ鐘が鳴っていた。
第三砦への補給路は、今も塞がれたままだった。




