#77-6「鉄壁の街、ザルガード」
砂走車に揺られること一日。
ようやく、地平線の向こうに巨大な城壁が見えてきた。
「……でけえな」
思わず声が出た。
灰色の城壁が左右にどこまでも伸びている。
その上には等間隔に見張り塔が並び、兵士たちが周囲を警戒していた。
「ここがザルガード?」
チャピが窓から身を乗り出す。
「そう。東部最大の軍事都市だよ」
リュカが答えた。
「なんか、ものものしいな」
「東の荒野には魔物がたくさんいるからね。ここは、その魔物たちが大陸の内側に入ってこないように守ってるんだ」
「へえ……」
改めて城壁を見る。
あんなものが必要なくらい、危険な場所なのか。
「だったら俺たちも、魔物に襲われたりするのか?」
「この辺りまでは滅多に来ないよ。東の砦で食い止めてるから」
「……それなら安心だな」
俺は座席に深く腰を下ろした。やっぱり安全第一だ。
その横で蓮が城壁を見上げている。
「すごいですね……。あの壁を維持するだけでも、相当な人手が必要でしょうね」
「そうだな。あれだけ長けりゃ点検だけでも大仕事だ」
俺は壁の上を目で追った。
石造りの壁面には、ところどころ足場が組まれている。
作業員らしい男たちが、何かを運び上げていた。
「……あそこ、補修してるな」
「最近の地割れの影響だよ。城壁の一部にも亀裂が入ったんだって」
「そりゃ大変だ」
壁が傾いたり崩れたりしたら、その下を歩く人間まで危ない。
やがて砂走車が速度を落とした。
前方には大きな城門。
だが、その手前には長い列ができていた。
「……渋滞か?」
荷車や旅人がずらりと並び、兵士たちが一人ずつ確認している。
「検問だよ。ザルガードは出入りが厳しいからね」
城門の左右には武装した兵士。
さらに壁の上からも、こちらを見下ろしている。
……なんか悪いことしてなくても緊張するな。
しばらくして、俺たちの番になった。
「止まれ!」
鎧を着た兵士が砂走車の前に立った。
「身分と入城目的を申告しろ!」
「観光……じゃないな」
「キョーくん!」
チャピが小声で突っ込んできた。
「何だよ。じゃあ何て言えばいいんだ?」
「調査でしょ!」
ああ、そうだった。
「調査だ」
「何の調査だ?」
……困った。
世界の穢れを調べています。
なんて言って通じるのか?
「えーっと……地割れとか、そういうのを見に来た」
兵士の眉が動いた。
「地割れ?」
「そう。何か変なことが起きてないか、現場を見たくて」
「許可証はあるのか?」
「……ない」
兵士の表情が険しくなった。
「無許可の調査は認められん」
「いや、別に勝手に掘ったり壊したりするつもりは――」
「キョーくん、ちょっと黙って!」
チャピが俺の前へ出た。
懐から身分証を取り出す。
「風の大陸シルフィード、ピュルシエール王家第一王女、チャルディアノクス・ピュルシエールです」
兵士が身分証を確認する。
「……ピュルシエール王家の王女殿下?」
「はい。大地の大陸で発生している異変を調査しています。正式な手続きが必要なら、担当の方へお取り次ぎください」
兵士は姿勢を正した。
「承知しました。確認いたしますので、少々お待ちください」
そう言い残し、門の奥へ向かっていった。
「……すげえな、チャピ」
「キョーくんが余計なこと言うからでしょ!」
「事実を言っただけだぞ」
「言い方の問題!」
……難しいな、外交って。
しばらくすると、先ほどの兵士が戻ってきた。
「確認が取れました。入城を許可します。ただし、軍の管理区域へ入る際は別途許可が必要です」
「分かりました」
チャピが答える。
門が開き、砂走車がゆっくりと動き出した。
その先に広がっていたのは――
「……うわ」
思わず声が漏れた。
真っ直ぐに伸びる大通り。
整然と並んだ灰色の建物。
道の両側には兵士が立ち、軍服姿の男たちが隊列を組んで歩いている。
遠くから号令が響いてきた。
「一、二!一、二!」
「……街中で訓練してるのか?」
「訓練場があちこちにあるんだよ。ここでは珍しくない光景だから」
「へえ……」
商人も住民もいる。
だが、王都ヴァルグランとはまるで雰囲気が違った。
人々は決められた通路を歩き、荷車は兵士の指示に従って進んでいる。
交差点には交通整理の兵士まで立っていた。
「……交通誘導まで軍がやってんのか」
「ここでは軍が街の管理も担当してるからね」
「なるほど……」
よく見れば、道路の一部が柵で囲まれていた。
地面に大きな亀裂が走り、その周囲で作業員が補修している。
別の通りでは、荷車が列を作って止まっていた。
「そっちは通れないのか?」
俺が尋ねると、リュカが顔を向けた。
「あの先も地割れが起きたんだって。迂回するしかないみたい」
「結構あちこち壊れてるんだな」
「……うん」
その時だった。
前方から、甲高い鐘の音が響いた。
カン! カン! カン!
街を歩いていた兵士たちが、一斉に足を止める。
「……何だ?」
直後、通りの奥から一人の兵士が駆けてきた。
「伝令!伝令!」
声を張り上げながら、門の方へ走っていく。
「緊急伝令!第三砦への補給路が崩落!司令部へ報告する!」
周囲の兵士たちが慌ただしく動き始めた。
「第三砦への補給路が崩落!」
「第一補給隊、待機!工兵隊へ連絡!」
次々と指示が飛び交う。
さっきまで整然としていた街の空気が、一気に変わった。
「……何かあったみたいだな」
俺が呟くと、リュカが険しい顔をしていた。
「第三砦は、東の防衛線にある砦だよ」
「それがどうした?」
「補給が止まったら……」
リュカはそこで言葉を切った。
遠くで、また鐘が鳴る。
兵士たちが走り、補給車両が次々と動き出していく。
蓮が真剣な顔で、その様子を見つめていた。
「……前線にいる人たちが危ないということですね」
「うん。長く補給が止まれば、魔物を食い止められなくなる」
俺は城門の向こうを振り返った。
あれだけ頑丈そうな城壁。
それを守る大勢の兵士。
なのに、一本の道が崩れただけで、こんな騒ぎになるのか。
俺はもう一度、通りの奥を見た。
何が起きているのか、まだ分からない。
だったらまずは――
「……ちょっと話を聞いてみるか」
「やっぱり!」
チャピの声が、騒がしい街路に響いた。




