#77-5「砂漠の向こうは、規律の街」
王都ヴァルグランを経由し、俺たちは東へ向かう砂走車に乗っていた。
見渡す限りの砂漠。
船のような車体が砂の上を滑り、時折、乾いた風が吹き込んでくる。
「……暑い」
首に巻いたタオルで汗を拭う。
「それさっきも言ってたよ」
隣に座るチャピが呆れた顔をした。
「暑いんだから仕方ないだろ」
「もう少し違うこと言えないの?」
「……砂が多い」
「見れば分かるよ!」
向かいに座っていた蓮が小さく笑った。
「でも、すごい乗り物ですよね。砂の上をこんな速度で走れるなんて」
「俺も最初は驚いたよ。」
「そうですよね。どういう仕組みなんでしょう」
「さあな。どういう仕組みなのか、俺にもさっぱりだ」
蓮は車体の床へ目を向けた。
「キョウマさんでも分からないんですね」
「当たり前だろ?俺は何でも分かるわけじゃないぞ」
「すみません。坑道での作業を見ていたので、いろんなことに詳しいのかと」
「あれは現場の連中が構造を教えてくれたからな。俺だけだったら何もできなかったよ」
「……なるほど」
蓮は納得したように頷いた。
「それでも、あの状況で動けたのはすごいと思います」
「いや……それでも……助けられなかったしな」
蓮が口を閉じた。
少し重い空気になってしまった。
……別に、そんなつもりじゃなかったんだが。
「そういや、リュカ」
俺は窓際に座る猫耳の少女へ声をかけた。
「ザルガードってどんなところなんだ?」
「……ん?」
リュカがこちらを向いた。
「軍事都市だよ。兵士が多くて、規律に厳しい。街の出入りも他の地域より面倒かな」
「面倒って?」
「身分の確認とか、持ち物の検査とか」
「……モップは大丈夫か?」
「武器じゃなければね」
俺は背中のルミナスを見た。
「……武器じゃないよな?」
ばふっ!
「お前、なんでそこで元気よく返事するんだよ」
「キョーくん、それ絶対怪しまれるよ!」
チャピが笑った。
「笑い事じゃないぞ。入口で取り上げられたら困る」
「大丈夫だよ。私が説明するから」
リュカがあっさり答えた。
「お、頼りになるな」
「案内役だからね」
そう言って笑う。
「それで、レオンってどんな奴なんだ?」
俺が尋ねると、リュカは一瞬だけ考えた。
「……真面目な人だよ」
「それだけ?」
「規律を大切にして、兵士からも信頼されてる。軍の指揮官としては優秀だと思う」
「へえ」
ガルドも悪い奴じゃないと言っていた。
まあ、会ってみないことには分からないか。
「レオンさんは、王位候補なんですよね?」
蓮が会話に入ってきた。
「そう。東部を代表する候補者だよ」
「軍事力を持つ方が王になれば、各地の争いを止められるかもしれませんね」
「……そうだね」
蓮が少し首をかしげる。
「何か問題があるんですか?」
「問題っていうか……」
リュカは窓の外を見た。
「ザルガードは、ほかの地域と考え方が違うところがあるから」
「どう違うんだ?」
「決まりを守ることが一番大事なの。誰か一人が勝手なことをすると、全体が危険になる。そういう考え方」
「……それは間違ってないんじゃないか?」
「うん。間違ってないよ」
リュカは俺を見た。
「でも、キョウマは決まりより先に動くでしょ?」
「……そうか?そんなつもりはないぞ」
「坑道でもそうだったじゃない」
「あれは人が閉じ込められてたからだろ」
「そういうところ」
リュカが苦笑した。
「ザルガードじゃ、ちょっと気をつけた方がいいよ」
「……俺、入る前から怒られそうなんだけど」
「キョーくん、ちゃんと話を聞けばいいだけだよ!」
「聞いてるだろ!」
「聞いてから行動してね!」
……信用ないな、俺。
その時、蓮が思い出したように口を開いた。
「そういえば、東部では地割れが増えていると聞きました」
「ああ、それね」
リュカが頷く。
「道路が寸断されたり、軍の補給路にも被害が出てるみたい。復旧作業が追いついてないんだって」
「補給路か……」
俺は腕を組んだ。
道路が壊れれば、物資も人も運べなくなる。
現場で一番困るやつだ。
「キョウマさん、そういう場所も直せるんですか?」
「いや、地割れなんて直したことないぞ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろ。俺は建物の設備管理が専門だ。地面が割れたら土木の仕事だよ」
「……確かに」
「ただ、壊れた設備の方なら多少は分かるかもしれん」
「なるほど」
「まあ、まず現場を見ないとな。何が壊れてるのかも分からんし」
蓮が頷いた。
「そうですね。まずは状況を確認することが大切ですよね」
「そういうこと」
俺は窓の外を眺めた。
どこまでも続く砂の海。
その向こうに、次の目的地がある。
「……キョーくん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
チャピは少しだけ俺を見つめ、それ以上は聞いてこなかった。
砂走車が大きく揺れる。
「うおっ!」
座席から腰が浮いた。
「ちょっと!運転荒くない!?」
チャピが前方へ声を上げる。
御者が振り返らずに答えた。
「この先は砂が深いんだ! 少し揺れるぞ!」
「少しってレベルじゃねえだろ!」
ノアだけが平然と座っている。
「我が君。お身体を支えましょうか?」
「いや、いい」
「では、わたしの膝へ――」
「だからいいって!」
蓮が思わず吹き出した。
「……本当に賑やかですね、皆さん」
「毎日こんなもんだよ」
そう答えると、蓮は少し羨ましそうに笑った。
「そうなんですね」
リュカも笑っていた。
けれど、しばらくするとまた窓の外へ顔を向けた。
砂走車は速度を上げ、東へと進んでいく。
軍事都市ザルガード。
次の目的地は、もう遠くない。




