#77-4「鉱山印の、重さ」
翌朝。
俺たちは再び坑道の前にいた。
昨日とは違い、辺りは静かだった。
救助された八人は治療を受けている。
残る四人については、まだ坑道の中に入れないらしい。
崩落した場所を補強してから、改めて収容することになった。
ガルドは坑道の入口を黙って見ていた。
昨日と同じ、土に汚れた服のままだ。
「ガルド様」
後ろから声がして、振り返る。
何人かの男たちがこちらへ歩いてきていた。
年配の鉱夫もいれば、商人らしい服装の男もいる。
「評議会か」
ガルドが低く呟いた。
先頭の老人が頷く。
「話し合いが終わった」
「今それどころじゃねえだろ」
ガルドが坑道を見る。
「四人がまだ中だ」
「分かっている」
「だったら――」
「だからこそだ」
老人が言葉を遮った。
ガルドが黙る。
老人は懐から、小さな箱を取り出した。
開かれた箱の中には、黒い金属で作られた印が収められていた。
「……《鉱山印》」
老人がガルドの前へ進む。
「ガルド・ドルガン」
周囲にいた鉱夫たちも静かになった。
「鉱山評議会は、お前を次代の王として支持する」
ガルドの眉が動いた。
「……昨日のことでか?」
「違う、昨日だけではない」
ガルドが老人を見る。
「お前が何度この坑道へ降りたか。何度事故現場へ来たか。何度俺たちの話を聞いたか」
老人はゆっくりと続ける。
「俺たちはずっと見てきた」
誰も喋らない。
「昨日、八人を救ったから選ぶんじゃない。四人を救えなかったことから、目を逸らさなかったからだ」
ガルドの拳が握られた。
「……俺は四人を助けられなかった……。王になろうって奴が、自分の土地の人間も助けられねえ」
「だから何だ」
老人の声が低くなる。
「王なら全部救えるとでも思っているのか」
ガルドが顔を上げた。
「救えなかった人間を忘れず、次を救う。それがお前の仕事だ」
しばらく、ガルドは何も言わなかった。
やがて、箱の中の《鉱山印》を見る。
「……重てえな」
「当たり前だ。……鉱山で働く全員の命が乗ってる」
ガルドが鼻で息を吐いた。
そして――《鉱山印》を手に取った。
「分かった……預かる」
歓声は上がらなかった。
誰も拍手もしない。
ただ、鉱夫たちが静かに頷いていた。
俺はその光景を見ていた。
これが王選。
強い奴が王になるわけじゃない。
その土地の人間が、こいつなら任せられると決める。
そういうことなのかもしれない。
老人が今度は俺を見る。
「お前にも、ドルガンから礼をしなければならんな」
「礼?」
「望むものがあるなら言え。金でも鉱石でも、出来る限り用意しよう」
「いや、別にいらない」
老人が目を瞬いた。
「……いらない?」
「人が閉じ込められてたから手伝っただけだし」
ばふっ。
「お前はなんで得意げなんだよ」
老人はしばらく俺とルミナスを見ていた。
やがて、小さく笑う。
「そうか」
それだけ言って、老人は坑道へ目を戻した。
俺も同じ方を見る。
四人。
あと少し早ければ。
その言葉は、まだ消えていなかった。
次の日。
荷物をまとめ、俺たちはドルガンを出る準備をしていた。
坑道の事故から二日。
救助された八人は、まだ治療が必要らしい。
残った四人の収容作業も始まっていた。
街全体が、まだ少し重い。
「もう行くのか」
声をかけてきたのはガルドだった。
鉱山印を受け取った時と同じように、作業着姿だ。
「他も見て回るんだろ?」
「ああ」
「次は?」
俺はリュカを見る。
「どこがいい?」
「私に聞くの?」
「案内役だろ」
「まあ、そうだけど」
リュカが腰に手を当てる
。
「だったら東かな」
「東?」
「ザルガード。ここから一度ヴァルグランへ戻って、そこから砂走車で行くのが早いよ」
「ザルガード……」
ガルドが低く呟いた。
「レオンのところか」
「知ってるのか?」
「王位候補なんだから当たり前だろ」
「そういやそうだった」
「お前、王選見に来たんじゃねえのか?」
「現場見に来ただけだ」
ガルドが呆れた顔をする。
「……まあ、お前らしいか」
俺らしいってなんだ。
「レオンは俺とは全然違うぞ」
「どんな奴なんだ?」
「見りゃ分かる」
ガルドが鼻で笑った。
「一つだけ言っとく」
表情が少し真面目になる。
「あいつは悪い奴じゃねえ」
「じゃあ問題ないだろ」
「そう単純でもねえんだよ」
よく分からない。
横を見ると、リュカが黙っていた。
いつもなら何か言ってきそうなのに。
「リュカ?」
「ん?」
「どうした」
「別に」
すぐにいつもの顔へ戻る。
「東なら私が詳しいから、楽だと思って」
「そうなのか?」
「まあね」
それだけ言って、リュカは先に歩き出した。
猫の尻尾が、少しだけ落ち着かないように揺れている。
……なんだ?
ばふっ。
「お前も気になるか?」
ばふっ。
「だよな」
「キョーくん、何を話してるの?」
「ルミナス」
「それは見れば分かるよ!」
後ろからチャピの声が飛んでくる。
ノアがくすくす笑い、蓮は苦笑していた。
ガルドが大きく息を吐く。
「最後まで騒がしい連中だな」
「じゃあな」
「ああ」
ガルドが拳を差し出してきた。
俺も拳を合わせる。
「次に会う時まで死ぬなよ」
「そっちもな」
ばふっ。
「お前もかよ」
ばふっ!
「ほら、ルミナスも怒った」
「なんでそいつまでこだわってんだよ」
そんなやり取りをしながら、俺たちは鉱山都市ドルガンを後にした。
次は東。
軍事都市ザルガード。
隣を歩くリュカは、いつもより少しだけ静かだった。




