#77-3「あと少し、早ければ」
「生きてる!」
ガルドが叫んだ。
「おーい! 聞こえるか!」
――コン、コン!
すぐに返事が来る。
「待ってろ! 今行く!」
ガルドの声に、奥から何か叫ぶ声が返ってきた。
言葉までは聞き取れない。
でも、生きている。
俺たちは先を急いだ。
通路は進むほど酷くなっていく。
折れた支柱。崩れた岩。砕けた魔石灯。
壁には大きな亀裂まで走っていた。
「……ひどい」
チャピが小さく呟く。
足元には工具が落ちていた。
片方だけの靴。血の付いた布。
さっきまでここで誰かが働いていた。
その跡だけが残っている。
「止まるな」
ガルドが言った。
「まだ生きてる!」
さらに奥へ進むとやがて、大量の岩で塞がれた場所に出た。
その向こうから声がする。
「ガルド様!」
「ここだ!」
「助けてくれ!」
何人もの声……近い。
岩一枚隔てた向こうだ。
ガルドが岩へ手をかける。
「待て!上を見ろ」
天井に亀裂が走っている。
かなり深い……。
さっきまでとは違う。
「……まずいな」
ガルドも気づいた。
「ここを崩したら、上まで来るかもしれねえ」
「でも、このままじゃ出せない」
蓮が岩を見る。
その時、岩の隙間から、手が出てきた。
泥と血で汚れた手。
「誰か……」
かすれた声がした。
「頼む……」
チャピが息を呑む。
「キョーくん……」
「ああ」
時間を掛けてる場合じゃない。
「支柱を入れる」
「足りねえぞ」
ガルドが言う。
「ここまで持ってきた分じゃ全部は支えられねえ」
「じゃあ一番危ないところだけだ」
俺は天井を見る。
亀裂に傾いた横木。
荷重が集中している場所。
「ここ。それと向こう」
「分かるのか?」
「分からん」
「おい!」
「でも、やるしかないだろ!」
ガルドが俺を見る。
一瞬だけ黙って――。
「……そうだな」
すぐに動いた。
「蓮!こいつを持て!」
「はい!」
支柱を立てる。
ノアが天井を見ながら位置を指示する。
「もう少し左です」
「ここか!」
「はい」
ガンッ!
木片を打ち込む。
一本……二本。
「よし!」
「岩を動かすぞ!」
ガルドと蓮が前へ出た。
俺も小さい岩をどかす。
一つ。二つ。
少しずつ穴が広がる。
「見えた!」
奥に人がいた。
何人も固まっている。
顔は煤と血で真っ黒だ。
立っている者は少ない。
一人は頭から血を流している。
別の男は片足を岩に挟まれていた。
その隣では、二人掛かりで倒れた男を抱えている。
十二人……全員いる。
「順番に出ろ!」
ガルドが叫ぶ。
「歩ける奴からだ!」
一人目……二人目。
穴から這い出してくる。
三人目。
「こいつを先に!」
負傷した男が押し出されてきた。
蓮が受け取る。
「大丈夫です! ゆっくり!」
四人、五人、六人。
「あと六人!」
ガルドが叫ぶ。
その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
腹の底に響くような音。
全員の動きが止まった。
「……まずい」
ガルドが天井を見上げる。
亀裂が――広がった。
「出ろ!!」
叫んだ瞬間。
ドンッ!!
坑道全体が大きく揺れた。
「きゃあっ!」
チャピが壁に手をつく。
天井から石が降る。
「急げ!」
七人目が穴を抜ける。
八人目!その後ろ。
「早く!」
男が一人、こちらへ手を伸ばした。
その瞬間、支柱が折れた。
バキンッ!!
嫌な音が聞こえる。
「伏せろ!!」
ガルドが叫ぶと轟音が響く。
目の前が土煙で真っ白になった。
何も見えない。
耳鳴りがし、石がぶつかる。そして誰かの叫び声。
「チャピ!」
「いる!」
「蓮!」
「大丈夫です!」
「ノア!」
「こちらに」
「ガルド!」
返事がない。
「ガルド!」
「……ここだ!」
土煙の向こうから声がした。
生きてる。
俺は咳き込みながら立ち上がった。
そして。
さっきまで穴があった場所を見る。
なくなっていた。
岩で完全に塞がれている。
「……おい」
ガルドが駆け寄る。
「おい!!」
岩を掴む。
「返事しろ!」
誰も答えない。
「おい!! 聞こえてんだろ!!」
ガルドが岩を殴る。
「返事しろ!!」
俺も耳を澄ませる。
さっきまで聞こえていた声。
叩く音。何もない。
「……どけるぞ」
俺は岩へ手を伸ばした。
ガルドに腕を掴まれる。
「待て」
「……まだ四人いる」
「分かってる!」
ガルドが怒鳴った。
目が赤い。
「分かってる……!」
上を見ると、新しく入れた支柱も傾いている。
天井そのものが落ちかけていた。
「今ここを触ったら、全員埋まる」
「でも!」
「分かってんだよ!!」
ガルドの拳が震えていた。
俺は何も言えなかった。
岩を見る――その向こうに、四人いる。
ついさっきまで……生きていた。
手を伸ばしていた…………もう少しだった!!
本当に、あと少しだった。
ばふっ……。
ルミナスが、背中で小さく揺れた。
「……助けられなかったな」
誰に言ったのか、自分でも分からない。
ガルドは答えなかった。
しばらくして。
俺たちは八人を連れて、坑道を出た。
外では歓声が上がった。
家族が駆け寄る。
泣きながら抱き合う。
「……あと四人は?」
誰かが聞いた。
ガルドは答えなかった。
坑道の入口を振り返る。
あの奥に、四人残っている。
もう少し早ければ。
そんな言葉が、頭から離れなかった。




