#77-2「坑道の、奥から」
低い声が、人混みの奥から響いた。
周囲の鉱夫たちが一斉に振り返る。
「ガルド様!」
大柄な男がこちらへ歩いてきた。
熊の耳。太い腕。
王城の大広間で見た男だ。
ただし、あの時とは随分違う。
服は土まみれ。
額には汗が浮かび、肩には太い縄を担いでいる。
どう見ても王位候補には見えない。
「状況は!」
「第三坑道が崩落! 十二人が奥に残ってます!」
「第二坑道は?」
「途中まで行けますが、奥で繋がってるかは……」
「なら確認する。縄と支柱を持ってこい!」
「ガルド様!」
鉱夫の一人が前に出た。
「まだ揺れてます! 今入るのは危険です!」
「中に十二人残ってんだろ」
ガルドが睨む。
「だったら行くしかねえ」
その言葉に、周囲が黙った。
俺はガルドを見る。
王位候補って、もっと偉そうな奴を想像していた。
「……あんたも入るのか?」
ガルドがこっちを見る。
しばらく俺の顔を見たあと、眉を寄せた。
「お前……王城にいた奴か」
「覚えてたのか」
「妙なモップ背負ってりゃ嫌でも覚える」
ばふっ!
「ほら、怒ったぞ」
「なんでモップが怒るんだよ」
「俺にも分からん」
ばふっ、ばふっ!
「増えた」
ガルドがルミナスを見つめる。
「……まあいい」
よくない顔をしているが、今はそれどころじゃないらしい。
「旅人なら下がってろ。ここは危ねえ」
「俺も行く」
ガルドの眉間に皺が寄った。
「鉱山の経験は?」
「ない」
「帰れ」
即答だった。
「でも、壊れた設備なら多少分かる。仕事だったからな」
正確にはビルメンだ。
鉱山なんて担当したことはない。
でも支柱が折れて、通路が塞がってるなら。
見れば何かできるかもしれない。
「キョーくん、本当に行くの?」
チャピが後ろから覗き込んでくる。
「人が閉じ込められてるんだろ」
「そうだけど……」
「なら見てくる」
「ほら! やっぱりそうなる!」
チャピが頭を抱える。
「……じゃあ! あたしも一緒に行くから!」
「俺も行きます」
蓮が一歩前に出る。
「人手は多い方がいいでしょう」
ノアがくすりと笑う。
「では、私も参りましょうか」
「お前は当然みたいに入ってくるな」
「キョウマ様が行くところへ私が行くのは当然です」
「当然じゃない」
ガルドが俺たちを順番に見る。
そして大きく息を吐いた。
「……勝手にしろ」
ガルドが頭を掻く。
「ただし、中じゃ俺の指示に従え。坑道は道を間違えりゃ、それだけで死ぬ」
「ああ」
「それと」
ガルドが俺の背中を指差した。
「そのモップ、本当に持ってくのか?」
「当たり前だろ」
ばふっ!
「……そうかよ」
ガルドはもう突っ込むのを諦めたらしい。
鉱夫たちから縄と灯りを受け取る。
目の前には、暗い坑道。
「行くぞ」
ガルドを先頭に、俺たちは崩れかけた坑道へ足を踏み入れた。
坑道の中は、思っていたより狭かった。
壁に取り付けられた魔石灯が、一定間隔で暗い通路を照らしている。
ただ、そのいくつかは砕けていた。
地面には小石や木片が散らばり、天井からは時々砂が落ちてくる。
「足元に気をつけろ」
先頭を歩くガルドが振り返らずに言った。
「ここから先は第二坑道だ。第三坑道とは奥で繋がってる」
「そこから回り込むのか?」
「ああ。まともに行けばな」
ガルドが止まった。
その先に、通路を塞ぐように、大量の岩が積み重なっていた。
「……こっちもか」
ガルドが舌打ちする。
「昨日までは通れたんだがな」
蓮が岩の山を見上げた。
「どかせませんか?」
「下手に触るな」
ガルドが即座に止める。
「待て。あそこを見ろ」
ガルドが、崩れた岩の横を指差した。
坑道の両脇には太い木の支柱が立ち、その上に横木が渡されている。
天井を支えるためのものらしい。
そのうち右側の一本が、大きくひび割れていた。
上の横木も傾き、隙間から砂がぱらぱらと落ちている。
「この支柱が、もう限界だ」
ガルドが言う。
「このまま岩をどかしたら、振動で完全に折れる。そうなりゃ天井まで落ちてくる」
「じゃあ、先にこっちを何とかするしかないな」
俺は折れかけた支柱を見る。
木製。
根元から大きく裂けている。
まだ持ってはいるが、長くはなさそうだ。
「……新しい支柱はあるか?」
「ああ。持ってきてる」
「なら、これを交換する前に横木を別の支柱で支えよう」
「あ?」
ガルドが俺を見る。
俺は傾いた横木の下を指差した。
「左右に一本ずつ入れる。先にそっちで天井の重さを受けるんだ」
ガルドが横木を見る。
「そうすれば、こいつを外しても落ちないだろ」
しばらく黙っていたガルドが、今度は俺を見る。
「……鉱山経験、本当にねえんだよな?」
「ない」
「なんで分かる」
「似たようなのは仕事で見た」
正確には、こんな岩山を支えたことなんてない。
でも、壊れそうなものを見て。
どこに負担が掛かっているか考えて。
完全に壊れる前に直す。
やってることは同じだ。
ガルドがしばらく考えたあと、笑った。
「面白え」
肩に担いでいた縄を下ろす。
「やってみるぞ」
ガルドが後ろを振り返る。
「予備の支柱を二本持ってこい!」
同行していた鉱夫たちが、すぐに動いた。
運ばれてきた太い支柱を、傾いた横木の下へ一本ずつ立てる。
「もう少し右だ」
ガルドが位置を確認する。
「そこだ。止めろ」
支柱の上端が横木に当たる。
だが、わずかに隙間があった。
「これじゃ支えられないな」
俺が言うと、ガルドが木片を取り出した。
「だからこいつを使う」
支柱と横木の隙間へ木片を差し込み、太い槌で打ち込んでいく。
ガンッガンッ。
少しずつ隙間が埋まる。
やがて二本の支柱が、しっかりと横木を受け止めた。
ガルドが手で押して確かめる。
「よし」
折れかけた支柱を見る。
「これなら外せる」
「じゃあ俺が――」
「待て」
ガルドに止められた。
「ここからは俺がやる。お前は上を見てろ」
「分かった」
ガルドが傷んだ支柱に手をかける。
ゆっくりと引き抜いていく。
ミシッ。
嫌な音がした。
チャピが俺の服を掴む。
「キョーくん……」
「まだ大丈夫だ」
新しく入れた二本の支柱を見る。
動いていない。
ガルドもそれを確認しながら、さらに力を込めた。
「……抜けろ!」
折れた支柱が倒れる。
ドンッ!
土埃が舞った。
全員が天井を見る。
何も落ちてこない。
「……持ったな」
ガルドが笑った。
「次は岩だ」
蓮が前へ出る。
「俺も手伝います」
「ああ。でかいのは頼む」
「はい」
俺たちは崩れた岩を一つずつ動かし始めた。
大きなものは蓮とガルド。
小さいものは俺たちで運ぶ。
ノアは少し離れた場所で天井を見上げていた。
「右上、少し崩れそうですよ」
「どこだ?」
「あそこです」
ノアが指差した先から、細かな砂が落ちている。
ガルドが一度作業を止める。
「……確かにまずいな」
追加の支柱を入れてから、また作業を再開した。
しばらくして、最後の岩を蓮が横へ転がす。
その向こうに、狭い隙間が現れた。
「抜けたぞ!」
ガルドが身を屈めて隙間の奥を見る。
暗い……だが、道は続いている。
「第三坑道へ繋がってる」
「なら行けるな」
俺が進もうとすると、チャピが袖を掴んだ。
「今度はちゃんと慎重にね?」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん!?」
ばふっ。
「お前まで疑うな」
ルミナスを背負い直す。
ガルドを先頭に、再び奥へ進む。
しばらく歩いたところで――。
ガルドが足を止めた。
全員が黙る。
暗い坑道の奥から、かすかに音がした。
――コン。
一度。
しばらくして、もう一度。
――コン、コン。
蓮が顔を上げる。
「今の……」
「ああ」
ガルドの顔つきが変わった。
「合図だ」
「ってことは」
俺が奥を見る。
ガルドが大きく息を吸った。
「生きてる!」
坑道の奥から。
今度は、はっきりと音が返ってきた。
――コン、コン、コン。
十二人。まだ、生きている。




