#77-1「砂の船と鉱山都市」
砂の上を、船が走っていた。
「……本当に船なんだな」
水はどこにもない。
それなのに、船は砂の上を滑るように進んでいる。
リュカが手配してくれた、魔石式《砂走車》。
名前を聞いた時は車を想像したが、乗り場で待っていたのは船だった。
木造の船体に、一本のマスト。
船底には大きな滑走板が取り付けられ、屋根付きの客室には窓が並んでいる。
見た目は小型の帆船だが、車輪はない。
魔石の力で船体を支え、砂の上を滑走する仕組みらしい。
……魔法って便利だな。
「だから、砂の上を走るって言ったじゃん」
隣でリュカが笑う。
王都の城壁は、もうかなり後ろだ。
乾いた大地がどこまでも続いている。
遠くには、岩山がいくつも見えた
「北までは三日でしたよね?」
向かいに座っていた蓮が訊いてきた。
「ああ。そう聞いてる」
「三日……」
蓮が窓の外を見る。
「やっぱり、この大陸は広いですね」
「歩いたら何日かかるんだろうな」
「歩くつもりだったんですか?」
「いや、言ってみただけだ」
「ふふっ。キョウマ様なら、砂走車がなくても歩いて行きそうですね」
隣からノアが口を挟んできた。
「歩かねえよ」
ばふっ。
背中に立てかけていたルミナスが揺れる。
「お前まで何だよ」
ばふっ、ばふっ。
「なんで二回だ」
蓮が小さく笑った。
最初に会った時より、だいぶ表情が柔らかくなった気がする。
「でも、北か……」
蓮が膝の上で手を組む。
「王位候補の一人が治めている地域なんですよね?」
「正確には支持基盤、らしいけどな」
「実際に行ってみないと分からないことも多そうですね」
俺も同じことを考えていた。
広間で候補者を見ただけじゃ、誰が王に向いているかなんて分からない。
なら現場を見るしかない。
困っている奴がいるなら助ける。
壊れているなら直す。
汚れているなら――。
ばふっ!
ルミナスが勢いよく跳ねた。
「まだ言ってねえよ」
「分かりやすいですね」
ノアが笑う。
「何がだよ」
「今、掃除のことを考えていたでしょう?」
「なんで分かるんだよ」
「愛です」
「違う。そんなこと考えてない!」
即答すると、ノアが少し不満そうに頬を膨らませた。
蓮が顔を逸らす。
肩が震えている。
「おい、笑ってるだろ」
「……すみません」
「まあい……そういや蓮」
「はい?」
「お前、北までついて来ていいのか?」
蓮は少し考えてから頷いた。
「むしろ、王都だけにいても神託の意味は分からないと思うんです」
「神託か」
「『大地へ赴け』と言われただけで、王城にいろとは言われてませんから」
確かに。
「この大陸で何が起きているのか、自分の目で見たいんです。王都だけじゃなく、北も、東も……必要なら全部」
真面目だな。俺だったら途中で面倒になりそうだ。
「それに――おじさんも、この大陸で何かを調べてるんですよね?」
「掃除だ」
「……それ、絶対違いますよね?」
「違わない。俺は清掃員だ」
「光の女神様の使徒なんですよね?」
「清掃員だ」
「…………」
蓮が困ったように黙った。
「まあ、とにかく」
小さく笑ってから、もう一度窓の外を見る。
「しばらく一緒に行かせてください。俺も、神託の意味を知りたいんです」
「ああ。好きにしろ」
ばふっ!
「お前が返事すんなよ」
そんなことをしている間にも、《砂走車》は北へ進んでいく。
その先に何があるのか、まだ俺たちは知らなかった。
……………
………………
……………………
三日後。
砂走車の先に、大きな山が見えてきた。
山肌にはいくつもの穴が開き、その周囲を石造りの建物が埋め尽くしている。
「あれが北の鉱山か?」
俺が訊くと、リュカが首を振った。
「鉱山都市ドルガン。山そのものが街みたいなもんだよ」
近づくにつれて、街の全体が見えてくる。
山の麓には高い石壁。
その内側には、倉庫や工房らしい建物がびっしり並んでいた。
さらに上を見る。
山肌を縫うように道が走り、その先にはいくつもの坑道が口を開けている。
「すごいですね……」
蓮が窓に顔を近づけた。
「街と鉱山が一体になってる」
「採った鉱石を、そのまま下で加工するらしいよ」
リュカが説明する。
「この大陸じゃ、かなり重要な場所」
「なるほどな」
だから王印がある。
王になろうって奴が、ここを無視できるわけがない。
砂走車が速度を落とした。
街へ続く門が近づいてくる。
ばふっ。
ルミナスが小さく揺れた。
「なんだ?」
ばふっ。
今度は少し強い。
「……また何かあるのか?」
俺は前を見る。
まだ街には入っていない。
けれど――。
門の前には、妙に人が多かった。
作業着姿の男たち。
荷車を押す者。
泣いている女。
怒鳴っている男。
ただの混雑じゃない。
「……何かあったみたい」
チャピの表情が変わった。
「行ってみよう、キョーくん」
俺たちは砂走車を降り、人の集まっている方へ向かった。
「通してくれ! まだ中に仲間がいるんだ!」
「駄目だ! 今入ったら、お前まで埋まるぞ!」
門のすぐ先で、二人の男が言い争っていた。
片方は全身泥だらけだ。
額から血も流れている。
「何があったんだ?」
俺が声をかけると、男が振り返った。
「……旅人か?」
「ああ」
「だったら近づかねえ方がいい」
男は山の上を指差した。
「主坑道が崩れた」
「崩れた?」
「ああ。朝からでけえ揺れがあってな」
男が拳を握る。
「支柱が何本も折れた。入口近くは逃げられたが、奥にいた連中がまだ戻ってきてねえ」
「まだ中に人がいるの?」
チャピが男へ詰め寄る。
「あ、ああ」
「何人?」
「十二人だ」
チャピの顔から笑みが消えた。
蓮が山を見上げる。
「救助には行かないんですか?」
「行けねえんだよ」
別の男が吐き捨てるように言った。
「まだ揺れてやがる」
その時だった。
――ゴゴ……。
地面が小さく震えた。
「きゃっ」
チャピがよろめき、俺の腕を掴んだ。
「……今のか」
「ああ」
男が苦い顔をする。
「ここ数日ずっとだ。最初は大したことなかったんだが、今日は急にでかくなった」
ばふっ。
背中のルミナスが揺れた。
俺は山を見上げる。
地震そのものを止める方法なんて、俺には分からない。
でも――。
「キョーくん」
チャピが俺を見る。
「……助けるつもりでしょ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔で分かるよ」
「俺そんなに分かりやすいか?」
「うん」
「分かりやすいですね」
ノアまで頷く。
ばふっ!
「お前も乗るな」
その時だった。
「何を騒いでやがる!」




