#76「砂の王都、グランディア」
それから数日。
魔道飛空船の甲板から眼下に広がっていたのは――。
砂だった。
どこまでも、見渡す限りの砂。
黄色い大地が地平線の向こうまで続いている。
ところどころに岩山が突き出しているが、それ以外はほとんど何もない。
「……ここが大地の大陸?」
「そう。グランディア」
右を見ると砂。
左を見るとやっぱり砂。
前を見る……砂と岩。
「……掃除屋に喧嘩売ってんのか、この大陸」
ばふっ!
背中のルミナスが大きく震えた。
「だよな」
「何が?」
チャピが呆れた顔をする。
ノアは隣で、いつもの薄ら笑いを浮かべていた。
「キョウマ様には、掃除のしがいがありそうですね」
「やめろ。これ全部掃除してたら死ぬ」
やがて飛行船が高度を落としていく。
遠くに街が見える、それは砂の中に築かれた巨大な都市。
高い壁が街全体を囲み、壁の奥に土色の建物が見える。
さらにその手前には、砂煙を上げながら、何台もの大きな荷車が街へ向かっていた。
「結構でかいな」
「当り前じゃない。この国の王都だよ」
「へえ……」
その時。
ゴォォォ――!と強い風が吹いた。
眼下の砂が一斉に舞い上がる。
巨大な砂煙が、地面を這うように流れていく。
「うわ……」
見ているだけで嫌になる。
あれが全部、隙間という隙間に入るのか。
窓枠と扉。
排水口とか機械の可動部。
……想像しただけで頭が痛い。
「……保守する奴、大変だろうな」
「最初にそこ気にするんだ……」
やがて船が街の外れにある発着場へ近づいていく。
ゴウン――。
大きな振動とともに、船体がゆっくりと地面へ降りた。
しばらくして扉が開く。
瞬間――むわっとした熱風が顔に纏わりつく。
風の大陸とはまるで違う。
乾いた空気に強烈な日差し。
「めちゃくちゃ暑いな!ここ!」
俺たちは飛行船を降りる。
足元は固く踏み固められた土。
その上を、絶え間なく砂が流れている。
ここが大地の大陸――グランディアか。
「さて……」
街の方を見る。
見たところ、特に変わった様子はない。
王位争いだの、各地での衝突だの聞いていたが、ここから見る限りは普通の街だ。
そもそも、本当に異変があるかも分からない。
でも、現場を見なきゃ何も始まらない。
「行くか」
歩き出そうとした、その時だった。
ドンッ。
「うおっ」
横から何かがぶつかってきた。
小さな身体がよろめく。
反射的に腕を掴んだ。
「危なっ……大丈夫か?」
「いたた……」
フードを深く被った女だった。
俺よりずっと小さい。
「ご、ごめんなさい!」
女が慌てて顔を上げる。
その拍子に、フードがずれた。
ぴょこん、と頭の上から二つの耳が出た。
「…………」
「…………」
耳がぴくぴくと可愛く動く。
俺は思わず指を差した。
「猫だ」
「猫じゃない!獣人!猫獣人!」
女はずれたフードを直すと、俺を睨みつけた。
「……やっぱ……猫だよな」
「違うって言ってるでしょ!」
よく分からん。猫獣人なら猫じゃないのか。
「それより、あんたたち」
「この大陸の人じゃないでしょ?」
「今日着いたばかりだ」
「やっぱり!」
何が嬉しいのか、女の尻尾がぴんと立った。
「あたし、リュカって言うんだ。どう?あたしを雇わない?」
「……雇う?」
「そう。案内人」
リュカが自分の胸を指差す。
「この辺りの道も街も詳しいし、王都のことなら大体分かる。初めて来たなら、案内役がいた方が便利でしょ?」
「金取るのか?」
「当たり前でしょ!」
即答された。
俺はチャピを見る。
チャピが小さく頷く。
確かに、右も左も分からない土地だ。
「まあ……いいか」
「交渉成立!」
リュカがにっと笑った。
「それで、どこに行きたいの?」
「王城」
一瞬だけ、リュカの耳が動いた。
「行けるか?」
「もちろん。こっち!」
リュカを先頭に、俺たちは王都へ向かった。
城壁を抜けると、土を固めて造ったような建物が並んでいた。
道を行き交う人も、獣人が多い。
犬や猫に狼、たぶん狐。
頭の上に耳があるやつもいれば、尻尾だけ生えているやつもいる。
「……獣人だらけだな」
「グランディアは多いよ」
リュカが振り返る。
「珍しい?」
「珍しい」
「ふーん」
それだけ言うと、また前を向いた。
俺たちはそのまま王都を進んでいく。
やがて街の奥に、大きな王城が見えてきた。
「着いたよ」
「早いな」
「誰のおかげだと思ってるの?」
リュカが得意げに胸を張る。
城門の前には、やけに多くの兵士が立っていた。
中へ入る人間も多いし、貴族みたいな連中もいる。
「なんかあるのか?」
「知らないで来たの?」
リュカが呆れた顔をした。
「今日から王選が始まるのよ」
「今日?」
チャピも驚いた顔をする。
どうやら、かなりタイミングがいいらしい。
俺たちは人の流れに混じって、王城へ向かった。
その時だった。
「あれ?」
「…………?」
振り返ると赤い鎧を着た若い男が、驚いた顔で俺を見ていた。
「あの時のおじさんじゃないですか」
「……誰だ、お前?」
若い男が固まった。
「召喚された時にいたじゃないですか!俺、おじさんに話しかけましたよ!」
「………?」
「あなたも一緒に戦ってくれるんですよねって!」
憶えてない……そんなこと言われたっけ。
いや……なんとなく。
言われたような気が――しない。
「ほ、本当に覚えてないんですか?」
「悪い。覚えてない」
「そんな……」
露骨に落ち込まれた。
「キョーくん、この人も勇者なの?」
チャピが蓮を見る。
「あ、はい!」
蓮が姿勢を正した。
「赤城蓮です。炎の女神様に召喚されました」
「炎の勇者か」
そういえば俺と一緒に何人か召喚されていた。
そのうちの一人らしい。
「おじさんは、なんでここに?」
「掃除」
「掃除?」
「仕事だ」
蓮が困った顔をした。
「キョーくん、それじゃ何も伝わらないよ……」
チャピがため息をつく。
「この人、光の女神様の使徒なの」
「えっ!?」
蓮が目を見開いた。
「おじさんが!?」
「なんだよ」
「いや、だってあの時、清掃員だから戦えないって……」
「今も清掃員だぞ」
「…………」
蓮がさらに混乱した。
まあいい。
「お前は何してるんだ?」
「あ、俺は教皇猊下から神託を受けて、この大陸に来たんです」
「神託?」
蓮が頷く。
「――『大地へ赴け。裂けゆくものを見極め、人と人の間に道を結べ』って」
「……なんか、ふわっとしてるな」
「俺もそう思います」
蓮が苦笑する。
「何をすればいいのかまでは分からなくて。ただ、この大陸で争いが広がっているのは確かですから」
「それで王都に?」
「はい。ちょうど今日から王選が始まるので、王城に呼ばれてるんです」
「ならちょうどいい。俺たちも王選が気になって来たんだ。じゃあ一緒に行こうぜ」
「そうですね!」
「じゃ、行くか」
俺たちは揃って城門へ向かった。
門の前では兵士たちが、入城する人間を一人ずつ確認している。
俺たちの番になると、チャピが前へ出た。
「風の大陸アステリア第一王女、チャルディアノクス・ピュルシエールです」
そう言って、小さな紋章入りの身分証を差し出す。
兵士がそれを確認すると、慌てて姿勢を正した。
さらに蓮も招待状らしきものを見せる。
何やら確認が始まり――しばらくして。
「確認いたしました。どうぞ、お入りください」
巨大な門が開いていく。
「行こう、キョーくん」
「ああ」
俺たちは揃って、王城へ足を踏み入れた。




