#74「清掃員、次の汚れを見つける」
翌朝。
レナは朝一番で王城を出ることになった。
城門の前には、光の大陸へ向かう馬車が止まっている。
荷物を積み終えたレナが、俺たちの方を振り返った。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ああ」
「……それだけ?」
「昨日いっぱい話したろ」
「そうだけど!」
レナが呆れたようにため息をつく。
「キョーくん、そういうところだよ」
「なんだよ」
「別に」
チャピまで呆れた顔をしている。
ノアはいつもの薄ら笑いを浮かべたまま、レナへ軽く頭を下げた。
「道中お気をつけて」
「あなたに言われると妙に不安になるわね」
「おやおや」
レナが馬車へ乗り込む。
扉を閉める直前に、もう一度こっちを見た。
「キョウマ! 死なないでよ」
「!!……縁起でもないこと言うな」
「あなた、本当に変なところで無茶するから」
俺はいつも危ないことは避けてるつもりなんだけどな。
「レナもな」
「私はあなたほどじゃないわよ」
そう言って、小さく笑った。
馬車が動き出す。
城門を抜け、少しずつ小さくなっていく。
俺はその姿が見えなくなるまで、なんとなくその場に立っていた。
「……さて」
完全に見えなくなったところで振り返る。
「俺たちも行くか」
今日は国王に聞きたいことがある。
精霊王から聞いた五大魔族。
そして、世界中で異常な速度で増えているという穢れ。
風の大陸では世界樹が狙われた。
なら、他の大陸でも何か起きているんじゃないか。
俺たちはその足で、国王のところへ向かった。
案内されたのは、以前にも入った豪華な執務室だった。
国王は机に広げた書類へ目を通していたが、俺たちを見ると顔を上げた。
「どうした」
「聞きたいことがある」
「なんだ?」
「他の大陸で、最近何か変なこと起きてないか?」
国王の眉が僅かに動いた。
「変なこと?」
「ああ。災害とか、争いとか……今までより明らかに増えてるようなやつ」
精霊王の話が本当なら、五大魔族は各大陸で動いている。
風の大陸だけってことはないはずだ。
国王はしばらく黙ったまま俺を見る。
やがて。
「……ある」
机の上から一枚の書類を取り、俺たちの前へ滑らせた。
「大地の大陸――グランディアだ」
「大地……」
チャピが書類を覗き込む。
「何が起きてる?」
「王位争いだ」
また物騒な単語が出てきた。
「王様を決めるために戦ってるってことか?」
「剣で斬り合って決めるわけではない」
「違うのか?」
「正式には《王選》と呼ばれている」
国王が腕を組んだ。
「先王が亡くなり、現在グランディアでは次代の王を決める王選が行われている」
「普通の世襲じゃないのか?」
「そこがグランディアの特殊なところだ」
「特殊?」
国王が頷く。
「グランディアでは、王族だからといって王になれるわけではない」
「でも、王族じゃないとなれないんだろ?」
「王族、あるいはグランディアが認めた侯爵以上。それが候補となる最低条件だ」
「……グランディアが認めた侯爵以上なら、他国の人間でも参加できるのか?」
「資格そのものはある」
「じゃあ、風の大陸の王族でも?」
俺が隣を見る。
チャピも嫌な予感がしたのか、自分を指差した。
「……私?」
「お前にも候補資格はある」
「ええっ!?」
チャピが声を上げた。
「わ、私が大地の大陸の王になれるの!?」
「制度上はな」
「なんだその制度……」
無茶苦茶だろ。
「でも、なんで他国まで候補に入れるんだ?」
「候補となる資格と、王として認められることは別だからだ」
「どういうことだ?」
「候補にはなれる。だが、最終的に王を選ぶのはグランディアの者たちだ」
「ああ……なるほど」
ようやく分かった。
入り口は広いが、最後に決めるのは、この国の連中ってことか。
「昔は、本当に腕っ節で王を決めていた時代もあったらしいがな」
「やっぱりあったのかよ」
「何せ獣人の国だからな」
なんとも豪快な国だ。
隣を見ると、チャピがまだ微妙な顔をしていた。
「じゃあ、本当に私も出ようと思えば出られるんだ……」
「出るのか!?」
突然、国王が立ち上がった。
「出ないよ!?」
「ならばよし!」
「まだ何も言ってないのに!」
「チャルディアノクスを大地の王になどさせん!もし参加するなどと言い出したら、私はシルフィード王家の総力を――」
「参加しないって言ってるでしょ!」
「ならばよし!」
なんなんだこの親子。
「話戻していいか?」
「む……」
国王が咳払いして座り直す。
「で、その王選が変なのか?」
「王選そのものは予定されていたものだ」
「じゃあ何が変なんだ?」
国王の顔から、さっきまでの親馬鹿が消えた。
机の上から別の書類を取り出す。
「王選が始まってから、各地で妙な騒ぎが増えている」
「騒ぎ?」
「徴発を拒む集落。命令を無視する兵。商隊への襲撃。地域間での小競り合い」
机の上に報告書が並べられていく。
「軍の一部が上官の命令を拒絶した」
「軍が?」
「他の地域では条件を巡って中央と揉めている。鉱山では鉱石の取引条件を巡り、商人との衝突が増えた」
「……多くないか?」
「ああ」
国王が低い声で答えた。
「多すぎる」
机の上には、まだ書類がある。
「王選が始まれば、各地域が神経質になるのは珍しくない。誰が王になるかで、自分たちの立場も変わるからな」
「なら、そのせいじゃないのか?」
「私も最初はそう考えた。だが――」
国王が少し間を置いた。
「同じ時期に、あまりにも多くの場所で揉め事が起きている」
「…………」
まだ内戦ってほどじゃない。
だが、あっちでもこっちでも何かが燻り始めている。
俺は机に並べられた報告書を見る。
世界樹で見た、あの黒い汚れを思い出した。
「ノア、一つ聞いていいか?」
「なんなりと」
一瞬だけ迷う。
何故かノアにはあまり深く聞きたくない……。
「……無理なら答えなくていいからな」
ノアの目が僅かに細くなった。
「穢れって、どうやって増える?」
「…………」
ノアが黙った。
「言えないならいい」
「いえ、この程度でしたら、お答えできます」
「本当か?」
何故か少し安心した。
ノアは机に広げられた報告書へ目を落とす。
「穢れは、強い思いを抱える場所ほど増えやすくなります」
「思い?」
「恐怖、憎悪、悲嘆、絶望……そうした感情が重なり、長く留まるほど……穢れは濃くなっていきます」
「じゃあ……」
チャピが口を開いた。
「人が悲しんだり、怒ったりするだけでも?」
「僅かには。強い負の感情が重なれば、穢れへと繋がります」
「じゃあ……物は?」
「物そのものが、人と同じように穢れを生むわけではございません」
ノアは少し間を置いた。
「ただ、人の思いや穢れが残ることはございます」
「……待て」
頭の中に、あの魔石が浮かんだ。
飛行船の新品の箱に、一つだけ混ざっていた黒い魔石。
傷だらけで、魔力を使い果たして。
本来なら――。
「キョーくん?」
「飛行船の魔石だ」
チャピを見る。
「あれ、使用済みだったよな」
「……うん」
あの魔石から黒い汚れが溢れ出した。
そして世界樹のあの暗い通路の使われなくなった場所。
「古い根……」
「え?」
「あの黒が出てたんだよ古い根から」
世界樹から切り離された場所。
光もなく、誰にも使われず。
ずっと奥に残っていた。
「でも」
チャピが不安そうに言う。
「それなら、古い物全部から穢れが出るんじゃない?」
確かに。
そんなことになったら、ゴミ捨て場なんて地獄だ。
だがノアは首を横に振った。
「通常は、問題になるほどではありません」
「違うのか?」
「はい。多くは時間と共に薄れ、消えていきます」
ノアが机の上へ視線を戻す。
「ですが、長い年月使われたもの。多くの思いを受けたもの。そして――」
一瞬、言葉が止まった。
「多くの思いを残したまま、役目を失ったものほど……残りやすい」
「役目を失う……捨てられたってことか」
「そう捉えていただいて、問題ございません」
捨てられたもの、その言葉で、もう一つ思い出した。
「あの魔族の女……」
ノアの目が僅かに動いた。
飛行船に、廃棄されるはずだった魔石から穢れが溢れた。
そして世界樹では、あの女のいた場所から、使われなくなった古い根へ黒い跡が続いていた。
「……あの女、捨てられた物を利用してたのか?」
「…………」
ノアが黙った。
「答えなくていいぞ」
「はい」
ノアが微笑む。
「私はお答えできません……ですが――キョウマ様が、これまで見たものに対して何をお考えになるか。それを私が止めることはできません」
どういう意味だ?
飛行船の廃棄されるはずだった魔石。
世界樹にあった切り離された古い根。
そしてあの魔族の女。
「……つまり……俺が勝手にそう思う分には問題ない?」
「キョウマ様のお考えまで、私の誓約が縛ることはできません。私は何も申し上げていませんので」
「それほとんど答えてない?」
チャピが呆れた顔をする。
「おやおや。わたくしはただ、キョウマ様の自由な思考を尊重しただけです」
「絶対わざとでしょ!」
ノアは答えない、ただ楽しそうに笑っている。
こいつ……誓約の抜け道を見つけたな。
でも、これで少し分かったことがある。
飛行船の魔石と世界樹の古い根。
どちらも、捨てられたものだった。
「…………」
俺は机の書類を見る。
大地の大陸でいままさに、国同士の衝突が起きている。
「じゃあ……もし誰かが、わざと争いを増やしてるとしたら……そのたびに――」
「穢れが増える」
俺が呟いた。
ノアを見る。
「…………」
何も言わない。
ただ、いつもの薄ら笑いを浮かべている。
「もういい。そこから先は聞かない」
「……ありがとうございます」
王選。
それ自体は、昔からある制度だ。
地域同士の利害だって、昨日今日始まったものじゃない。
「……臭うな」
チャピが首を傾げる。
「臭う?」
俺は机の書類を指で叩いた。
「こういうのはな」
設備の故障と同じだ。
一つなら偶然かもしれない。
二つなら、まだ分からない。
でも、同じ時期にあっちもこっちも壊れ始めたら、どこかに共通の原因がある。
「大地の大陸……行ってみるか」
これにて、第二章 風の大陸・世界樹編は終了です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
第二部では世界樹、五大魔族、穢れ、使徒、神々など……。
書いているうちに設定がどんどん増えて、作者自身でも「ちょっと複雑になりすぎたか?」と思い始めていますw
一応、設定は整理しながら書いているつもりですが、
「ここ矛盾してない?」
「この設定ちょっと分かりにくい」
「前と言ってること違わない?」
みたいなところがあったら、遠慮なく言っていただけると助かります!
自分でも気づいていない可能性がありますw
そして次回からは――
第三部「大地の大陸編」です!
王位争奪戦が行われる大地の大陸。
各地で同時に起きている反乱や争い。
その裏で、一体何が起きているのか。
キョウマたちは新たな大陸へ向かいます。
引き続きよろしくお願いします!




