#73「それでも、一緒に行く」
「……もういい」
「はい?」
「誓約のことだ」
ノアを見る。
「無理に話さなくていい」
「ですが――」
「いい……言えないなら、言わなくていい」
「…………」
「証明しなくていい」
ノアの目が僅かに見開かれた。
俺も、自分で言った言葉に引っかかった。
まただ……なんでこんな気持ちになる。
「私は五大魔族です」
「聞いた」
「かつて穢れを集めておりました」
「それも聞いた」
「そして今も、キョウマ様にお話しできないことがあります」
ノアの表情から、いつもの薄ら笑いが消えていた。
「それでも?」
俺はノアを見る。
「一個だけ聞く」
「はい」
「今、お前は俺たちの敵か?」
ノアは一瞬だけ黙った。
「いいえ」
「ならいい」
「…………」
「俺は、俺が見たもので判断する。お前は俺たちを助けた。それで十分だ」
「キョウマ様……」
ノアは何も言わなかった。
ただ、いつもの薄ら笑いとは少し違う。
静かな笑みを浮かべた。
「……承知いたしました」
その声を聞いた瞬間。
胸の痛みが――少しだけ消えた。
「話は済んだか」
「ああ」
精霊王は俺たちをゆっくり見渡した。
「ならば、行くがよい」
「もういいのか?」
「伝えるべきことは伝えた」
精霊王の視線がチャピへ向く。
「チャルディアノクス」
「はい」
「王家へ戻り、ここで起きたことを伝えよ」
「分かりました」
チャピが頭を下げる。
そして……精霊王が俺を見る。
「白石恭真」
「なんだ?」
「世界樹を救ったこと。礼を言う」
「…………俺は汚れてたから掃除しただけだ。何度も言わせるな。」
「そうか」
精霊王が僅かに笑った。
「ならば、これからもお前のやり方で進むがよい」
「……掃除しろってことか?」
「…………」
少し間があった。
「それでよい」
「だよな」
レナが後ろでため息をついた。
「絶対そういう意味じゃないと思うけど」
「同じだろ」
「全然違うわよ!」
広間に声が響く。
精霊王は何も言わず、ただ、静かに俺たちを見送っていた。
精霊王との話を終え、俺たちは世界樹を出た。
外へ出ると、眩しく感じた。
ずっと地下にいたせいか、木々の隙間から差し込む光がやけに強く感じた。
「……終わったんだよな」
振り返ると巨大な世界樹。
あれだけ広がっていた黒い汚れは、もうどこにも見えない。
葉は風に揺れ、根元には、淡い光が流れている。
「うん」
チャピが隣に立った。
「終わったよ」
なんだか実感がない。
ものすごく長い間ここにいたような。
ほんの数時間しかいなかったような。
変な感じだ。
「じゃあ帰るか」
「……それだけ?」
レナが呆れた顔をする。
「掃除しただけだろ」
「実にキョウマ様らしい幕引きでございます」
「幕引きっていうな。帰るぞ」
来た道を戻る。
森を抜けると。
そこには俺たちが乗ってきた風走車が、そのまま待っていた。
御者が俺たちを見るなり、目を見開く。
「ご無事でしたか!」
「ただいま」
チャピが笑った。
翌朝。
風走車は王都アステリアへ向けて走り出した。
行きと同じ道。
草原、小さな村、遠くに見える山。
退屈な道のりだ。
二日目の午後。
窓の向こうに白い城壁が見えてくる。
「見えたよ」
チャピが窓を指差した。
王都アステリア。
その中央に、王城が見える。
「やっと着いたか……」
「二日しか経ってないでしょ」
「十分長い」
尻が痛い。
風走車は速いけど、二日乗れば普通に疲れる。
やがて城門を抜けると、そのまま王城へ向かった。
門の前には、兵士たちが並んでいた。
「……なんだ?」
俺が窓から覗いていると。
風走車がゆっくり止まった。
扉が開く。
最初にチャピが降りた。
「チャルディアノクス!」
聞き覚えのある声。
国王だった。
その後ろには王妃。
兄と妹もいる。
「お父様」
チャピがそう言った瞬間。
国王が早足で近づいてくる。
そのままチャピの肩を掴んだ。
「怪我はないか!?」
「だ、大丈夫よ」
「本当か!?どこも痛くないか!?」
「ないってば!」
相変わらずだな。
だが、その顔は本気で安心しているようだ。
王妃もチャピを抱き締める。
「お帰りなさい」
「……ただいま、お母様」
兄は何も言わず、小さく息を吐いた。
妹は満面の笑顔でチャピへ抱きついている。
「姉様、お帰りなさい!」
「アウレシアーナ、ちょっと苦しい」
俺たちも風走車を降りる。すると……国王がこっちを見た。
「キョウマ」
しばらく黙っている。
なんだ?
また何か怒鳴られるのかと思ったが。
国王は静かに頭を下げた。
「……娘を連れて帰ってくれたこと、感謝する」
「…………」
このおっさんが。
俺に頭下げた。
「なんだその顔は」
「いや……普通に礼が言えたんだなって」
「きさまぁぁぁ!!」
やっぱりいつものおっさんだった。
「あなた」
「…………」
そしていつもの王妃だった。
少しだけ笑ってしまった。
帰ってきた……ようやく。
そんな感じがした。
……
…………
その夜、夕食を終えたあと。
俺たちは前にも使った客室に集まっていた。
チャピ、ノア、レナ。……そして俺。
俺は椅子に座りながら、三人を見る。
精霊王から聞いた話が頭から離れない。
五大魔族……穢れ……この世界に起きていること。
俺が何をするべきなのか。
そこまで考えて、ふと思った。
「なあ、お前ら、これからどうする?」
「え?」
チャピが首を傾げた。
「俺は……たぶん、これから他の大陸にも行くことになる」
精霊王に言われたから、だけじゃない。
あの黒い汚れを見た。
怖いし、出来れば逃げ出したい。
でも、放っておけば、また誰か死ぬかもしれない。
だったら。
原因を見つけて、掃除するしかない。
「でも、お前らまで付き合う必要はないだろ」
最初に答えたのはチャピだった。
「行くよ」
「即答かよ」
「だって、キョーくん一人じゃ何するか分からないし」
「子供じゃねえぞ」
「知ってる」
チャピが笑った。
「でも、一緒に行く」
「……そうか」
次にノアを見る。
「お前は?」
「まあ」
ノアが胸に手を当てる。
「なんという愚問でしょう」
「なんでだよ」
「わたくしはキョウマ様にお仕えする身」
いつもの薄ら笑い。
「キョウマ様の舞台が続く限り、どこへでもお供いたします」
「舞台じゃねえけどな」
「わたしにとってキョウマ様との旅は最高の舞台です」
よく分からん。
最後にレナを見る。
「レナは?」
「私は……」
少しだけ間があった。
「一度、光の大陸に戻るわ」
「戻るのか?」
「ええ」
レナが頷く。
「教会に報告しないといけないもの」
精霊王や六柱の神、五大魔族。
世界樹で起きたこと。
確かに、報告することだらけだ。
「それに、他の勇者にも伝える必要がある」
「そうか」
「だから……ここでお別れね」
お別れ……その言葉が妙に引っかかった。
「また会うだろ」
「!!……そうね……確かに」
レナが少しだけ笑った。
「どうせ、あなたのことだから。また面倒事のど真ん中にいるでしょうし」
「俺は掃除してるだけなんだけどな」
チャピが笑う。
ノアも笑っている。
俺は三人を見る。
一人は来る。
もう一人も来る。
一人は別の場所へ戻る。
ずっと四人でいるわけじゃない。
当たり前のことなんだけど。
少しだけ、寂しい気がした。




