#70.21「今度こそ、終わらせる」
「やった! 開いたよ、キョーくん!!」
チャピが振り返った。
嬉しそうな顔だった。
「…………」
「キョーくん?」
俺は返事をせず、開いた穴の奥を見る。
怖い……この先に行きたくない。
でも、それ以上に何かを探さなきゃいけない。
……そんな気がする。
後ろにいたノアを見る。
ノアは世界樹の大穴を見ている。
何かを感じるみたいに。
「ノア……」
「はい?」
「……何を見てるんだ」
「……いえ、何でもありません。気のせいかもしれませんし」
ノアはそう言って薄ら笑いを浮かべる。
「そうか」
俺も同じだ。
何かがいる、そんな気がするだけ。
でも――。
「行こう」
ルミナスを握り直し、穴へ向かう。
「キョーくん、本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「えっ」
「めちゃくちゃ行きたくない」
怖い、足だって震えてる。
それでも。
「行かなきゃ駄目な気がする」
一歩、中へ入る。
そして、なぜか足を止めた。
「……ノア」
「はい」
「少し離れて付いてきてくれ」
「…………」
ノアが目を細める。
「どのくらいでしょう?」
「俺たちが見えるくらいでいい」
「承知しました。我が君」
理由は聞かなかった。
俺も説明できない。
ただ、ノアを近くに置いちゃいけない。
でも、離しすぎてもいけない。
なぜか、そう思った。
俺たちは世界樹の内部へ入ってしばらく道なりに進む。
「…………」
胸がざわつき、足を止める。
……こっちじゃない。
右に小さな横道がある。よく見ないと見落としそうな道。
「……こっちだ」
「え?」
チャピが振り返る。
「キョーくん、そっちはたぶん精霊王様のところじゃないよ?」
「分かってる」
「じゃあ、どこ行くの?」
「分からん」
「ええ……」
俺だって分からない。
でも、こっちだ。
進むたびに胸の奥が苦しくなる。
嫌な汗が出る。
なのに足は止まらない。
やがて、声が聞こえた。
「……もう少しですねぇ」
女の声に身体が固まった。
知ってる……この声を知ってる。
「キョーくん?」
「静かに」
そっと奥を覗く。
黒いドレスの女。
その周囲を黒い汚れが漂っている。
女が手を動かすたび、黒も動く。
あいつだ。
間違いない。
でも。
「…………」
何かがおかしい。
黒い汚れが女の周りを漂っている。
床にも、壁にも、そして――女の後ろ――黒い跡が続いている。
奥へ、ずっと奥へ。
黒い汚れが、道みたいに続いている。
あいつが黒を出してるんじゃない。
もしかして、あいつも――。
「キョーくん?」
「チャピ、レナ」
二人を見る。
「悪い。あいつを足止めしてくれ」
「え?」
「奥の汚れを追いたい。倒さなくていい、俺が戻るまで時間を稼いでくれ」
レナが女を見る。
「簡単に言ってくれるわね」
「悪いな……でも、必要なことなんだ」
「まあ、いいけど」
レナが剣を抜き、チャピも戦闘態勢を取る。
俺は後ろのノアを見た。
「ノア、二人が危なくなったら助けてくれ」
「それまでは?」
「あの女に見つからないよう、隠れていてくれ」
ノアが女を見る。
そして。
「……御心ままに……キョウマ様」
と優雅に一礼する。
俺は一度深呼吸し、気持ちを切り替える。
大丈夫……この恐怖は終わる……いや終わらせる!
「よし……行くぞ!」
三人で一斉に飛び出した。
女がこちらを見る。
「……あら?これはこれは。お客様かしら?」
「風よ!!」
チャピの風が女へ襲いかかる。
「おっと」
女が黒を壁にして風を受け止める。
そこへレナが飛び込んだ。
剣と黒がぶつかる。
「いきなりとは、随分ね!」
女の視線が二人へ向く。
今だ!
俺は女の横を走り抜けた。
「――あら?どこへ行くつもりなの?」
女が手をかざすと黒が俺へ伸びる。
「キョーくん!!」
チャピの風が黒を弾く。
「行って!!」
「頼んだ!!」
そのまま走る。
後ろで音が響くが、振り返らない。
黒い跡、それだけを追う。
「こっちか……!」
奥へ、さらに奥へ。
進むほど黒が濃くなる。
床にこびりついた黒、壁を這う黒。
全部が同じ方向へ続いている。
「どこだ……!」
まだ先、さらに奥。
道が狭くなる。
緑色だった光も、ほとんど見えない。
代わりに黒が増えていく。
そして。
「なんだよ……これ」
巨大な根、いや……根なのか?
他の場所とは明らかに違う。
色がない、光もない。
干からびたような巨大な根が、世界樹の奥に食い込んでいる。
その一部が裂けていた。
裂け目の中に。
「……っ」
黒。
今まで見たものとは比べものにならない。
おぞましいほどの黒い汚れが、根の中で渦巻いている。
そこから黒が流れ出していた。
床へ、壁へ、世界樹の中へ。
「……これが……元凶か」
理由は分からない。
でも、そう思った。
間違いない。
「お前が……俺たちを……!」
ルミナスを握る。
黒が俺に気づいたように蠢いた。
一気に溢れ出す。
「させるかよ!!」
ルミナスを振り抜くと、白い光が広がった。
黒とぶつかる。
「ぐっ……!」
重い……今までとは違う。
消しても奥から黒が押し寄せてくる。
だったら、もっとだ!
「ルミナス!!」
光がさらに強くなる。
黒が消える。根の奥まで……全部消すんだ。
「消えろぉぉぉぉ!!」
白い光が巨大な根を包んだ。
黒が次々と消えていく。
やがて――消えた……黒が――全部。
「はぁ……はぁ……」
根を見ると、何も出てこない……黒が出てこない。
「……止まった」
その瞬間、嫌な感じがした。
「みんな……!」
踵を返し、走る。
来た道を全力で戻る。
間に合え!頼む。
間に合ってくれ。
戦う音が聞こえてきた。
「――ぁぁぁぁ!!」
叫び声が聞こえる。
急げ。
奥が見えた。
レナが倒れている。
チャピも壁際に追い詰められていた。
「ふざけるな……!」
女のさっきまでの笑顔が消えている。
黒い髪を振り乱し、顔を歪めている。
「貴様!!何をしたぁぁぁぁ!!」
俺に気づいた女が俺を睨む。
やっぱり、あれが原因だった。
「返せ!!返せぇぇぇ!!」
女が手を振り上げる。
その身体に残っていた黒が集まり、チャピの目の前へ伸びる。
「やめろ!!」
反射的に走りだす。
遠い。
間に合わない。
「チャピ!!」
女が腕を振り下ろした。
その瞬間――。
横から何かが飛び込んだ。
「――がっ!?」
轟音が響くと、その場から女の身体が消えた。
いや、吹き飛んだ。
勢いよく壁へ激突する。
が、それでも動きは止まらない。
壁を抉りながら転がり、ようやく止まった。
「…………は?」
俺も、チャピも、倒れていたレナも。
全員が同じ方向を見る。
そこにノアが立っていた。
蹴り抜いた片足を上げた姿勢のまま。
その足をゆっくりと下ろす。
「我が君は――」
いつもの薄ら笑い。
「お二人が危なくなったら助けろ、と仰いましたので」
「…………」
いや。
確かに言ったけど。
何だ今の……強すぎだろ……。
後……パンツくらい履け……。
女が身体を起こす。
「ノク……ターリア……!」
「おやおや」
薄ら笑いながらノアが女を見る。
「まだ動けるんですね。デレクティア」
「きさまぁぁぁぁ!!」
黒が膨れ上がる。
「ノア!」
ノアが横へ飛ぶと道が開いた。
俺と女の間――一直線に。
「行くぞルミナス!!」
ルミナスが光り輝き、女に向けて走る。
「わたしの計画が――!こんなところで――!」
遅い!
ルミナスを叩きつけると、白い光が女を包む。
「ぎゃああああああああああああああっ!!」
女の身体から、黒が消える。
周囲からも全部。
「な……ぜ……」
「知らん!」
もう一度。
「これで終わりだ!!」
ルミナスを振り抜く。
白い光に女の姿が呑み込まれる。
そして――。
粒になって消えた。
「…………」
静かになった。
誰も動かない。
俺も、チャピも、レナも、ノアも。
何も言わない。
床を見る、黒はない。
壁……ない。
天井……ない。
「…………」
待つ。
「…………」
来ない。
もう少し待つ。
「キョーくん……?」
「待ってくれ」
「う、うん」
「…………」
何も起きない……黒が出てこない。
「……止まった?」
チャピが呟いた。
「…………」
まだ分からない。
でも……来ない。
あれだけ溢れてきた黒が。
どこからも。
「止まった……」
俺はその場に座り込んだ。
「止まったんだ……!」
俺の目から涙が落ちた。
「……あれ?」
なんでだ?なんで涙が……分からない。
ただ、涙が止まらなかった。
「キョーくん……!?」
チャピが心配そうに俺を見つめる。
「……よかった」
何がよかったのか、それすら分からない。
それでも。
本当に――よかった。




